22 二強、激突
絶望的とも思えるノリコの精霊術を防ぎ切ったヨウの姿に、観客からどよめきが湧き上がる。昨年タイキを一撃の下に葬った大技にもけろりとしているその様子に、ノリコが目を輝かせた。
「さっすがヨウちゃん! この攻撃をしのぎ切るなんて! 去年より五割増しでパワーアップしてるんだよ?」
右手の五本指を開きながら、ノリコが得意げに言う。
「ウソだろ!? タイキ、今あんなの食らったら気絶どころじゃ済まないんじゃないか!?」
「正直、自信はないね」
観客側では、カツヤの声にタイキが肩をすくめていた。そのやり取りが目に入り、ヨウの顔にも思わず笑みが浮かぶ。
「ノリコ、ずいぶんと強くなったじゃないか」
「そうでしょ? 学院で必死に特訓してきたんだから!」
ヨウの言葉に、ノリコは腰に手を当てながら胸をそらす。その顔には、どうだと言わんばかりの不敵な笑みが浮かんでいる。
まったく、ノリコの相手が自分でよかった。これが他の一年生だったらと思うと、考えただけでぞっとする。
そんな事を考えていると、ノリコが人差し指を突き付けながら挑発してきた。
「さあ、今度はヨウちゃんの番だよ? まさかやられっぱなしでいるわけじゃないでしょ?」
「ああ、そうだね」
ヨウもその挑発に乗る事にした。昔もよくこんなやり取りをしたなあと、幼き日の事を思い出す。
「手加減を知らない悪い子には、少しお仕置きをしないとね」
「ふふん、言うねえ。それでこそヨウちゃん。さあ、かかってきなさい!」
そう叫んだノリコの周囲を、色とりどりの力の流れが渦巻き始める。様々な属性の精霊力の流れからなるその渦は、正対するヨウに強烈なプレッシャーを与えてくる。
その圧力に、もちろんヨウは屈する事なく、魔法の発動に意識を集中していく。
次の瞬間、ヨウの周囲を白い光がおおい、ノリコから放たれる精霊力のしぶきを飲み込みかき消していく。
そして、ノリコの周囲を前後左右上下から囲み込むかのように、いくつもの銀色の円盤が現れた。二重、三重に重なった円盤が、まるで歯車のようにそれぞれ右回り、左回りに回転しながら、その回転の軸をノリコへと向ける。
「あ、あれは試験の時に見せたヤツじゃねえか!」
その光景を見ていたカツヤが叫ぶ。
「試験って、あんたが箱を壊されたってアレかい?」
「そうだよ! 悪かったな! あの円盤から、投槍級の威力の魔法の矢がわんさか降ってくるんだよ!」
カツヤの言う通り、円盤からは次々に光り輝く魔法の矢が姿を現す。ただ、それは「矢」と呼ぶにはいささか大きすぎるように思われた。
「ちょっ!? 何だあのデカさ!? 俺の時の倍はあるぞ!?」
「て事は何だい、あの槍は騎士槍級くらいの威力があるって事かい?」
「マジっすか!? それってさっきの副会長の技並みって事じゃないっすか!」
後ろから聞こえる声に、ヨウも右手を天にかざしながらノリコに笑みを向ける。
「みんなはああ言ってるけど、はたしてどうだろうね」
「もちろん、あたしの技より上なんでしょ?」
「そうだといいんだけど。じゃあ、覚悟してね?」
にこりと笑うと、ヨウはその手を一息に振り下ろした。
同時に、ノリコを囲むいくつもの円盤が輝きを増しながら光の槍を発射する。その一つ一つが、並みの人間ならば跡形もなく消し飛んでしまうであろう威力を秘めていた。そんな恐るべき槍が、小さな少女に向かってあらゆる方位から放たれる。
「さすがヨウちゃん。でも、あたしは負けない!」
高らかに宣言すると、ノリコは両手から騎士槍級の槍を次々と繰り出した。様々な属性の槍が光の槍と衝突し、派手に粒子を散らしながら消滅していく。円盤から絶え間なく放たれる光の槍に、ノリコもくるくると回転しながら全方位に槍を放って迎撃していく。
その光景は観客の想像を絶するものであった。それは生徒会メンバーだけではなく、現役の精霊術師にとっても同様だったらしい。
「おいおい、何なんだあの二人は!? 別次元の強さじゃないか!」
「私たちよりもずっと強いよ、どう考えても!」
タケルとナツミが、驚愕も露わに叫ぶ。二人の驚きの声に、ヨウは少し気恥ずかしさを覚えてしまう。
眼前では魔力と精霊力とがぶつかりあい、舞い上がる砂埃も相まってノリコの姿はよく見えない。ただ、光の槍はどれも打ち落とされているようなので、最後にヨウは全ての円盤から一斉に槍を放つ。できればこの技で一気に決めてしまいたいのだが、さてノリコはそうやすやすと倒されてくれるだろうか。
ノリコを狙った全方位からの同時一斉攻撃に、グラウンドを一際大きな轟音と光が支配する。粒子となった魔力と精霊力が宙を舞い、巻き起こる風が砂煙を押し流していく。
「ノリコ、大丈夫?」
そう声をかけたヨウは、開けてきた視界の向こうから何か黒いものが迫ってきているのに気付いた。その影は一気に――ヨウの眼前へと迫ってくる!
「はああああっ!」
かけ声と共に繰り出された渾身の蹴りを、ヨウは上体をそらしてすんでのところで回避する。ヨウの首筋のあたりを狙ったのであろう鋭い蹴りが、彼の鼻先をかすめていく。
人型の影――ノリコは、蹴りの勢いそのままに身体を回転させながら左のひじをヨウの脇腹へ突き刺そうとする。ヨウは右方向に身体をひねりながらかわし、両腕を上げて格闘戦の構えに移る。
そんなヨウに、ノリコが容赦のない拳打の雨を打ち込む。華奢な身体のどこからこんな力が湧いてくるのかと不思議に思うほどその拳は重く、ヨウはなかなか反撃の糸口を見いだせない。
ノリコの拳が重いのはもちろんだが、彼女はその拳に精霊力を乗せていた。岩をも打ち砕くその一撃に、ヨウも魔力をみなぎらせた両腕で応戦する。
とは言え、肉弾戦ではノリコに一日の長があるようだ。時折織り交ぜてくる強烈な蹴りに、ヨウのガードが甘くなる。
「もらったあぁ!」
「ぐっ……!」
鋭く突き出された正拳に、ヨウの身体はひとたまりもなく吹っ飛ばされていく。それを見て頬をほころばせるノリコ。
だが……ヨウの身体が、あまりにも簡単に飛び過ぎではないか。それに気付いたのか、ノリコの顔がすぐ引き締まる。
「やられた……」
ノリコがしてやられたと言わんばかりにその綺麗な顔を歪ませる。ヨウは大きく後ろに後退して態勢を整えた。
「始めからそうやって間合いを取るつもりだったんだね、ヨウちゃん。あたしの突きに合わせて後ろに飛んだんでしょう」
「肉弾戦じゃ分が悪いからね」
そう笑いながら、胸のあたりを押さえて言う。
「でも、さすがに効いたよ。一歩間合いを誤れば危なかったかな」
「またまた。この程度で倒れられちゃ、拍子抜けもいいところだよ」
「厳しいね、ノリコは」
そう言いながら十分な間合いを取ったヨウに、ノリコが少し困ったような表情を見せる。
「う~ん、あわよくばあのまま決めちゃおうと思ってたんだけど……さすがヨウちゃん、やっぱり死力を尽くさないととてもかないそうにないね」
「それはこっちのセリフだよ、ノリコ」
笑って返すヨウに、ノリコは不敵な笑みを浮かべた。
「それじゃ久しぶりに見せてあげる、あたしの友達を」
そう言うと、ノリコが眼前に手をかざす。彼女の手のひらの前に光の粒が集まり出し、それが大きな動物の姿をかたどっていく。
そして現れた精霊の姿に、観客から歓声の声が上がる。
「ペ、ペガサス! あれが副会長の精霊……!」
「話には聞いていたが、本当にペガサス使いなんだな! まったく、あのお嬢ちゃんはどれだけの力を秘めているんだ?」
チアキとタケルの声が聞こえたのか、ノリコが観客に向かってウィンクしてみせる。そして目の前に現れた上位精霊ペガサスの背中にひらりと飛び乗ると、白き天馬はその大きな翼を羽ばたかせて空へと飛翔する。
これは、弱ったなあ……。空を見上げながらヨウが苦笑する。ペガサスの機動力は脅威だ。この状態でノリコを捉えるというのは並大抵の事ではない。
空高く飛んだペガサスの大きな背中にまたがりながら、ノリコはこんなに楽しい事はないといった様子で言う。
「さあ、最終局面だよ! あたしの本気、見せてあげる!」
その言葉に、ヨウも身体の奥底から何かがぞくぞくと全身を駆け巡っていくのを感じていた。




