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一年遅れの精霊術士  作者: 因幡 縁
第一部
7/135

7  引渡し




 人気ひとけのない校舎奥の倉庫前。つい先ほどまで短くも激しい戦いがあったとは思えないほどに、そこは今ひっそりと静まり返っていた。

 静寂の中、地面に突っ伏す三人の男子生徒と、それを見つめる四人の生徒が、傾きかけた日の光に照らされていた。

「さて、それでこいつらはどうするよ?」

 気絶したままの不良たちを見つめながら尋ねるフィルに、チアキが答える。

「校則によれば、問題を起こした生徒を取り押さえた時には生徒会か美化委員会、どちらも無理な場合は職員室に引き渡す事となっているわね」

「美化委員会?」

 ビルが不思議そうな顔をする。

「生徒会はわかるけど、なんで美化委員会が出てくるんだ?」

「そんなの知らないわよ。校則にそう書いてあるんだから。そうよね、ヨウ?」

「うん。確かに第十二条第八項にそうあるね」

「ふ~ん……。つーか、よくそんな細かい所まで憶えてるな……。で、どこに突き出すんだ? こいつら」

「そうだね、普通に考えれば生徒会かな? チアキ、悪いけど誰か呼びに行ってくれるかな? ここは僕とフィルで見張ってるから」

「わかったわ、じゃあ行ってくるわね」

 一つうなずくと、チアキは玄関へと駆け出していった。

「スミレさんは悪いけど生徒会の人が来るまで一緒にいてもらえるかな? 簡単な聞き取りがあるかもしれないし」

「はい、わかりました……」

 スミレが弱々しくうなずく。やはりまだヨウに対して少し怯えがあるようだ。あんなモノを間近で見せられればそれも無理もないか、と一人苦笑する。

「なあヨウ、それでさっきのは何だったんだよ? お前精霊力はほとんどないんだろ? 何であんな強力な炎を防げるんだよ?」

 この時を待ってましたとばかりに、フィルがヨウに質問を浴びせかける。やれやれ、と思いながら、ヨウはフィルに手短に説明する事にした。

「まああれは何と言うか、要は魔法みたいなものだよ。精霊力とはまた別種のものなんだ」

「魔法? そんなモン、ホントにあるのか?」

「とりあえず僕が勝手にそう呼んでるだけなんだけどね。今回はたまたま通じたけど、精霊力のない僕にとっては唯一の切り札みたいなものだから、周りにはあまり言いふらさないでね」

「へぇ……。ま、わかったよ。その代わり、オレにはいろいろ教えてくれよな」

「まあ、機会があったらね」

 これでとりあえず変に話が広まる事はないかな、などと思いながら、ヨウは生徒会の到着をしばらく待った。








 やがてチアキと共にやってきたのは、髪を短く刈り込んだ大柄な男だった。厚い胸板には金色の徽章バッジと、同じく金色の鷹をかたどった飾りが輝いている。男は現場を見るや、驚きの表情を浮かべた。

「こいつ、エノモトじゃないか……。こいつを一年が取り押さえたっていうのか?」

 見た目通りの野太い声でつぶやく。それから気を取り直したように声を張り上げた。

「俺はマサト・ヤマガタ。生徒会の三年だ。こいつらを取り押さえたのは……君か?」

「はい、ヨウ・マサムラ、一年C組です」

「ヨウ・マサムラ……?」

 その名に、マサトと名乗った男が何か思いあたる所があるような顔をする。

「君、もしかしてミナヅキ副会長の幼なじみの『ヨウちゃん』か?」

「え? あ、ああ……多分、そうです」

「なるほど! ああそうか、そういう事か! なるほど、どおりでこの荒くれ共をぶちのめせるわけだ!」

 そう言うと、マサトが一人得心がいったかのように何度もうなずきながら大笑する。

 その様子に、これは少し嫌な予感がするぞとヨウが内心ため息をつく。大方ノリコが尾ひれをつけて生徒会の面々に自慢でもしていたのであろう。まあ、魔法の事くらいまでなら別に隠すような事ではないのだが……ある一点のみを除いては。

 ヨウが考え事をしている間に、マサトはエノモトという名の小男に近寄ると懐から板状の手錠を取り出した。銀色に鈍く光るそれを見たフィルが、思わずギョッとした顔をする。

「ああ、そんな驚くな。これは精霊力を抑える枷だ。俺たちには生徒の逮捕権があるからな。こういうのも持ってるんだよ」

 慣れた手つきでエノモトを後ろ手にすると、カチャリと錠をかける。そのまま残りの二人にも手際よく錠をかけていくその姿に、チアキが感心したように言う。

「先輩、手慣れてるんですね。こういう事はよくあるんですか?」

「ないに越した事はないんだがね。残念ながらそれなりの頻度で起こっているよ。帝国の軍事力の源泉なだけあって、この学院ではいろんな連中の利害が絡み合っているのさ。ま、こいつらは単にやりたい放題したいだけの不良どもだがな」

 そう言って、思い出したようにヨウを見る。

「そうだ、そもそも何でこんな事になったんだ? 状況を聞くのをすっかり忘れてたぜ」

「あ、はい。スミレさん……そこの彼女がこの人たちに絡まれていて、倉庫の陰に連れ込まれそうだったので助け出そうとしたんです」

「こいつら、そんな事まで……。さすがに今回はただじゃすまないな、こりゃ。なるほど、わかった。一応君たちの名前を確認させてもらえるか?」

「はい、ヨウ・マサムラです」

「フィル・フーバーです」

「チアキ・シキシマです」

「ス、スミレ・ハナゾノです……」

「ああ、ありがとう。生徒会にご協力感謝します。それでは後は俺が片付けておくから、君たちは気をつけて帰りなさい」

 事務的な口調でそう言うと、ヨウに向かって笑いかけた。

「ヨウちゃんとは、また会うかもな」

「はぁ……?」

 間の抜けた返事をするヨウにもう一度笑うと、マサトは「おら、さっさと起きろ」と不良たちを小突きだした。マサトに向かい一礼すると、ヨウたちはその場から立ち去った。









「でもよかったわ。スミレが無事で」

 校舎脇から寮に続く小道へと抜け出ると、チアキが心底ホッとした様子で口を開く。それから手帳を取り出して、

「私たち、明日はこれとこれとこの講義に出るの。で、あさってがこれとこれ。スミレはどれか出てる講義ある?」

「あ、明日は重なってないですけど、あさってのこの講義なら私も取ってます」

「そうなの? それじゃ良かったら私たちと一緒に受けない?」

「はい! 喜んで!」

 仲良く打ち解けあう女子を微笑ましそうに見つめながら、フィルがヨウに声をかけた。

「なあヨウ、お前はあの二人ならどっちが好みだ?」

「何だい、やぶからぼうに」

「スミレちゃんは見ての通りの巨乳ちゃんだし、おとなしくてかわいいし。チアキの奴は黙ってさえいればそれなりに美人だしさ。マサムラさんはどっちが好みなのよ?」

「あのねえ……。そんなの急に言われたってわかんないよ」

 困り顔で返答するヨウに、フィルがにやけた顔で肩に手をまわす。

「ああ、そっか。お前には幼なじみの美人の副会長がいるもんな。浮気なんてできるわけないか」

「ちょっ!? ノリコとはそんなんじゃないよ!」

「おっと、ヨウがこんなにうろたえるなんて初めてじゃないか? という事はやっぱり……」

「フィル! その辺にしないと僕、怒るよ!」

「悪い悪い! さっきの魔法だけはカンベンしてくれよ!」

 そんな事を言いながらフィルが楽しそうに走って逃げていく。フィルの発言に呆れたのと今日の一件で疲れたのとで、ヨウは大きくため息をつくのだった。





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