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一年遅れの精霊術士  作者: 因幡 縁
第二部
51/135

9 海辺




 港を立ってしばらく歩くと、目指す宿泊施設が見えてきた。

「あれが学院保養会館よ」

 二年生のイヨ・タチカワが指を差す。その先には、三階建ての立派な宿泊施設が建っていた。

「わあ、立派な建物ですね!」

「そうね。元々OBや職員向けに建てられた施設らしいわ。中も綺麗なのよ?」

「そうなんですか、楽しみです」

 ヨウとチアキが建物の方を見ながら言う。フィルが威勢よく手を挙げた。

「はいはいはい! 先輩、質問!」

「何かしら?」

「あの施設、風呂はどうなってんすか? やっぱ広いんすか?」

「ええ、素敵な露天風呂よ。楽しみにしていなさい」

「マジっすか!」

 フィルのテンションが妙に上がる。これは何か良からぬ事を考えているなと思っていると、建物が近づいてくる。

「さあ、そろそろ会館だぞ。お前ら、ちゃんと固まって歩けよ?」

 後ろを歩くカツヤが一年生たちに声をかける。その声に後押しされ、ヨウたちは会館へと歩いた。





 会館に着き、管理人に挨拶すると、割り当てられた部屋に荷物を置き、さっそく屋外の演習場で訓練を始める。初日の午前中は各メンバーともその時間をみっちりと能力の測定と強化にあてられる。ヨウも苦手な精霊術の強化に明け暮れた。


 午前中の訓練を終え、ヨウたちは昼食をとりに会館へと戻る。フィルがさっそく弱音を吐く。

「おいおい、こんなのが三日も続くのかよ……。オレ、もうすでに限界が近いんだけど……」

「あはは、本当に定期考査より大変かもね」

 二人で顔を見合わせていると、後ろから二年生のアキホ・ツツミが声をかけてきた。

「ふっふっふ、そう悲観するでないぞ、一年坊よ」

「わっ、何すか? アキホ先輩」

「今日の午後はレクリエーションって言ってたでしょ? と言う事はつまり……?」

「つまり……?」

 オウム返しに繰り返すヨウの隣で、フィルがみるみる生気を取り戻していく。

「海! 海っすか! 先輩!」

「そう! 君たち男子お待ちかねの海! もちろんみんな、水着でね!」

「来たあああぁぁぁぁぁっ!」

 フィルが渾身の雄叫びを上げる。アキホはヨウに近づくと、その耳元にささやきかける。

「ヨウ君も楽しみにしててね、私の、み・ず・ぎ」

「は、はぁ……」

「キャー、顔真っ赤にしちゃって、カワいい!」

 言いたい事を言い終えたのか、アキホはきゃらきゃらと笑いながらノリコの方へ去っていく。

「はぁ……」

 何だかまた苦労しそうな気がする。ため息をつくと、浮かれるフィルと共にヨウは会館の玄関に入っていった。







 昼食を食べ終えると、生徒会メンバーたちは午後のレクリエーションのために海辺へと集合する。女子は着替えに時間がかかるのか、今砂浜に集まっているのは男子のみだ。

「海って、凄いね……」

 少しゆったりした半ズボン型の水着をはいたヨウは、海を眺めながらつぶやいた。隣にいたカナメも、同感とばかりにうなずく。

「ヨウ君は海が初めてなんだっけ? びっくりしたでしょ?」

「うん、想像してたのと全然違うね。凄く大きいし。波ってこんな風なんだ」

「僕も初めて見た時はびっくりしたもん。ヨウ君、泳ぎの方はどう?」

「それなら大丈夫だよ。川泳ぎは得意だから」

「そっか、じゃあ今日はいっぱい泳ごうね!」

「うん!」

「お前ら、何を男同士でキモい事言ってんだ!」

「そうですぞ、ヨウ殿、カナメ殿! 今は海より大事な物があるでしょう!」

「ひっ!?」

 突如会話に割り込んできた声に、ヨウとカナメがぎくりと振り返る。そこにはやれやれといった顔のフィルと、鼻息をふんふんと鳴らすカナメの補佐、マナブ・フクザワの姿があった。

 マナブは小柄なカナメとさほど変わらない身長で、ボサボサ頭に度のきつそうな眼鏡が特徴的な一年生だ。座学に秀でているらしく、若干学科を苦手としているカナメが自分をサポートしてほしいと補佐をお願いしたらしい。

 そう言えばこの前の定期考査でも、学科総合の六番か七番あたりにマナブの名前があった事をヨウは思い出す。もっとも本人に聞いた話では、カナメも学科総合は十番台だったという事だから、例えばフィルなどとは「苦手」の次元が異なるわけだが……。

 そのマナブが、今日はやけにフィルと意気投合している。一年生同士仲良くするのはいい事だよね、と思いながら、ヨウが二人に聞く。

「海より大事な物って?」

「はぁ、これだからヨウは……」

「まったく、生徒会期待の新星が聞いて呆れますぞ」

 やれやれと首を振りながら、二人が肩をすくめる。幼い子供を諭すような口調で、マナブがゆっくりと話し始めた。

「よろしいか? それがしたちは、今一体何のためにここに集まっているんです?」

「そ、それはレクリエーションのためでしょ?」

「このたわけぇ!」

「ひっ!? ご、ごめんなさい……?」

 なぜ怒られたのかまるでわからず、それでもマナブの気迫に飲まれたヨウが思わず許しを請う。

「フィル殿、これは一体どういう事ですか! フィル殿がついていながら、これは監督不行き届きというものですぞ!」

「すまん、マナブ! こいつの朴念仁ぶりは折り紙つきなんだ!」

「ふぅ……、まあよろしい。いいですかヨウ殿、カナメ殿。今我々にとってもっとも大切なものとは……」

「ものとは?」

 ヨウとカナメが、思わずごくりとのどを鳴らす。マナブとフィルはにやりと笑うと、二人そろって会館の方を指差した。

「もちろん、女子の水着に決まっているでしょう! お二人とも、海をなめているんですか!」

「おおマナブ! 心の友よ! やはりお前はわかっている!」

「フィル殿こそ! それがしたちは、魂の同志ですぞ!」

 その言葉に、ヨウとカナメが思わずガクリと砂場に倒れ込む。そう言えばこの前もフィルがそんな事を言っていたなあ、と思い出していると、そのフィルはもうヨウとカナメの事など忘れたかのようにマナブと熱く語り始めている。

「なあマナブ! お前のイチオシは一体誰よ!」

「それはもう、言うまでもなく副会長に決まっております! それはフィル殿も異論の余地のない所ではありませぬか!」

「そうだよな! うんうん! で、じゃあその次は誰よ? オレはデカさならスミレちゃんに大注目なんだけど!」

「そうですな、巨乳枠ならイヨ先輩もはずせませぬが、三年生の紅一点、ミチル先輩を忘れるわけにはまいりませぬぞ!」

「ああ、ミチル先輩か! あの人、見るからにエロいもんな! どんな水着で来るのかにも注目しないとな!」

「スレンダー枠はどうですかな? それがしはチアキ殿など、かなりいい線いっているのではと思うのですが……」

「おいおい、お前もヨウみたいな事言うんだな。まあ、口さえ開かなければ悪くはないとは思うが……」

 ここぞとばかりに、フィルが言いたい事を言っている。とてもチアキには聞かせられないな、とヨウは思った。と言うか、それを言ったのは僕じゃないんだけど……。フィルが勝手にそう決めつけたんじゃないかと、抗議するように彼を睨む。

「ま、それならオレはアキホ先輩を押すかな。もっとぺたんこな方がいいならハナエ先輩だろ。ちょっとマニアックな方向になるけどな。同じぺたんこでも、ミナミ先輩は下半身が凶器だぜ? あの尻と太ももは、普段のスカート姿でもたまらねえぜ!」

「なるほど、さすがフィル殿。どの方面にもお強いですな。ところで、皆さんどのような水着で来ると思いますかな?」

「そうだな、オレは副会長には清楚な水着で来てほしいな。ミチル先輩には……」

 今度は水着談議で盛り上がる。カナメと二人、完全に蚊帳の外に置かれながら、ふいに水着売り場でのノリコの扇情的すぎる水着姿を思い出し、ヨウは思わずその場にしゃがみ込んだ。




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