5 組織
「ところでお前ら、部活はどこにするか決めたか?」
入学から一週間。午後の講義を終えた三人は、食堂で軽食を取りながら談笑した後、下校中の生徒たちでこみ合う玄関を出て寮へと帰るところだった。靴箱から靴を取り出しながら、フィルの問いにチアキが答える。
「私は生徒会か委員会に行こうと思ってるのよね。ヨウはやっぱり生徒会に行くのかしら?」
「それはどうだろう、誰でも入れるわけではないからね」
「でも、副会長はヨウを生徒会に入れるつもりなんじゃないの?」
「ノリコがそう思っていても、僕が入れるとは限らないよ」
学院は建学当初より自主の精神を重んじており、その運営においても学生に委ねられる部分は多い。中でも生徒会は、多岐にわたる生徒活動の全般を管理する存在として強大な権限が与えられているという話だった。
そのような組織であるがゆえに、そのメンバーたる生徒会役員にも当然高い能力が求められる。ノリコの話によれば現生徒会役員はその全員が、定期考査において上位10%から陥落した事がないという。上位10%どころか末席で辛くも合格に漕ぎ着けたヨウが入る余地は、おそらくどこにもないであろう。まして副会長の幼なじみだという理由での採用などありえないし、あってはならない。
「へぇ、そうなのか。固いこと言わないで、好きな者どうし一緒に働けばいいのにな」
「フィル、一応言っておくけど、僕とノリコはそんな関係じゃないよ」
「そうかしら? ヨウがどう思ってるかは知らないけど、副会長の方はどうかしらね」
「ないない。それよりフィルはどの部活に入るつもりなんだい?」
「そうだな、剣術部とかはちょっと怖すぎるしな。工作部もあるんだけど、活動があんまり活発じゃないらしいんだよな……。弱小だからなのか、予算も少ないらしいし」
「そうなんだ。でも、人気の部活っていうのはどのあたりなんだろう?」
「やっぱり剣術部とか射撃部、精霊術研究会とかは人気みたいだぜ? 何と言っても将来に直結する内容だしな。それと、馬術部は定員があるから競争率激しいらしいぜ。ヨウならどこに行くよ?」
「まあ、少なくとも精霊術研究会だけはないだろうね。入れてもらえそうにない」
「お前頭いいんだし、戦術研究会あたりは向いてるんじゃないか? 精霊力なくても問題ないし」
「ああ、それは良さそうだね」
現在、学院では部活動の仮入部期間が間近に迫っている。新入生は半月ほどの間、気になった部活をいくつか巡り、仮入部を経て最終的に所属する部活を決めるのだ。部員数が多い部活や活動成績が優秀な部活には予算が手厚く配分されるということもあり、この時期の新入部員の獲得合戦は一種の祭りのような熱気に満ち溢れている。
正式な仮入部期間は来週からであるが、それを待たずに早くも勧誘を始めている部活も現れ始めていた。今も玄関口では、部活動の勧誘らしい生徒が数名ビラを配っている。大声でビラを配る生徒からチアキがビラを一枚受け取ると、興味なさげにそれを一瞥する。
「やっぱり弱小部活動は必死なのね。筋トレ部のビラなんて、女子に配ってどうするのよ」
「でもお前、それがダイエット部って名前だったら入るんだろ。やってることが同じでも」
「なっ、私をその辺の頭のゆるい女子と一緒にしないでよ! だいたい私は太ってなんかないわ!」
また始まったな、と思いながらヨウは玄関前を避け校舎に沿って歩いていく。玄関前の通りに部活の勧誘であろう上級生たちが並んでいるのが目に留まったからだ。
ヨウが思った通り、校舎沿いに人通りは全くない。静かな校舎脇を歩きながら、ヨウがチアキに尋ねる。
「チアキは委員会なら、どこに入るつもり?」
「そうね……入るならやっぱり図書委員かしら。何と言っても学院の図書館は蔵書が充実してるし、図書委員なら奥の書架にも手続き無しで入っていけるしね」
「あはは、チアキらしいね」
「褒め言葉と受け取っておくわ」
「もちろんだよ」
学院には図書委員会の他、合わせて六つの委員会が存在する。それぞれの委員会に各クラスから二名の委員が選出され、学院から任された業務を執行する。
その権限は一般に強大であり、例えば図書委員会は合計十万冊以上に及ぶ蔵書の管理、新刊の購入、外部の司書・係員を雇用するための人件費など、諸々の業務のために毎年巨額の予算が計上されている。各委員会の委員長ともなれば、学院の各学部の学部長にも匹敵する権限と発言力を持つとまで言われていた。
「まあ、私は生徒会にチャレンジするのもいいと思ってるのよね。やっぱり花形って感じじゃない? この私にふさわしいかなって」
「チアキは成績もいいもんね」
「けっ、何が花形だよ。お前なんか副会長のつけ合せにだってならないっての」
「何ですって!?」
静かな校舎外にチアキの怒声が響く。二人とも飽きないな、と半ば呆れながら、ヨウは苦笑を漏らす。
あらゆる学生組織の頂点に立ち、それらの組織を統括する生徒会。そのメンバーは生徒会が独自に行う選考によって選ばれる。生徒会への門は狭く、毎年新入生の中から選ばれる生徒会役員の定員はわずかに四名のみである。
生徒会会長・副会長・会計の三つの役職は生徒会三役と呼ばれ、生徒会内部で候補者を選出した後に秋の生徒総会で信任投票を実施する。そこで過半数の支持を得られれば晴れて三役として認められるという仕組みだ。ちなみにノリコは昨年の信任投票で歴代二位となる92%の信任票を得たという。
「チアキなら大丈夫だよ。がんばってね」
「そ、そう言われると照れるわね。ありがと」
励ましの言葉をかけると、少し顔を赤らめてチアキが微笑む。一つうなずくと、選考試験がんばらないとね、と拳を握りしめた。来週には生徒会の役員選考、続いて各委員の選出が行われる。まずは生徒会の選考に向けて、チアキは気を引き締めていた。
「そういうことなら、ノリコにも話を聞いてみるといいかもね。どんな人物を求めているかとか、聞きたいことはいっぱいあるんじゃないの?」
「そうね、またお会いした時にはぜひうかがいたいわ。試験はまだ先だから、次のテラダ教授の講義の時にでも思い切って聞いてみるわね」
「良ければもっと早くに会えるように言っておいてあげようか?」
「い、いえ、結構よ! 私、まだ一対一でお話する勇気はないから……。次の講義で十分よ」
「そう? 気が変わったらいつでも言ってね」
「ええ、ありがと」
そう言うチアキの顔が少しだけ赤く見えたのは、夕日が頬を差したからだろうか。
三人はその後も生徒会や部活動などの話をしながら、人気のない校舎沿いを歩いていく。そんな彼らの耳に女性のか細い悲鳴が入ってきたのは、ちょうど学院の倉庫が集まる一角に差しかかった時であった。
女性の悲鳴にヨウたちがその方向へと注意を向ける。その視線の先では、一人の女子生徒が三人の男子生徒に取り囲まれていた。倉庫と倉庫の間に追いこむような格好で、男たちが女子生徒に詰め寄っていく。一瞬、四人の周りの空気が黒く揺らめくのをヨウは感じた。
「まずいな」
ヨウのつぶやきに、二人もうなずく。
「ここは僕が行く。二人は誰かに知らせに行って」
「何言ってんだよ。オレたちも行くぜ」
「そうよ、だいたい精霊力の低いヨウだけを置いていくわけにはいかないじゃない」
二人の声に、ヨウは笑ってうなずいた。
「そうだったね、ありがとう。それじゃ急ごう!」
かけ声と共に、三人はその場から一斉に飛び出した。