14 露天風呂
夕食を終え、ヨウたち一年生男子は割り当てられた部屋に集まっていた。畳の匂いが、日常を脱した旅の気分にさせてくれる。浴衣に着替えると、緑茶を注いでしばしくつろぐ。
一杯茶を飲んで立ち上がったフィルが、マナブに言う。
「よし、マナブ! 風呂行くか!」
「うむ、もちろん!」
いい声で返事すると、マナブもすっくと立ち上がる。
「ほら、お前らも行こうぜ!」
「うん、いいよ」
「じゃあ僕も」
ヨウとカナメも笑顔でうなずく。食事を終えて間もないが、早めの風呂もいいものだろう。
「アキヒコ君も行かない?」
「……いい」
「オレも後で行くわ。お前ら先行ってこいや」
アキヒコ・セリザワとその補佐のコウスケ・ヒガサが言う。それじゃお先にと、ヨウたちは風呂場へ向かった。
「ここの風呂、露天風呂なんだってよ」
「へえ、僕初めて!」
「僕もだよ。楽しみだね!」
四人並んで、風呂のある一階へと向かう。カナメがフィルに疑問を口にした。
「でも何だか意外だね、フィル君が真っ先にお風呂に行こうって言い出すなんて。僕はてっきり女子が入るまで粘るのかと思ってたよ」
「あ、わかる。それでお風呂を覗きに行くんでしょ?」
「お前ら、言いたい放題言ってくれんな」
フィルが一睨みして続ける。
「まあ、間違ってはいないけどな。つーか、お前らもまだまだ青いな。これはな、風呂の構造を把握してベストな覗きポイントを発見するための下調べなんだよ。な、マナブ!」
「その通り! 戦いに赴く時には、まず情報収集を怠らない! これは戦の基本ですぞ!」
「は、はあ……」
熱く語る二人に、ヨウとカナメが呆れた顔で返事する。まあ、ほどほどにね、と苦笑するヨウに、フィルとマナブが非難のまなざしを向ける。
「てめえ、ヨウ! 上からモノを見てんじゃねーぞ! 今日一日で三人もの女子のおっぱい堪能しやがって!」
「そうですぞ! 副会長だけでは飽き足らず、ミチル先輩とスミレ殿まで手ごめにしてしまうとは! ヨウ殿は生徒会、いや、学院の男子全員を敵に回したのですぞ!」
「ちょ、ちょっと! 僕は堪能もしてなければ手ごめにもしてない! 誤解だよ!」
ヨウが必死に抗弁する。助けを求めるようにカナメに言う。
「カナメ君はわかってくれるよね?」
「うん。遅かれ早かれこうなるかなとは思っていたよ。ヨウ君はモテるもんね」
「わかってない!? そんな、カナメ君まで!?」
そんな調子で、風呂場に着くまでの間しばらくヨウは三人にからかわれ続けた。
施設の屋外にある露天風呂は、なかなかに広かった。
よく磨かれた石を敷き詰めた床の向こうには大小さまざまな岩に囲まれた湯船があり、その湯面に沈み行く夕日の残照が反射する。行灯にはすでに火がともされ、薄暗くなった浴場を照らしていた。
身体を洗い終え、四人が肩まで湯船に浸かる。ふぃーっとフィルが息を吐いた。
「いや~、極楽、極楽。オレ、帝国に生まれてホント良かったよ」
「他国だとあんまり湯に浸かる習慣がないらしいもんね」
「それがしらの先祖に感謝ですな」
「僕も同意だよ」
ヨウも岩の合間に移動して、そこから外の景色を見つめる。
「露天風呂って凄いね。ここから海の方が一望できるよ」
「この施設、海よりちょっと高い所にあるもんね。海風も気持ちいいよ」
「かすかに波の音も聞こえるね……」
楽しそうに外の風景を眺める二人に近づくと、フィルとマナブが何か話し始める。
「マナブよ。このあたり、どうだ?」
「ふむ、ここから覗くのは少々ひねりがなさすぎるのではないですかな? おなごたちも重点的にガードするでしょう」
「ああ、確かにそうだな……。もっと小さな隙間を探すべきか……」
例の覗きの相談であろう。ヨウが念のために釘を刺す。
「本当にやっちゃ駄目だよ? ノリコあたりに気づかれたら、本当に命がないよ?」
困り顔で言うヨウに、二人は涙を流しながら叫んだ。
「お前に何がわかる! くそっ、かわいい顔してあんなご立派なモン持ちやがって!」
「あれは反則ですぞ! なるほど、だからあんなだぼだぼの水着を着ていたのですな!」
「えっ、ええ? 一体何の事?」
戸惑うヨウに、二人がそろって湯の奥の彼の股間を指差す。
「何って、ナニの事に決まってんだろ! カマトトぶってんじゃねーよ!」
「ヨウ殿のその自信、どこから来ているのかが今はっきりとわかりましたぞ!」
ようやく彼らが何を言っているのか悟り、ヨウの顔が羞恥に赤くなる。思わず両手で股間を隠して言う。
「や、やだ! やめてよ! 僕、気にしてるんだから!」
「て、てめえ! それは巨乳ちゃんが『私、胸大きいの気にしてるんだから』って言ってるのと同じなんだぞ! たった今、お前は全世界の99,9%の男を敵に回した!」
「それがしもそのくらい立派な一物を備えていれば、もっとおなごに強くあたれるものを……!」
歯軋りしながら二人がヨウに詰め寄る。助けを求めるヨウの視線に、カナメが言う。
「でもそれだけ立派だったら、女の子が何人いてもお相手できそうだね。さすがヨウ君、あのモテ具合は身体的裏づけがあっての事だったんだね」
「カ、カナメ君!? 君ってそんな事言うようなキャラだったの!?」
絶句するヨウ。彼を取り囲むようにして、男の会話が始まった。
しばらくして、脱衣場に人がやってくる気配がした。すでに日は落ち、月の光と行灯の明かりがあたりを照らしている。
「お、先輩たちかな? オレらが先に入っちゃったから、ひょっとしたらお小言もらうかもな」
「武闘派の部活ではそういう話もよく聞きますな」
「大丈夫じゃないかなあ。そういう事にはあんまりこだわらない人たちだし」
「そうだね」
湯船の端に腰かけていた四人が笑う。お風呂を上がる前に先輩たちが来て良かった。せっかくの機会なのだから、こういう場で裸の付き合いといきたいものだ。
異変に気づくのに、さほど時間はかからなかった。
「……おい、先輩たちってあんなにかわいい声してたか?」
「……ありえませんな」
「どう聞いても女の人の声なんだけど?」
「ちょっと、フィル君、ちゃんと男湯女湯の確認したの?」
「いや、露天風呂はここしかなかったから……」
全員の顔から血の気が引いていく。まずい、これはまずい。
「やっぱり、スミレちゃんってホント大っきい!」
「は、恥ずかしいです……」
「何言ってるの、大きな胸は女の武器でしょ?」
今や、その声がはっきりと聞こえてくる。この声はスミレとアキホ先輩か。と言う事は……。
「チアキちゃん、本当に綺麗な身体してるね。羨ましいなぁ」
「と、とんでもないです! 副会長のお身体とは比べ物になりません!」
「ふふっ、こんな所でお世辞はいいってば」
やはり、ノリコとチアキもいる。もはや顔面蒼白になりながら、四人が顔を見合わせる。
(まずい、これはまずいぞ……!)
(ど、どうしよう……?)
(出入り口はあの脱衣場のみ、逃げ場はないですぞ……?)
(ね、ねえヨウ君、ここは混浴って事はないのかな……?)
(それはないんじゃ……。よしんばそうだとしても、ノリコとチアキが許してくれるはずがないし……)
四人とも湯船から立ち上がり、股間に手ぬぐいを当てながら右往左往する。そんな彼らの耳に、無情にも女子の死刑宣告にも等しい言葉が聞こえてくる。
「よし! それじゃ行こっか!」
「はい! お供します!」
「スミレちゃんも大丈夫?」
「はい、お待たせしました」
慌てふためく一年生四人組。
(ヤバい、来るぞ!)
(と、とりあえずあの岩の裏に!)
とっさにヨウが湯船の中ほどの大きな岩を指差す。
(ナイス! ヨウ!)
(みんな、急ごう!)
(ま、待って下され!)
四人が敵の追っ手から逃れるように岩の裏手へと駆け込む。
彼らの未来を決しかねない命がけの戦いが、今ここにその幕を開けた。




