10 真夏の海
「お? 来たんじゃねえか?」
フィルが待ちに待ったといった様子で会館の方を見る。嬉しそうにマナブと肩を並べる彼に、ヨウも呆れながらそちらへ視線を移す。
その目に飛び込んできたのは、二年生の書記、イヨ・タチカワとその補佐二人の姿だった。男子の視線を特に気にする様子もなく、堂々とこちらへ向かっている。
「おお! まずは二年生三人娘か!」
「なんと! フィル殿、イヨ先輩はビキニですぞ!」
「スゲえ! 補佐の二人がぺったんなだけに、そのコントラストがより際立つな!」
「それがしも同感ですな!」
イヨ・タチカワは顔立ちも身長も、ごく平均的な女子生徒であった。普通でないのはその胸で、平均的な女子よりも明らかに二周りは大きい。その大きな胸が、下着のような水着に包まれているのだから目のやり場に困る。一歩進むたびに揺れるその胸部には、さすがのヨウも惹きつけられてしまうものがあった。
その隣には、イヨの補佐を務めるハナエ・ミヤモトとミナミ・カワグチが並んでいる。二人とも胸は控えめながら、その肢体は若々しさに満ちている。
ハナエ・ミヤモトは肩から胴まですっぽりと包む水着を身につけていたが、そこから伸びる手足が美しい。一年の頃からハナエの補佐を務めていた彼女は、この合宿も二度目とあって慣れた様子だ。
ミナミ・カワグチは今年からイヨの補佐に就いた二年生だが、生徒会にもあっという間に馴染んでしまった。元々生徒会役員を希望していたそうで、今年イヨと同じクラスになって親しくなり、補佐の形で生徒会入りしたそうだ。
そんなミナミは、イヨと同様ビキニを着用している。幼さを残す胸元とは裏腹に、その下半身の肉付きは否応なしに男を奮い立たせる。先ほどフィルが熱く論評していたのも納得であった。
「いやあ、開幕早々ハイレベルな戦いが繰り広げられておりますな!」
「まったくだ! オレ、生徒会に入れてホントよかった!」
早くも興奮がピークに達しそうな二人が、ヨウとカナメに迫る。
「な! 素晴らしいだろ! お前らはどう思うよ?」
「どうって、みんな綺麗だよ」
「ごまかすなあっ!」
「ひっ!? ご、ごめん……?」
思わず謝るヨウ。カナメも困った顔でもごもごと口を動かす。
「まったくこいつらは……おお!?」
「来ましたぞ、フィル殿!」
「今度はお姉さまかあっ!」
再び会館の方を見ると、三年生補佐のミチル・フジモトが姿を現した所だった。男子ばかりの三年生の中にあって、紅一点ばりばりと働く男勝りの少女である。
そのミチルは、背中が大きく開き、股にも深く食い込んだ布の少ない水着で登場した。その大きな胸と尻を隠しきれてない姿が、思春期の男子たちの劣情を誘う。とても同世代とは思えないその色気に、男子の幾人かがその場にしゃがみこんだ。
「ヤ、ヤベえ……。ミチル先輩、いくら何でもエロすぎだろ……」
「気を確かに持つのですぞ、フィル殿! あの姿、しかとこの目に焼きつけないと!」
二人を呆れた顔で見ながらも、ヨウとカナメもその場にしゃがみこむ。彼らだって健全な青少年なのだ。
「ほら、あんたたち! いつまであたしに見とれてるんだい!」
「そう言うなって。そんなカッコで来られちゃ、誰だってそうなるだろ」
だらしない男子たちを叱りつけるミチルに、カツヤ・マエジマが無茶言うなと肩に手を置きながらなだめる。
その様子を見つめながら、フィルが悔しそうな顔をする。
「ちっ、あの人カツヤ先輩の彼女なんだもんなあ……。つーか自分の彼女を補佐にするとか、あの人もちったぁ周りの空気読めよ……」
「まったく、けしからんですな……」
二人が羨ましそうにカツヤとミチルを見る。もちろんミチルはカツヤの彼女だからというだけで補佐になったのではない。彼女は三年生補佐の中でも一、二を争う優秀な生徒なのだ。
「しっかし、あんなワルそうな人のどこがいいのかねえ……。まあ、ワルそうと言えばミチル先輩も結構ワルそうだから、似た者同士惹かれ合うのかもしれないけどな……」
「ですな……」
そう言いながら、なおもミチルを見つめ続ける二人にヨウとカナメは苦笑するのだった。
ミチルの登場に少し遅れて、会館の方からまた二人女子がやってくる。
「お、おおおお!?」
「フィル殿、これは想像以上ですぞ!」
やってきたのは、布の面積が大きい水着に身を包んだチアキとスミレであった。フィルとマナブ、いや、男子のほとんどの視線がスミレの胸元へと集中する。
胸元をぐるりと水着に包まれたスミレであるが、その大きな胸が実に窮屈そうに自己主張を続けている。水着がはち切れるのではないかと心配になるほどの胸のボリュームに、多感な年頃の少年たちは片時も目をはずせない。
「ちょ、ちょっと! みんなスミレの事見すぎです!」
チアキがスミレをかばうように前に出る。その胸は二年生のハナエやミナミよりさらに慎ましやかなものだったが、しなやかに伸びる手足と引き締まった身体には、それを補って余りある美しさがあるとヨウは思った。
男子の視線をさえぎろうと必死なチアキに、フィルが煽り立てるように言う。
「何みんなスミレちゃんの方ばっかり見てるからって嫉妬してるんだよ。誰もお前の水着なんか見たいと思ってないから、さっさとそこをどけよ」
「な、何ですってえ!」
顔を真っ赤に染めてチアキがフィルに詰め寄っていく。睨み合う二人をヨウがまあまあとなだめるその向こうでは、フィルよくやった、見晴らしがよくなった、と先輩たちの無責任な声が飛び交う。
「チ、チアキ、スミレさんを一人にしていいの?」
「あ! このバカについ乗せられてしまったわ! いい? あなた後で覚えておきなさいよ!」
「あー、へいへい。いいからさっさと行けよ、このまな板女」
「何ですってえ!」
「ま、まあまあ。チアキの水着姿もとっても綺麗だよ」
「そうそう、とっても似合ってるよ、チアキさん」
「え……!?」
怒りに赤くなっていたチアキの顔が、今度は羞恥に赤くなる。耳朶まで赤く染めると、チアキはやや高い声でそっぽを向きながら言った。
「べ、別にほめてもらいたくて着てるわけじゃないから! まったく、こっちのスケベどももさることながら、あなたたちみたいなおぼっちゃん二人組にも困ったものね……」
「え、それってどういう……」
「どうもこうもないわよ! 恥ずかしい事言ってないで、少しは女の子の気持ちでも勉強してなさい!」
そう言ってスミレの下へ戻るチアキの背中を見つめながら、ヨウがカナメに聞く。
「どう言う事?」
「さあ……」
お互い顔を見合わせながら、ヨウとカナメは首をかしげた。
あたりがざわめいたのは、その時だった。
会館の方から、二人の少女がこちらに向かってくる。一人はこちらに向かって元気に手を振っている。二年生のアキホ・ツツミだ。褐色の健康的な肌をビキニに包み、そのしなやかな肢体を惜しげもなく晒している。
だが、男子の視線はもう一人の少女の方に集中していた。生徒会副会長、ノリコ・ミナヅキである。
清楚ながらも程よく露出した水着に、男子のみならず女子メンバーの目も釘付けになる。チアキなどは目つきがもはやフィルたちとさほど変わりない。
しかし、それも仕方のない事かもしれない。それほどまでに、水着姿のノリコは美しかった。無駄のない、それでいて柔らなか肉付きの身体、ほどよく膨らんだ胸。引き締まった腰を起点に下へと広がっていく曲線が、太ももからふくらはぎ、細い足首へと収束していく。その長い脚をしなやかに前へ進めながら、ノリコがヨウたちの方へと近づいてくる。
と、突然アキホがノリコの後ろへと回り込む。
「え? 何?」
とまどうノリコには構わず、アキホがいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「次期会長の指名を受けるなら、ポイントは稼いでおいた方がいいでしょ? ――えいっ!」
そう言うや、アキホはノリコの胸を鷲づかみにしてそのまま思い切り持ち上げた。
「きゃああぁぁっ!?」
「うおおおおぉぉぉおおぉぉっ!?」
まさかの光景に、ノリコの悲鳴と男どもの咆哮が砂浜にとどろく。アキホは下から上へとノリコの胸を揉み上げる動作を繰り返す。
「ちょっとアキホ、やめてよ、やめてってばあ」
「さーて、このくらいで次期会長当確かな?」
「もう……」
ようやくアキホの手から解放されたノリコが、胸をかばいながらため息をつく。そのノリコと、ヨウの視線がぶつかる。
「あ……」
「ヨウちゃん……」
お互いこの前の一件を意識してか、相手から視線をそらす。少し顔を伏せたノリコが、ためらいがちにヨウに聞く。
「あ、あの……この水着、ど、どうかな……?」
「う、うん……とっても似合ってるよ」
「あ、ありがとう……」
お互い顔をそらしながら、妙にそわそわと言葉を交わす。顔を赤らめるヨウの右腕に、アキホが飛びついてくる。
「な~に、この感じ! 二人ともお熱いなあ! でも、まだまだウブい! ノリコも、このくらいサービスしてあげないとヨウ君他の子にとられちゃうぞ?」
「わああぁぁっ!? ア、アキホ先輩!?」
「ちょ、ちょっとアキホ! 離れてよ!」
右腕に押し当てられる柔らかな感触に、ヨウが狼狽の声を上げる。慌ててアキホの肩をつかむと、ノリコが彼女を強引にヨウから引き剥がす。
「ヨ、ヨウ! お前、うらやましいぜチクショウ!」
「ヨウ殿! 両手に花とは、実にけしからんですぞ!」
「ヒューッ! 若い若い!」
フィルとマナブの嫉妬の言葉、そしてヨウたちを囃し立てるカツヤたち三年生の声に、ヨウとノリコの顔が真っ赤になる。その後しばらくヨウは周りのメンバーたちにからかわれる事になった。
太陽が照りつける真夏の海。楽しい時間は、まだ始まったばかりだ。




