23 意外な幕切れ
白い翼を羽ばたかせ、天馬ペガサスはノリコを背に乗せて大空を飛翔する。その幻想的な光景に、ヨウのみならず観客全員の目が釘付けになる。
ペガサスを駆りながら、ノリコは自身に精霊力を集め始める。上空から地上のヨウを狙い撃ちにしようとしているのだろう。弓矢や銃での戦いほどではないにせよ、精霊術を用いての戦いにおいても、より高いポジションを取る事は優位の確立へと直結する。
だがノリコは、そんな有利な状況にも一切の油断を見せようとはしない。
「昔はこうやって上を取っても、結局ヨウちゃんに打ち落とされる事が多かったよね」
「そうだっけ? いつもノリコが容赦なく僕を袋叩きにした記憶しかないんだけど」
「ひ、人聞きの悪い事言わないでよ! まるであたしがヨウちゃんでストレス解消してるみたいじゃない!」
「あれ? 僕はてっきりそうだとばかり思ってたんだけど」
「そんなわけないでしょお! もう、いじわるなヨウちゃんには遠慮しないんだから!」
やや興奮気味に言うと、ノリコの両手に様々な属性の力が集まる。これは余計な事を言っちゃったかな、とヨウが後悔していると、ノリコの手からは巨大な槍が次々と打ち出された。
ヨウはその場から駆け出して攻撃を回避しようとするが、ノリコがそれを許してくれない。正確に彼目がけて飛来してくる槍の雨に、ヨウも魔法の槍で応戦する。
ノリコとヨウの間の空間で精霊術と魔法とが激しく衝突し、精霊力のしぶきや魔力のきらめきがまるで花火のように夜空を彩る。もっとも、その花火の一輪一輪が、何人もの命をたやすく刈り取ってしまうほどに危険なエネルギーを放っていたのだが。
そんな二人の戦いを、生徒会メンバーたちは唖然としながら見つめ続けていた。
「す、すげえ……」
フィルがあんぐりと口を開けながら、ひねりのない感想を漏らす。もはやノリコの下着を視界に収めようという当初の目標など、記憶からきれいさっぱり消え失せてしまったようだ。
「あの二人、本当に学生なのか!? どう考えても俺たちより強いぞ!?」
「それどころか、ヘタしたらうちの隊の隊長より強いんじゃない!?」
タケルとナツミも、目の前の光景に驚愕の表情で声を上げる。それを聞いたチアキが、心配そうに戦いを見つめる。
「やっぱりあの二人は凄いのね……。でも、こんな激しい戦い、『対精霊術防護の指輪』でちゃんと防御しきれるのかしら……。もしもの事があったら、私……」
「大丈夫ですよ、お二人なら」
隣にいたスミレが、チアキの手を握る。もっともスミレにしても、誰かの手でも握っていないと安心できなかったのかもしれない。それほどに二人の戦いぶりは熾烈だった。
その後ろでは、マサトとタイキが戦場に目を向けたまま会話を交わしていた。
「タイキ、お前、どっちが優勢に見える?」
「現時点では互角かな」
マサトの問いに、表情を動かさずにタイキが答える。
「現時点では、か」
タイキの言葉に、マサトがわずかに眉を動かす。
「で、最終的にはどちらが勝つと?」
「互いにこれ以上の技がないのであれば、いずれノリコが優勢になるだろう」
「それはあれか? 自分に土をつけた相手だから肩入れしてるのか?」
「まさか。ヨウ君の上を取っているのはそれだけ大きいという事だよ」
「なるほど」
うなずきながら、マサトはニヤリと笑ってつぶやいた。
「互いにもう技がないのなら、な」
しばらくの間、ヨウとノリコは互いに技の応酬を繰り返していたが、ふいに空からの攻撃が途絶えた。
ヨウが警戒していると、上空からノリコが叫ぶ。
「ヨウちゃん、さすがだね! あたしの攻撃をまるで寄せ付けないなんて!」
「そんな事ないよ。こうして迎撃するだけで精一杯さ」
「またそんな事言って。そんなヨウちゃんには、あたしのとっておきをお見舞いしてあげる」
ノリコが言うと、彼女の周りをこれまでの比ではないほどの精霊力の渦が取り巻いていく。各属性の力が互いに干渉して宙で弾ける。その凄まじい力に、ノリコの髪が帯電したかのようにわずかに浮かび上がる。
これがノリコの渾身の技か。その圧倒的な精霊力を前に、ヨウの額を汗が流れ落ちる。無駄だとは思いながら、ヨウはノリコに聞いてみた。
「ノリコ、できればお手柔らかにお願いしたいんだけど」
「え~、どうしようかな~」
少し悩むような仕草を見せたノリコであったが、やがてヨウににっこりと笑いかけた。
「やっぱりダメ」
だよね、と苦笑するヨウに向かい、ノリコは両手を突き出した。荒れ狂う力を両腕へと巡らせる。
「これで決めるよ! 『精霊乱舞』!」
ノリコの絶叫と共に、その手からかつてないほどの高密度の精霊力の帯が幾本もヨウに向かい襲いかかる。驚くべき事に、その一つ一つが各属性の上位精霊術に匹敵する威力を秘めていた。炎の帯一つを取っても、カナメが得意とする炎の上位精霊術『炎熱の放射撃』の威力を遥かに超えるものであった。かつてヨウのクラスメイトのヒロキ・クジョウが見せた『炎熱の放射撃』にも匹敵するかもしれない。
そんな恐るべき破壊力の帯が各属性ごとにヨウへと迫ってくる。対応を誤れば、さすがのヨウでもただでは済まないかもしれない。
これは、しっかりと防御しなければいけないな。ヨウはただちに決断を下す。中途半端に迎撃しようとして失敗すれば、最悪の場合向こう側の観客にまでその余波が及ぶかもしれない。もちろんノリコの事だからそんなヘマをするとも思えないが、昔とはお互いその力の大きさが違うのだ。万が一がないとも言えない。
ここはいったん防御に徹しよう。そしてノリコが攻撃を終えたその隙にカウンターの一撃を見舞う。これがもっとも確実な手段だと判断すると、ヨウは防御魔法を発動させる。
それにしても、ノリコは本当に強くなったなあ。そんなのん気な事を頭の片隅で考えながら、ヨウは眼前に黄金の魔法陣を出現させた。その同心円状に次々と円形の魔法陣が展開され、さらにはヨウの周囲を覆い隠すように円盤が半球を成すように折り重なっていく。
回転しながら輝く魔法陣に、ノリコの放った精霊力の帯が激突する。帯は重層的に折り重なった魔法陣を次々に突き破り、それに負けじとヨウも新手の魔法陣を展開させていく。その衝撃に、ヨウの身体がわずかに揺らぐ。
ぶつかり合った帯と魔法陣はまばゆい光としぶきを放ちながら、爆音と共に凄まじい力の奔流となって周囲に吹き荒れる。その流れは観客の下まで達し、あおりを受けてよろめく生徒もいるようだった。
「くっ……!」
必死に魔法陣を展開するヨウにも、その激烈なエネルギーの流れは容赦なく襲いかかっていた。自身の身体も魔力を付与して強化しているものの、無視できるほど微弱なものでは断じてない。その流れに耐えながら、ヨウは驚異的な精神力で術式を組み続けていた。
「うああぁっ……!」
ノリコが苦悶の声を上げ始める。限界が近づいているのだ。ヨウの魔法陣は奥深い所まで破られ、精霊力の帯はもう目の前まで迫っていたが、どうやらこの勝負、ヨウの勝ちのようだ。
「あああぁっ!」
絶叫と共に、ついにノリコの手から精霊力の放出が止まった。
やった、しのぎ切った! 悪いけどこの勝負、僕の勝ちだ!
そう確信した次の瞬間、けたたましい音があたりに鳴り響く。今まさにノリコ目がけてとどめの一撃を放とうとしていたヨウであったが、それより先に審判が腕を上げて宣言する。
「そこまで! 第四試合、勝者ノリコ・ミナヅキ!」
まさかの展開に、観客が静まり返る。ヨウとノリコも、にわかに何が起きたのかわからないといった様子で呆けた表情を晒している。
暗闇の中、指輪の警告音だけがあたりに響き渡った。




