18 微妙な均衡
午前中の訓練を終え、会館に戻ったヨウたちは昼食をとる。もちろん、ノリコは厨房に入れていない。調理係のメンバーたちが作った食事を前に、ヨウも席に着く。
向かいの席には生徒会OBのタケル・カツモトが座った。午前中さんざんしごかれた記憶が脳裏に鮮明に甦る。その左隣にはOGのナツミ・トヨダ、右隣にはタイキが座る。ヨウの右隣にはカナメ、左隣にはノリコが着席している。ちなみにノリコの隣にはチアキが座っている。
「どうだヨウ、俺の特別レッスンは?」
「はい、もうクタクタです」
「はっはは! 気にするな、人間誰だって苦手の一つや二つくらいある!」
「タケルは三つも四つもあるけどね~」
「ほっとけ!」
二人の掛け合いに、ヨウの口からも思わず笑いがこぼれる。それを見て、タケルがごまかすように咳払いする。
「笑ってる場合じゃないぞ、ヨウ。お前さん、未来の会長候補なんだろ? だったら精霊力の容量はもっと高めていかないと」
「いえ、僕は別に……」
「それを決めるのは周りの人間さ。まずはその前にノリコちゃんだな」
「は、はい」
名前を呼ばれ、ノリコが緊張気味にタケルを見る。彼女のそんな様子を気にする事もなく、タケルは笑いながら言った。
「何でも聞く所によれば、去年の信任選挙で九割以上の支持を集めたんだろ? きっと今年は史上最多得票で会長に就任するぜ?」
「そ、そんな事は……」
「いやいや、午前中も見てたけど、ノリコちゃんの力はとんでもないレベルだよ。ひょっとしたら、私らでも敵わないかもしれないね」
「と、とんでもないです……」
顔を赤くして、ノリコがうつむく。彼女のこういう顔を見るのも、ずい分と久しぶりだなあと思う。二人で遊んでいる時にヨウの親戚が声をかけてきたりすると、ノリコはこんな表情になっていたものだ。
ノリコの会長就任で盛り上がっていると、カナメがそっと手を挙げた。
「あの、素朴な質問があるんですが、いいですか?」
「ああ、ドンと来い。お兄さんが何でも答えてやる」
「生徒会は対立している組織も多いですよね。例えばですけど、対立組織が組織ぐるみで不信任票を入れて、副会長が不信任になるなんて事はないんですか?」
カナメ君、その聞き方はまずい。ヨウの心中に冷や汗が流れる。案の定、ヨウの左手側で火山が爆発した。
「ちょっとカナメ! 聞き捨てならないわよ! 副会長が不信任だなんて、冗談でも言って良い事と悪い事があるわ!」
「ひっ!? そ、そういうつもりじゃないよ!」
「そういうつもりじゃなければどういうつもりよ!」
ダン、とテーブルを叩いて立ち上がったチアキに、カナメのみならず諸先輩方までもがびくりと身をすくめる。先輩方までひるませるとは、ある意味凄い気迫だ。
「チ、チアキ、ちょっと落ち着いてよ」
「そ、そうだよチアキちゃん」
「あ……」
冷静さを取り戻したチアキが、顔を赤らめてすみませんと頭を下げる。最近はチアキの病気にも拍車がかかってるなあと、ヨウは苦笑せざるをえない。
気を取り直して、カナメが質問を続ける。
「つ、つまり、あまりに優秀すぎる人物が会長候補になった場合、生徒会の力を削ぐためにその人物を落とそうとするのではないかと思ったのですが……」
再びチアキを暴発させないよう、言葉使いに細心の注意を払って質問するカナメ。なぜかわからないが、ヨウは申し訳ない気持ちになってくる。
「なるほどな。カナメ、だったな? お前さんの疑問はもっともだ」
腕組みしてうなずくと、タケルがコップの麦茶を一口あおった。
「規則的な事で言えば、いかなる組織も内部で投票行動に圧力をかけるような事は禁じられている。もっとも投票は無記名の秘密選挙だから、特定の委員会や部活のメンバーだけが不信任票を投じていても調査しなければわからないがな」
「実務的な事でいうと、生徒会の機能が止まるのはどの組織にとっても都合が悪いんだよ。結局予算やら何やらは生徒会を通さないといけないわけだしね。再選挙となればその間は重要案件を通せないし、各組織には不正投票の調査も入るから、そういう事はやりたがらないってわけさ」
「それに、連中は連中で新生徒会三役のメンバーを想定して動いているからな。急に構成が変わってしまえば、その変化に対処しなければならん。生徒会が弱体化するだけならともかく、それに乗じようとする組織の動きやらも一から練り直さなくてはならなくなるからな。そういう意味では事前予想通りの面々でいてもらった方が連中としてもやりやすいのさ」
「なるほど……。ご説明、ありがとうございます」
「僕も勉強になりました。ありがとうございます」
カナメとヨウが、タケルとナツミにぺこりと頭を下げる。つられたように、ノリコとチアキも頭を下げた。
どういたしまして、と笑うと、ナツミが興味深そうにヨウたちの顔を見つめてくる。
「午後はいよいよ対抗戦だね。ちょっと一年生の意気込みを聞かせてよ。カナメはどうさ?」
「あ、はい。僕はできれば勝ちたいです。イヨ先輩と当たるんですが、がんばります」
「カナメ君はグロウサラマンダーの力をどこまで引き出せるかがポイントだね。選考試験の時からどのくらい成長したか、ぜひ見せてほしいね」
「グロウサラマンダー? へえ、カナメちゃんやるじゃん!」
タイキの言葉に、ナツミが感心した風な声を上げる。現役の精霊術士でも契約できる者はそう多くない中上位種の精霊に、タケルも興味をそそられる。
「へえ、それは楽しみだな。場合によっちゃ二年生を食っちまうかもな!」
「はい、そうなるようがんばります」
生真面目にカナメが答える。うんうんとうなずいて、タケルが右を向く。
「チアキちゃん、君の意気込みもいいかな?」
「は、はい! 私はイッペイ先輩と当たるので、胸を借りるつもりでがんばります!」
「チアキ君も入会の頃からずい分と成長しているね。いい戦いを期待してるよ」
「あ、ありがとうございます! がんばります!」
「いいねぇ、初々しいねぇ。私もそんな頃があったなぁ……」
「は? そんなの俺記憶にないけど?」
「あったじゃん! あんたの頭がどうかしてるんだよ!」
息の合った二人に、周りから笑いが漏れる。つい笑ってしまったヨウに、タケルもニヤリと笑う。
「笑ってる場合じゃないぞ、ヨウ。お前さん、精霊力があれっぽっちで一体どうやって戦うんだ?」
興味津々な様子で聞いてくるタケルに、ヨウがやや困ったような顔で答える。
「はい、僕は少し魔法のようなものを使えるので、それで戦おうかと思います」
「魔法?」
ヨウの言葉に、二人が不思議そうな顔をする。
「ヨウ君は古代の魔法が使えるんですよ。今朝も話した通り、僕はまだ見た事がないんですけどね。ノリコは幼なじみで昔からよく見ていたそうですから、きっといい戦いが見られますよ」
「へえ! まさかそんなものが見られるとは! 来てみた甲斐があったぜ!」
「ノリコちゃん、ヨウの魔法ってのは、そんなに凄いの?」
「はい! ヨウちゃんの魔法は本当に凄いです! 先輩たちも、見ればきっとびっくりします!」
にわかに元気を取り戻したノリコが、先輩たちに向かって熱弁を振るう。その目は、是が非でもヨウの凄さを二人に伝えなければという使命感で燃えている。少なくともヨウにはそう見えた。またノリコの悪いクセが……、とヨウは苦笑するよりない。
そしてどうやら、ノリコの熱意はかなりの程度二人に伝わってしまったようだった。
「いやあ、これは本当に楽しみになってきたな! 学院きっての天才美少女と、謎の力を秘めた新入生の戦いか! これは見ものだぞ!」
「まったくだね! こんなカワいい顔して、一体どんな大魔法を見せてくれるんだろ? ああ、早く見たいよ!」
「大丈夫です! 先輩方の期待は絶対に裏切りませんから!」
いつの間にか、ノリコがいつもの調子で胸を張っている。どうも熱弁を振るっているうちに、タケルとナツミにもすっかり馴染んでしまったようだ。
昔はこんなにすぐ人に慣れたりしなかったはずなんだけどな……。対抗戦のハードルがぐんぐんと上がっていく中、ヨウは遠い目で窓の外の海辺を見つめるのだった。




