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一年遅れの精霊術士  作者: 因幡 縁
第二部
72/135

30 午後の訓練






 午後は、軽めの調整だ。

 明日にはここを立つということもあり、特に一年生はあまり無理な予定が組まれていない。もうすぐここともお別れかと思うと、少し寂しい気分になる。

 そんなヨウはしかし、それよりもノリコのことが気がかりでしかたなかった。午後はそれぞれ離れた場所で訓練をしているのでその姿も確認できない。

 いったい今頃はどうしているのだろうか。彼女のことだから、少しは休めばいいのに無理をしてしまうかもしれない。あまり無茶をしなければいいのだが。

 アキホの話ではないが、今日は本当にマッサージでもしてあげた方がいいのではないか。日陰の椅子に腰かけながらそんなことを思っていると、カナメがこちらへとやってきた。ヨウの隣に腰を下す。

「ヨウ君、お疲れさま」

「カナメ君もお疲れさま。調子はどう?」

「そうだね、少しは身体も動くようになってきたかな」

 そう言って、カナメが真夏の日差しを避けながら汗をふく。つい今しがたまで身体を動かしていたところだからか、汗はいっかな引く気配を見せない。

 あたりでは一年生たちが訓練に励んでいた。今日は精霊力を派手に使うような特訓をしている者はなく、力の細かいコントロールや格闘術の訓練に取り組んでいる。一年生補佐の面々は三年生の補佐にあれこれと指導を受けている。

「ヨウ君は今日も精霊力を高める訓練?」

「うん。目下僕に足りないのはそこだから」

「コツはつかめてきた?」

「そうだね、タケル先輩がいろいろ教えてくれたおかげでちょっとわかってきたかも」

 実際、タケルの指導は理にかなったものであり、非常に参考になったのは間違いない。少々厳しすぎるきらいはなくもなかったが。

 精霊力のことならば、ということでノリコにも教えを乞うたこともあるのだが、彼女には悪いがお世辞にも参考になったとは言い難かった。元々ありあまるほどの精霊力の持ち主であるノリコには、己の精霊力の容量を増やすなどという発想はなかったのであろう。特に説明もなく技を放っては「違うよ、こうだよ、ヨウちゃん!」「もう、ヨウちゃんにできないはずないのに!」などと言うのだ。よく天才には凡人の苦労がわからないなどと言われるが、それを思い知らされたものだ。

 ヨウの言葉に、カナメが笑みをみせる。

「それはよかった。じゃあヨウ君もワンランク上の精霊と契約できるかもしれないね」

「そうなるといいなあ。僕もようやくグラスウィルから卒業できるかも」

「そうそう、その意気だよ。見てみたいなあ、ヨウ君が高位の精霊を使役してるところ。副会長がペガサスだから、ヨウ君はグリフォンあたりがお似合いじゃないかな?」

「さすがにそれは無理だと思うけど……」

 天馬ペガサスと並ぶ高位の精霊の名に、ヨウが苦笑いを漏らす。

「そうかなぁ。ヨウ君ならコツをつかんだらその後は早い気がするんだけど」

「いやいや、僕は一歩一歩地道にがんばるよ」

「そうだね、僕もがんばらなきゃ」

 そう言って笑い合う二人に、やや息が弾んだ声がかけられた。

「私も一休みしていいかしら」

「ああ、チアキ。お疲れさま」

「チアキさんも格闘戦の訓練?」

「ええ」

 額の汗をぬぐうと、チアキがヨウの隣に座る。その肌は汗に濡れ、健康的な輝きをみせている。

「カナメ、この後組手の相手をしてもらってもいいかしら?」

「うん、こちらこそお願いするよ」

「ありがと」

 うなずくと、一呼吸置いてヨウへと視線を移す。

「ヨウもよかったらどう?」

「ごめん、僕は精霊力を上げたいから」

「そ、そう」

 ヨウの返事に、チアキはそっけなく目をそらす。何か気に障るようなことを言ってしまっただろうか。

 そんなことを思っていると、カナメがチアキに声をかけた。

「チアキさんは何か収穫はあった? この合宿で」

「そうね……」

 その問いに、形のいいあごに手を当てて少し考えこむ。やがて顔を上げると、チアキは真面目な顔つきで答えた。

「私、生徒会に入った頃は正直やっていけるか不安だったのだけれど、この合宿を通じて自信が持てた気がするわ。ああ、私も成長してるんだなって。特に昨日の対抗戦で先輩に勝てたことは大きかったと思うわ」

「え、そうなの? チアキは自分が生徒会に入るのは当然だと思ってたんじゃなかったんだ」

「ちょっと! 私そこまで思い上がってはいないわよ!」

 目を吊り上げて怒るチアキに、ヨウは慌ててごめんと頭を下げる。先ほどまで身体を動かしていたからか、語気がいつもよりやや荒い。

 自分でも自覚があったのか、少し深く息をつくと、チアキがため息混じりに言った。

「まったく……あなたの中の私はどれだけ傲慢なのよ……」

「いや、別に傲慢だなんて思ってないよ。いつもさらなる高みを目指す姿勢は見習いたいなって思ってるんだから」

「それは確かだね。その点に関してはチアキさんは僕たち一年生の中でも一番だし、僕もまだまだがんばらなきゃって思うもの」

「な、何よ二人して……。そんなこと言っても何も出ないわよ?」

 二人の褒め言葉に、チアキは一転して恥ずかしそうにそっぽを向く。ちらりと見えた耳の先が真っ赤に見えたのはきのせいか。

 そのまましばし沈黙が続いたが、突然チアキが勢いよく立ち上がると、二人に向かって言った。

「ほら、いつまで無駄口叩いてるのよ! 休憩は終わり! カナメ、組手やるわよ!」

「あ、う、うん。それじゃヨウ君、また後で」

「うん、組手がんばってね。チアキも無理しないでね」

「余計な心配は結構。私はただのガリ勉じゃないので」

「いや、さっき訓練見てたけど、やっぱりまだ疲れが残ってるようだったから。がんばるのもほどほどにね?」

 その言葉に、二人に背を向けて演習場へと歩を進めようとしていたチアキの足が止まる。そしてそのまま肩越しにつぶやいた。。

「ヨウ、あなた見てたの?」

「それは見てるよ。今朝はつらそうだったし、仲間なんだし」

「……そう」

 チアキがぼそりとつぶやく。長髪に隠れてその表情はほとんど見えない。

 そして、再び演習場へと顔を向ける。

「じゃあ私、行くわね」

「あ、待って、僕も行くよ。ヨウ君、またね」

「うん。二人とも、暑いから無理しないでね」

 ヨウの言葉にカナメがうなずく。チアキは特に反応もなくそのまま歩き去っていく。

 何かまた気に障ることを言ったかなあ。女の子の練習をじろじろ見てるのがよくなかったのかな? チアキの態度に困惑しながらも、いつまでも休憩していられないとヨウは立ち上がった。

 そして日陰から日が照りつける演習場へと足を踏み出す。最終日、僕もがんばらなきゃ。疲れのたまった身体にむちを打ち、ヨウは午後の訓練へと向かった。



 



年内はこれが最後の投稿となります。今年は最後の最後に本作が『この「小説家になろう!」がアツイ!』で紹介され、終わりよければ~な年になったかなあと思います。


第二部もいよいよ終盤を迎えますが、その前に次回は年初に正月にちなんだ番外編をお送りできればと思っています。軽い気持ちで読んでもらえるとありがたいです。


それでは少々早いですが、よいお年を。

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