13 手料理
思わぬ騒動があったものの、スイカ割り大会も無事終わり、皆が海辺で思い思いの時間を過ごしている間に日も暮れてきた。
ヨウとカナメは砂の城作りに熱中していた。徐々に潮が満ち、波が城にまで到達する。その波を食い止めようと、二人は必死で城の前に城壁を築いたり、大きな溝を掘って堀を作ったりしているのであった。
「駄目だヨウ君、第二障壁はもうもたない!」
「仕方ない、最終防衛ラインを強化するよ! カナメ君も急いで補強を!」
「うん、わかった!」
うなずき合いながら、二人で必死に城の前の壁に砂を盛る。そんな二人の背中に、呆れたような声がかけられる。
「まったく、あなたたちも子供じゃないんだから……。砂遊びでよくそこまで夢中になれるわね……」
スミレと並んで砂浜に腰を下ろすチアキが、軽くため息をつく。心外だ、とばかりにヨウとカナメは振り返った。
「何でさ! 波が来るんだよ? 夢中になるに決まってるじゃない!」
「ヨウ君の言う通りだよ! ただの砂遊びじゃないんだから!」
「そ、そう……。あなたたちがそれでいいなら、別にいいのよ……」
二人の謎の気迫に、思わずチアキも気圧され口ごもる。まずい、次の波は大きいよ、などと言いながら再び夢中で壁の補強を始める二人に、うんうんとうなずきながらフィルが遠い目で言う。
「オレもよく浜辺でやったもんだよ、砂遊び……。五、六歳までの間だったけどな……」
「前から思っていたのだけれど、あの二人って、凄く幼いわよね……」
「ど、童心を忘れない、と言う事ではないでしょうか……」
「私、時々あの二人についていけない時があるわ……」
微笑ましく砂遊びに興じる二人を見ながら、三人がつぶやく。
その時、しゃがみ込むヨウの顔をかすめて黒い物が飛んできた。丸い球状の物体が砂の城へと命中し、その一角が崩れ落ちる。
「あーっ!」
ヨウとカナメが慌てて振り向くと、そこには砂を丸めて手に持ったノリコが仁王立ちしていた。
「ちょ、ちょっとノリコ!?」
「そーれ、砲撃開始だー!」
そう言って、ノリコが手にした砂玉を投げつけてくる。ヨウは投げつけられる砲弾を手のひらで打ち落としながら、カナメに指示を飛ばす。
「カナメ君、ここは僕が死守する! 君は城の補修と壁の増強を!」
「うん、わかった! ご武運を!」
「そーれ、それそれー!」
悲壮な顔つきでやり取りする二人に、ノリコが楽しそうに砂玉を投げつける。その様子を見つめながら、フィルが遠慮がちにつぶやく。
「オレ、前から思ってたんだけど……。副会長って、その、幼い所があるよな……」
「……残念ながら、その発言を否定できない私がいるわ……」
「さすがのチアキでも、か……」
「さすがヨウさんの幼なじみですね……」
彼らのそんなつぶやきを聞きながら、ヨウは「誰か手伝ってくれないかなあ……」と思うのであった。
「あ! こんな事してる場合じゃなかった!」
何かを思い出したかのように、ノリコが砂だんごを投げる手を止める。
「何、どうしたの?」
突然攻撃の手が止まり、ヨウが訝しげに聞く。手のひらだけではかばいきれず、全身を盾に守っていたヨウの身体には、あちこちにアザのような跡がついている。
「みんな、ご飯! ご飯ができるよ! あっちに集まって!」
「あ、ご飯? そっか、もうそんな時間だね」
「夕食、なんだろうね!」
「ふふっ、それは見てのお楽しみ! みんなもついて来て!」
そう言うと、ノリコがごきげんな様子で会館の方へ去っていく。ヨウたちもその後に続いた。
会館の外には野外で食事ができる空間があり、椅子やテーブルがいくつも配置されている。ヨウたち生徒会メンバーは水着のまま、それぞれ好きなテーブルに着席していた。ヨウはフィル、チアキ、スミレと席に着く。そのすぐ隣のテーブルにはカナメたち一年生が座っている。
そこに、調理担当の生徒たちが皿を持ってきた。テーブルに手際よく皿を並べていく。
最初に出てきたのは、色とりどりの野菜が盛られたサラダだった。蒸した鶏も入っている。野菜が見るからにシャキシャキしていそうで、それだけで食欲をそそられる。
そのサラダの上には、何やら深い緑色のどろりとした液体がかけられている。きっとドレッシングなのであろう。ヨウの知識にはない液体だが、それはまだまだ彼が世間知らずの子供に過ぎないという証なのだろう。
「この緑ぃの、何なんだ……?」
「さ、さぁ……? ドレッシング、でしょ?」
「珍しい色ですね……」
不思議に思っていたのはヨウだけではないようだ。隣のテーブルでも、カナメたちが不思議そうに皿を見つめている。
全員に皿が行き渡った所で、ノリコが皆の前に出た。嬉しそうに説明を始める。
「はい、皆さん! お待ちかねの夕食の時間がやってまいりました! 今年ももちろん屋外でバーベキューパーティーです!」
「おおおお!」
「待ってました!」
周りから歓声が上がる。メニューについては何も聞かされていなかったが、一年生が調理担当に当てられなかった事からして、例年行われる一年生へのサプライズ企画なのだろう。
その効果はてきめんだったようだ。
「バーベキュー!? スゲえ!」
「みんなで外で食べるのって、楽しそうです!」
「本当、楽しみだね!」
「ま、まあ、私はバーベキューくらい何度もやった事があるけれど? なかなかいいものよ?」
ヨウのテーブルも大いに盛り上がる。前の方で、ノリコが説明を続ける。
「ただ今準備中ですので、まずは前菜に新鮮野菜のサラダを召し上がって下さい! それでは皆さん、いただきまーす!」
「いただきまーす!」
まるで子供のように皆で声を合わせると、一斉にサラダへと箸を伸ばしていく。ノリコがさらに付け加える。
「ちなみに、サラダのドレッシングはあたしの特製でーす! 去年は調理に参加できなかったので、今年はがんばりました!」
その言葉に、ヨウの表情が凍りつく。今まさにサラダを口へ運ばんとしていたその手を止め、なりふり構わず立ち上がって絶叫した。
「いけない! みんな、箸を止めて――!」
だが、わずかに遅かった。皆笑顔でサラダを口にする。
……そして、次の瞬間、あたりは一面地獄絵図と化した。
「ぐほぁぁぁぁぁあああ!?」
「げええぇぇぇえええぇぇっ!」
「がはああぁぁぁぁああぁっ!」
学院最高のエリートと謳われる生徒会メンバーの面々が、なす術もなく一人、また一人と倒れていく。あの頑丈そうなマサト・ヤマガタですら、テーブルに突っ伏してその巨体をびくびくと痙攣させていた。
「こ、これは一体……?」
真っ青になりながらもかろうじて身体を支えているフィルに、ヨウが首を横に振る。前の方から、ノリコの素っ頓狂な声が聞こえてくる。
「えーっ!? みんな、どうしちゃったのー!? せっかく作ったんだから、どんどん食べてよー! おかわりもたっぷりあるんだから!」
その言葉に、全てを理解したという顔でフィルがつぶやく。
「そうか……副会長、メシマズ属性を備えてたんだな……」
「さすが副会長、ヒロインとして必須の属性を持っているとは……あっぱれ、ですぞ……」
いつの間に来ていたのか、マナブがフィルにうなずくとそのまま顔から倒れ込む。
ああ……何でこんな事に……。どうすればいいかわからずにヨウがうろたえていると、気力を振り絞って起き上がったチアキが目の前のサラダに箸を伸ばすのが目に入った。
「チ、チアキ! 一体何を!?」
「ふ、副会長が私たちのために作ってくれた料理……。ひとかけらとて、の、残すわけにはいかないわ……」
「駄目だチアキ! そんな事をしたら君は!」
ヨウの制止も聞こえないのか、チアキが虚ろな目でサラダを口へと運ぶ。このままでは彼女の命が危ない。
「チアキ、ごめん!」
「ぐっ……」
詫びながら当て身を食らわすと、元々限界だったのかチアキの身体が重力を失ったかのように崩れ落ちた。
ヨウ以外のほとんどが倒れ込む惨状に、さすがのノリコも事態の深刻さに気づく。
「え、えーと……みんな、ごめんなさい! 今みんなを連れてくるから待ってて!」
そう言って、調理メンバーたちの下へと走り去っていく。
僕がもう少し早く気づいていれば……。皆さんの事、僕は決して忘れません……。目の前の光景に、ヨウの頬を一筋の涙が伝った。
……あれほどの惨劇にもかかわらず、少し経つとメンバーの全員が回復し、そのままバーベキューパーティーへと移行した。マサトをノックダウンするほどの料理を口にしておきながら、誰一人として胃腸に変調をきたしていなかったというのはある意味奇跡としか言いようがない。ノリコには何か特殊な才能があるのかもしれなかった。
そしてこの日、「ノリコは厨房に立たせるな」という新たな掟が生徒会の規則に加わったのであった。




