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一年遅れの精霊術士  作者: 因幡 縁
第二部
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閑話 ヨウとノリコの初詣

あけましておめでとうございます。

新年一本目は、少し時をさかのぼって二人の初詣をお送りします。

今年もよろしくお願いいたします。





 雪こそ降らないものの、真冬のアサカワの冷え込みは鼻のてっぺんがつんと冷たくなる。

 新年を迎え、帝国南部に位置する商業都市アサカワには近隣から人が続々と集まっていた。その大半は初詣が目当てであろう。一年でも特に人出の多い時期であるが、この機を逃すまいと、神社へと続く道には延々と出店が連なっている。

 そんな人ごみの中を、いかにも着なれないといった感じの着物に身を包んだ男女が二人並んで歩いていた。二人ともまだ子供のようだ。顔にはあどけなさが残る。

 女の子が周りをきょろきょろと見回しながら、鈴の音のような澄んだ声を上げた。

「すごいね~、アサカワは。通りが人でいっぱいだよ」

「そうだね。やっぱりみんな初詣に行くんだろうね」

 少女の言葉に、少年――ヨウ・マサムラも苦笑いを浮かべながら答えた。道を埋め尽くすとまではいかないが、二人の地元ではまず見られない人ごみに、ヨウも目を丸くしていた。

 今年で十五歳になる彼らは、来月には帝国精霊術師学院の受験を控えていた。こう見えても、二人はこれから帝国最高のエリートコースに乗ろうとしているのである。

 受験を間近に控え、二人は合格祈願にこのアサカワの神社を訪れていた。普段は地元の神社に行くのだが、今回は泊まりがけでアサカワの町までやってきたのであった。

 二人だけで遠出しているという高揚感からか、少女――ノリコ・ミナヅキがうきうきしながらヨウに話しかける。

「ヨウちゃん、アサカワの神社ってすっごいご利益があるんだって」

「へえ、そうなの?」

「そうなの。学業はもちろん、家内安全や金運アップ、恋愛成就まで何でもかなえてくれるんだって」

「……それ、本当?」

 まるで我がことのように得意げに語るノリコに、ヨウは疑わしげな視線を向けた。その視線に気づき、ノリコが頬を膨らませる。

「あー、ヨウちゃん、あたしの言うこと信じてないでしょう」

「信じてないというか、欲張りすぎる気がするんだけど……」

「そんなことないよ! 神様は何だって叶えてくれるんだから!」

 可愛らしい唇を突き出しながら、ノリコがずいと一歩詰め寄る。髪を結い上げて艶やかな着物に身を包んだノリコの姿は、そちらの方面にはうといヨウの目にも綺麗であるように思われた。

「ご、ごめん。ほら、混んでるから僕たちも立ち止まらないで神社に行こうよ」

 慌てて謝りながら、ヨウはノリコに先に進むよううながす。

「わかってるよ。ほらヨウちゃん、早く行こ?」

「う、うん」

 そう言うやヨウの手をとりぐいぐいと引っ張るノリコに、ヨウも引きずられるようについていった。








 鳥居をくぐると、神社の境内には多くの参拝者が詰めかけていた。二人も拝殿へと歩を進める。

「ノリコの力なら神様にお願いしなくても問題なく合格するよね」

 ヨウが言うと、ノリコは不服そうに詰め寄ってきた。

「何言ってるの? それはヨウちゃんの方でしょ? あたしはお参りしないと不安で不安でしょうがないんだから!」

「え、そ、そうなの?」

「そうなの! もー、ヨウちゃんってば全然わかってないなぁ」

 そんなことを言いながら視線を前へと戻す。合格どころか試験直前だというのにいまだに最下級の精霊とさえ契約できていないヨウにしてみれば、いっそ神様にすがりつきたいくらいなのだが。

 一方のノリコはと言えば、こちらは幼い頃に上位精霊であるペガサスと契約を交わした神童として周囲の期待を一身に浴び続けていた。期待という意味では、頭脳明晰で身体能力抜群のヨウも同様ではあったが、こと精霊力に関してはノリコの足元にも及ばないのはまぎれもない事実であった。

 ヨウの心中を知ってか知らずか、ノリコは早く早くとヨウの手を引く。ヨウの合格を微塵も疑っていないのだろう。それはそれで嬉しくはあるのだが。


 お参りを済ませると、二人並んで鳥居の方へと向かう。

 神社の階段を降りながら、ノリコが聞いてくる。

「ねえ、ヨウちゃんは何をお願いしたの?」

「もちろん、受験がうまくいきますようにって」

「え~、それだけ? それに、合格は確実なんだからそれじゃあ何もお願いしてないのと同じだよ」

「いやいや、そんなことないよ」

 苦笑したヨウだったが、直後に違和感に気づいた。

「ねえノリコ」

「うん?」

「それだけって、もしかしてノリコ、お願い一つじゃないの?」

 その問いに、ノリコが不思議そうに答えた。

「え? そうだよ? だってもったいないじゃない」

「も、もったいないって……」

 唖然としながらノリコの顔を見つめると、彼女は嬉しそうに続けた。

「あたしは落ちるかもしれないからもちろん合格もお願いしたけど、それだけじゃないよ。えっとね、友だちができますようにでしょ、健康でいられますようにでしょ、それからそれから……」

「ちょ、ちょっと、そんなにお願いしたの!?」

 驚くヨウに、ノリコは当然のように言った。

「もちろんだよ。せっかくの機会なんだから」

「だって、神様へのお願いって普通は一つなんじゃないの?」

「えー、そんなことないよ。神様なんだもん、あたしのお願いの二つや三つ、ちょちょいと叶えてくれるよ」

 そういう問題ではないと思うんだけど。ヨウは内心でため息をついた。だいたい、君のお願いは二つや三つどころじゃなかったじゃないか……。

「ね、ヨウちゃん」

 手を後ろで組みながら、ノリコがヨウに肩を寄せる。ほのかな香の匂いがヨウの鼻孔をくすぐった。

「何だい?」

「一緒に合格しようね、学院」

「うん」

 ノリコの言葉にうなずくと、彼女も柔らかな笑みを見せる。試験日までに精霊と契約できるかは正直わからないが、幼い頃から兄妹のように過ごしてきたヨウにとっては、ノリコと共に歩んでいくためにも受験を諦めるわけにはいかなかった。

「ねえヨウちゃん、おしるこ食べない? さっきおいしそうなお茶屋さんがあったんだ」

「へえ、いいね」

「でしょう。あたしはお餅はきつね色に焼けてるのが好きだけど、ヨウちゃんは?」

「そうだなあ、僕はおしるこならあんまり焼きすぎない方が好きかなあ」

「えー、ぱりっとするくらいの方がおいしいよ?」

「それもおいしいけど、おしるこはしっとりしてる方が好みなんだ」

「へえ、あたしたち小さい頃から一緒なのに、好みって違うものなんだね」

「確かに不思議だよね。それじゃあそのお店に行こうか」

「うん!」

 無邪気な会話を交わしながら、二人は正月の喧騒の中を歩いていく。そこには年相応の少年と少女の笑みがあった。




 その後、ヨウ・マサムラとノリコ・ミナヅキが帝都メイキョウで再会するまでに、この日から数えて実に一年三カ月の歳月を必要とした。



 


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