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一年遅れの精霊術士  作者: 因幡 縁
第二部
54/135

12 スイカ割り





 チアキの説教からようやく解放されたヨウ。そのタイミングを見計らっていたかのように、アキホが二人を呼びに来る。

「二人とも、こっち来なさーい! スイカ割り始めるよー!」

「あ、はい! 今行きます!」

 二人声をそろえて返事する。

「まったくもう。ヨウったら、本当に押しに弱いんだから。これからはちゃんと断るのよ?」

「め、面目ない……」

 先ほどのミツルとの一件を問いただし、呆れた顔でヨウを睨むチアキ。ヨウも我ながら情けないと頭を下げるばかりだ。がっくりと肩を落としてみんなの下へと向かう。

 そんな二人の様子に、先輩たちから彼らをからかう声が飛ぶ。

「どうしたヨウ、さっそく尻に敷かれてるのか?」

「そ、そんなんじゃありません!」

 わははと笑うマサトに、チアキが顔を赤くして抗議する。その隣のカツヤもにやにやと笑う。

「おいおい、またヨウが何かやらかしたのか? 夫婦げんかもほどほどにしておけよ?」

「あなたに言われたくありません!」

「お、おう……?」

 思わず大声で返したヨウに、カツヤが驚いて戸惑いの表情を見せる。

 元はと言えば、あなたがミツル先輩のそばにいなかった事が原因なんですからね。抗議するような目つきのヨウに、カツヤは何の事かわからないまま、まあそう怒るな、と困ったように笑った。




 砂浜の一角で、生徒会メンバーは何かを取り囲むように集まっていた。その中心には木刀を持ったアキホと細長い布を持ったノリコが立ち、そして二人の目の前にある敷布の上には中くらいの大きさのスイカが鎮座している。

「はーい、皆さん集まりましたかー?」

 周りを見回しながら、ノリコが言う。

「ではこれから、恒例・夏のスイカ割り大会を始めたいと思いまーす!」

 隣のアキホが、大会の開始を宣言する。どうやらこの二人が進行役を務めるようだ。

「さあて、最初のチャレンジャーは誰だ?」

「その役目、俺に任せてもらおうか」

 アキホの煽りに、マサトが我こそはと名乗りを上げる。いきなりの大物登場に、周りから大きな歓声が上がった。

「おおーっと、トップバッターは昨年盛大に素振りをかましてくれたマサト先輩だぁ! 今年こそ昨年のリベンジなるか!?」

「アキホお前! 余計な事言うんじゃねえ!」

 二人のやり取りに、メンバーたちが爆笑する。アキホから乱暴に木刀を受け取ると、布でノリコに目隠しされてその場で五回転する。方向感覚が怪しくなった所で、マサトが一つ気合を入れる。

「よおおおおし、行くぞおおぉぉぉお!」

「おおおお、行けえぇぇっ!」

 メンバーたちも大いに盛り上がる。右、もっと前、と言う周りの声に、しばらくあらぬ方向をぐるぐる回った後、ついにスイカの真正面へ到達する。

「先輩、そこです!」

「よおおおし、もらったあああぁぁぁっ!」

「おおおお!? これはリベンジ達成か!?」

 アキホの実況と共に、マサトが大きく木刀を振りかぶる。そのままスイカ目がけて渾身の力で木刀を振り下ろした。

 マサトの力任せの一撃が、スイカを見事に捉える。空を切り裂きながら木刀が激突し……スイカはそのまま粉々に四散した。

「あーあ……」

 観衆から一斉にため息が漏れる。確かな手ごたえがあったのだろう。周囲の反応に、まさかそんなはずはと慌てて目隠しをはずしたマサトが、自らが招いた惨劇を目の当たりにする。

「う……あ……」

 思わず絶句するマサト。ノリコがうきうきしながら敷布の上を示す。

「う~ん、残念! 生徒会最後の夏は、かくも無残な結果に終わってしまいました! なお、哀れなスイカ君はこの後全部マサト先輩がおいしくいただきますのでご心配なく!」

「ちょっ! これ全部俺が食うのかよ! 砂まみれじゃないか!」

「当然です。責任はキチンととっていただかないと」

「お、鬼だ……。来年の生徒会は、恐怖政治の嵐が吹き荒れるぞ……」

 ノリコの容赦ない言葉に、マサトががっくりと肩を落としながらスイカを拾い始める。その背中のあまりの寂しさに、スイカを拾い集めてマサトに手渡す者たちが続出した。

 自分の言葉を真に受けられた事に焦ったのか、ノリコが慌ててマサトに言う。

「えっと、先輩、さすがに砂浜に落ちたのは食べなくていいですからね? 冗談ですよ?」

「そ、そうか……。お前の事だから、てっきり……」

「てっきりって何ですか、てっきりって! あたしに変なキャラ付けしないで下さい!」

 二人の漫才に、周りがどっと笑う。その間に新しいスイカを置き、アキホがメンバーに呼びかける。

「さて、次の挑戦者は誰かいませんか? 先鋒がこの体たらくでしたので、次こそはバシッと決めてほしいものです!」

 ノリコたち、言いたい放題言ってるなあ……。ヨウが苦笑する。無礼講という事なのだろうが、それにしても今のマサトのすっかりしょげた姿は、普段の剛毅な彼からは想像もつかない。

「まったく、マサトは力任せに行き過ぎなんだよ。どれ、あたしが手本ってものを見せてやるよ」

「おおーっと、二番手は我らが生徒会の姉御こと、ミチル先輩だぁ! 三年生の失態は、同じ三年生が晴らすと言う事でしょうか!?」

「うおおっ! あねさあああん!」

「姉御! 頼んだぜ!」

 マサトの肩をぽんと叩いて前に出たミチルに、メンバーたちから興奮ぎみの声が沸き起こる。「姉御」や「姐さん」との声が飛び交う中、ミチルは準備を済ませると華麗に五回転した。木刀を構えるその姿が美しい。先ほどの一件もあり、ヨウには少し彼女の綺麗な背中を見るのがためらわれた。

 周りの声を的確に拾い、ミチルはそれほど大きく道をそれる事なくスイカの前へと立つ。木刀を軽やかに振り下ろすと、鈍い音を立ててスイカが真っ二つに割れた。

「お見事! さすがは三年生の紅一点です! これならみんなでおいしくいただけますね!」

「さすが姐さん!」

「愛してる!」

 歓声に沸く中、ミチルは悠然と輪の中へと戻っていく。観衆のテンションも高まっていく中、ノリコが周りに提案した。

「さて、三人目の挑戦者ですが、例年の流れにのっとり、一年生の中からあたしが指名したいと思います」

 そう言うノリコと視線が合った。何だかとても嫌な予感がする。

「次のチャレンジャーは、期待の新人、ヨウ・マサムラ君! 一年生を代表して、どうぞがんばって下さい!」

「待ってました!」

「いい所見せてくれ!」

 あああ、やっぱり……。ため息をつくと、ヨウは渋々前へと出た。

「ヨウ君、スイカ割りはわかるよね?」

「はい、大丈夫です」

「ヨウちゃん、がんばってね」

 二人から声をかけられ、準備を終えるとヨウは五回転して木刀を構えた。



 耳を澄ますヨウに、周りのみんなの声が飛ぶ。慎重に足を運ぶヨウに、アキホが感心したように言う。

「おーっとさすがヨウ君、順調にスイカを追い詰めています! 前評判どおりの的確な動き! これは成功も確実か?」

「ヨウなら剣で斬ったように綺麗に真っ二つかもな!」

「がんばれ! ヨウ君!」

 先輩やカナメたちからも声援が飛ぶ。その声に応えようと張り切るヨウの身体が、突如横殴りの風に煽られる。

「わっ! い、一体何!?」

「このままだとヨウちゃんが簡単にスイカを割ってしまいそうなので、今回は急遽障害を仕掛ける事にしました! まずは強風です!」

 驚いたヨウに、ノリコが楽しそうに答える。この風も彼女が操っているのだろう。

「ちょ、ちょっと! そんなの僕聞いてないよ!」

「もちろん。だって、今あたしが決めたんだから。ほーらほら、気をつけてないと危ないよ?」

「う、うわあああっ!」

 それまで右側から吹き付けていた風の向きが急に逆になり、さすがのヨウもたまらず何歩かよろめくと、体勢を崩して倒れ込む。


 むにゅん。


 目隠しをしたヨウの顔に、何かとても柔らかな感触が襲いかかる。その弾力のある何かは、まるでさらに奥へと引きずり込むかのように柔らかく彼の顔を包み込んでいく。こ、これは一体……? 

「きゃぁぁああああぁぁぁあっ!」

 ヨウの耳を女子の絶叫が貫く。どうやらスミレの声のようだ。女子の悲鳴、柔らかくて暖かな感触。ここまでくればいくらヨウでもそれが何なのか見当がつく。

 彼は体勢を崩してスミレの胸へと顔面から飛び込んでいったのだった。

「ご、ごめん!」

「だ、大丈夫、ヨウちゃん!?」

 狼狽も露わにヨウは木刀を放り投げてスミレの大きな胸から顔を引き抜く。だが、目隠しで視界がさえぎられている事もあり、再び足を踏みはずしてしまった。転倒の衝撃から身体をかばおうと突き出したヨウの両手に、何かとても心地いい感触が伝わってくる。

 手のひらに余るほどの、暖かい丸みを帯びた何か。その張りのある感触に、ヨウの脳内で危険信号がともる。目隠しがはらりと落ち、ヨウの目に映ったのは呆然とするノリコの顔と、自らの手の中にあるみずみずしい二つの球体であった。

「あ、あの……」

「――――!」

 一瞬硬直する二人。次の瞬間、ヨウの右の頬に熱い痛みが広がる。ノリコの平手打ちが、彼の頬にまともに入ったのだった。

「ヨウちゃんの、バカぁぁぁっ!」

「ご、ごめん!」

 だってノリコがいたずらをするから、とは言わず、ヨウがさっと手を離して頭を下げる。観客もヨウをはやしたてる。

「ヨ、ヨウ、あなたって人は……!」

 輪の中から怒りに震える声が聞こえてきた。見ればチアキがわなわなとこちらを指差している。

「ミチル先輩に妙なマッサージをするだけでは飽き足らず、スミレの胸に頭から突っ込んだ上にあろう事か副会長にまで……!」

「ちょ!? ちがっ、誤解だよ!」

 慌てて否定するが、チアキの発言にフィルとマナブが反応する。

「何いッ!? 妙なマッサージ!? ヨウ、お前何一人で抜け駆けしてやがんだ!」

「我らを差し置いて姉御とイチャラブなど、許されざる大罪ですぞ!」

「お前、一年のクセにやってくれるな、おい!」

「俺たちの姉御に、ちゃっかり手を出しやがってぇ!」

 火の手は見る見るうちに広がり、その場を混乱が支配する。さらに悪い事に、どこか焦点の定まらない眼をしたノリコもヨウへと詰め寄ってきた。

「ヨ、ヨウちゃん! それって、ホ、ホント!?」

「ウソ、ヨウ君、やるじゃない!」

「え、いやっ、違っ……ご、ごめんなさあぁい!」

「あ、逃げた!」

「待てええぇぇっ!」

 たまらず逃げ出したヨウを、生徒会のメンバーたちが追いかけまわす。スイカ割り大会が再開されたのは、それからしばらく経っての事だった。



 ヨウ・マサムラは、また新たな伝説を生徒会の歴史と皆の心に刻んだ。




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