21 頂上決戦
戦いが終わり、カナメがこちらへと戻ってくる。
いまだに呆然自失気味の表情のカナメに、ヨウが声をかける。
「カナメ君、大丈夫?」
「あ、ヨウ君……うん、大丈夫。ごめんみんな、負けちゃった」
「それは仕方ないよ、気にしないで。ぼんやりしてるけど、本当に大丈夫?」
「うん、ごめん、まさか正面から受けきられるとは思わなかったから……」
ショックを隠し切れない様子のカナメに、タケルが言った。
「そうだろうな。あの姉ちゃん、でかい乳して大したもんだ。ああやって円錐状に水を操る事で、『炎熱の放射撃』の熱エネルギーを効率的に削っていったんだろうな。まともに水をぶつけていればあっという間に炎に飲まれていただろうが、大した技術とセンスだ」
「なるほど……」
「ヨウ、お前も参考になったんじゃないか? 精霊力が弱くても、使い方次第では自分より強い相手から一本取る事も可能だってな」
「はい、勉強になりました」
殊勝にうなずくヨウに、フィルが呆れた声を漏らす。
「おいおい、お前がそれ以上強くなってどうすんだよ。精霊術まで使いこなせるようになったら、お前いよいよ無敵だろ」
「いやいや、そんな事ないって」
そう言うヨウに、カツヤとミチルがそろって笑みを向ける。
「その最強決定戦がもうすぐ始まるぞ。お前とノリコ、はたしてどちらの方が上かな」
「ほらヨウ、早く行ってやりなよ。相手はもう準備万端で待ってるよ」
ミチルに言われて前を見ると、グラウンドの中央ではすでにノリコが陣取っていた。こちらを見ながら今か今かと待ち構えている。
しびれを切らしたのか、ノリコがこちらに手を振ってきた。
「ヨウちゃーん! 早く早くー! やっと決着をつける時がやってきたよー!」
「決着って……」
額を押さえながら、ヨウも前へと出る。今回一番の目玉となる注目のカードに、ギャラリーからもひときわ大きな歓声が湧き上がった。
「ノリコ、がんばれー!」
「いよいよヨウの力を見る事ができるな!」
「ノリコの話がウソじゃない事、この場で証明してやれ!」
な、何だか妙に期待されているような……。ヨウが戸惑っていると、明らかにこの戦いとは関係ない声も聞こえてくる。
「ついに始まるか、世紀の夫婦ゲンカ!」
「いよっ! お二人さん、お似合いだぜ!」
「ノリコ、風呂覗かれたんだろ? そのうっぷん、ここで晴らしちまえ!」
「ちょっ!? それは今関係ないでしょう!?」
思わずヨウが声の方を向いて叫ぶ。午前から昼食にかけて、ヨウたち四人は「女風呂を覗いた男の中の男」「生徒会四英傑」などとからかわれて散々だったのだ。
視線を戻せば、暗がりではっきりとはわからないが、ノリコも少し赤くなっているようだ。昨日の露天風呂での出来事を思い出したのだろうか。
ふと昨日のノリコの浴場での声が脳裏に蘇り、ヨウは雑念を振り払う事に全身全霊を注ぎ込んだ。これからそのノリコと戦おうとしているのだ。余計な事を考えてはいけない。まして、こんな所でしゃがみ込むわけにはいかない。
そんなヨウの内心の葛藤などいざ知らずといった顔で、ノリコがヨウの顔をまっすぐに見つめてくる。その瞳は、これから始まる戦いにきらきらと輝いている。獲物を目の前にした猫のような、いたずらっぽくも危険な目だ。
「ヨウちゃん! ついに雌雄を決する時がやってきたね! あたしの一年間の特訓の成果、今こそ見せてあげるんだから!」
審判から『対精霊術防護の指輪』を手渡されるヨウに向かい人差し指を向けながら、ノリコが宣戦布告する。ヨウは指輪をはめながら、ため息混じりに返す。
「ノリコ、君は別に僕を倒すために学院に来たわけじゃないでしょ? ……違うよね?」
途中で自分の発言に自信が持てなくなり、思わず念を押してしまう。
「もちろん、それが全てってわけじゃないよ? でも、あたしが学園に一番に求めているものは、ヨウちゃんに匹敵するほどの力。それがあたしの望みであり、目標なの」
「……ちなみに、それは全体の何割くらい?」
「やだなあヨウちゃん、そこまで大きくはないってば。せいぜい八割くらい?」
「大半じゃないか!」
そのやりとりに、ギャラリーが爆笑する。ヨウは恥ずかしくて思わずうつむいてしまう。
「あの、二人とも、夫婦漫才はそのくらいにしてそろそろ始めてもいいかな?」
「は、はい、すみません」
審判にとどめをさされ、いよいよヨウの顔が赤くなる。一方のノリコはと言えば、さーやるぞー、と気合も十分にヨウを見つめている。
「ヨウちゃん、遠慮はいらないからね? あたし、もう昔のあたしじゃないから」
「そうだね、ノリコは今じゃ立派な副会長だ。僕も本気で行かせてもらうよ」
「えへっ、何だか嬉しい」
互いに笑みを見せると、少しばかり間合いをとる。
そんな様子を遠目に見ながら、ギャラリーは早くも盛り上がっていた。
「ヨウ、負けたら承知しないわよ! あ、でも、副会長が負けるわけはないし……。ああもう、私は一体どっちを応援すればいいのよ!?」
「そこは二人ともがんばって、でいいんじゃないかな……」
「私も悩ましいんだよね~。もちろんノリコには勝ってほしいけど、ヨウ君のカッコいいところも見たいし。とりあえず、二人ともがんばれ~」
頭を抱えるチアキに、カナメとアキホが肩を叩く。そのそばでは、フィルとマナブが何やらこそこそと話し込んでいた。
「マナブ、お前、副会長のパンツ見えると思うか?」
「それはヨウ殿のがんばり次第でしょうな」
「そうだよな……。結局イヨ先輩はほとんど動かなかったから、全然チャンスなかったし……」
「チアキ殿は惜しかったのですがな。あちら側から見ていれば確実に見えていたはずなのですが」
「バカ、んなモンはどうでもいいんだよ。今は副会長のパンチラに集中しろ、集中。頼むぞ! ヨウ!」
「そうですな! 千載一遇のこのチャンス、命に代えてもものにしますぞ!」
「……懲りない連中だねえ……」
謎の熱量で語り合う二人に、ミチルが呆れたような脱帽したような何とも言えない調子でつぶやく。その様子に、カツヤは「男には男の戦いがあるんだよ」と笑う。
様々な思惑が交錯する中、注目の戦いは今まさに始まろうとしていた。
頃合いを見計らって、審判が右腕を上げた。
「それでは、始め!」
試合開始の声と共に、腕を勢いよく振り下ろす。
その声と同時に、ノリコが故郷を離れて以来二年ぶりとなる二人の戦いが始まった。
開幕早々、ノリコの周りに目には見えない精霊力の渦が巻き起こる。これは最初から何かやるつもりだな、とヨウも自身の魔力を高めていく。
「それじゃヨウちゃん、行くよっ!」
左手を突き出してノリコが叫ぶと、周囲を荒れ狂う高密度の精霊力が指向性をもってヨウへと放たれる。その精霊力の荒波は途中で幾筋にも分岐して、巨大な槍をかたどっていく。
驚くべき事に、分岐した大槍はそのそれぞれが異なる属性を帯びていた。炎に氷、風に土。さらには光や闇の槍までもが、眼前の敵であるヨウ目がけて空を裂く。
「まずい! あれは!」
タイキが思わず大声を出す。マサトも身を乗り出した。
「あれは去年お前を一発でのした技じゃないか! ヨウ、逃げろ!」
ざわめく観衆をよそに、ノリコの手からは次々と大槍が繰り出される。『疾風の騎士槍』に『炎熱の騎士槍』、『凍氷の騎士槍』、『大地の騎士槍』。あらゆる属性の大槍が一斉にヨウに襲い掛かった。
ヨウの身体が一瞬光に包まれた刹那、轟音と共に大地が揺れる。行き場を失った精霊力が荒れ狂い、地表をえぐり取っていく。そのあまりの破壊力に、観客からは悲鳴やうめき声が起こった。
「ヨ、ヨウ……!?」
「だ、大丈夫だよ、チアキちゃん……」
青ざめた顔のチアキの肩にアキホが手を置く。だが、その手には必要以上に力がこもっていた。
皆が心配そうに見守る中、ヨウの周りの精霊力と砂埃が晴れていく。
その中に見えてきた影に向かい、ノリコは嬉しそうに笑みを漏らす。
そこには、少々髪が乱れたヨウが平然と埃を払う姿があった。




