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一年遅れの精霊術士  作者: 因幡 縁
第二部
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6 定期考査




 朝、東棟の玄関に来てみると掲示板の前に人だかりができていることに気づいた。何だろうと思って、ヨウは今日が定期考査の成績発表日であることを思い出した。

 定期考査の成績は総合成績が上位四十番まで、分野別総合が上位十番、各科目が上位五番まで掲示されている。科目といっても、選択科目は各生徒とも履修している科目が違うので、そこは難易度や受講科目数によって調整がなされるそうだ。

 人だかりの方へ向かうと、横から聞きなれた声が聞こえてきた。

「よう、おはようさん」

「フィル、珍しいね。こんなに早く来てるなんて」

「そりゃこんなイベント、野次馬として見逃すわけにはいかないっつの」

 にかりと笑って、フィルが掲示板の方を指差す。

「相変わらず凄まじいな、お前。ほとんどヨウの名前ばっかだぜ?」

「あ、ホントだ」

 見れば、科目別の成績掲示の大半は、一番上にヨウ・マサムラの名が記されている。あっちも見てみろよとフィルがうながした。

「あ、精霊術の方にも僕の名前がある!」

「だろ? まあ、二つだけだしトップではないけどよ。精霊術まで加わったら、お前もう無敵じゃねーか?」

 いやいやと苦笑しながらも、ヨウの気分は高揚してくる。精霊術も制御関連には力を入れていたので、二つだけでもランクインしているのは純粋に嬉しかった。

 学科総合も相変わらず一位だ。ヨウの名前の下にはよく見知った名前もある。

「あ、チアキが二番だ!」

「そうなんだよ。あいつ、今日は絶対調子に乗るぜ」

 そこにあったのはチアキの名と、もう一人、ヨウがよく知る人物の名であった。

「クジョウ君も二番なんだ」

「ま、あいつは完璧人間だもんな。多分全部の科目で名前載ってるぜ」

「へえ、やっぱり凄いんだね」

「まあ、それ以上に注目を集めてるヤツが一人いるんだけどな。ちょっと周りに耳傾けてみろよ」

 フィルの言葉に、はてと首をかしげながら聞き耳を立てる。すろと、周囲の生徒たちが番付を見ながら雑談しているのが聞こえてきた。

「おい、あのマサムラって奴、何者だよ? どの科目もあいつの名前ばっかりじゃねえか、一番上は」

「あのクジョウより上なんだぜ? 入試の時そんな奴いたか?」

「いや、あいつ入試の時も科目別はこんな感じだったぜ? 総合に名前なかったからあんまり話題にならなかったけどさ」

「学科の点見ろよ。二番のクジョウと百点差だぞ? ていうか、間違った問題ほとんどないだろ。どんだけ頭いいんだよ」

 聞こえてくるのは自分の話が多い気もする。自意識過剰なだけだろうか。

「な? お前の話ばっかだろ?」

「ああ、やっぱりそうなの?」

「自覚なさそうだけど、お前って結構有名なんだぜ?」

「そんなことはないでしょ」

 そう言ったヨウの背中から、女子生徒の声がかけられた。

「あの、マサムラ君……」

「え? あ……ミナトさん?」

 ヨウと同じC組の女子だ。今まで話をしたことはほとんどない。その彼女が、尊敬の眼差しでヨウを見上げてくる。

「凄いね、一番ばっかりだよ?」

「あ……うん。これでもがんばったから」

「マサムラ君、生徒会でもがんばってるし、本当に凄いね! よかったら今度……少し勉強、教えてくれる?」

「う、うん。それくらいならお安いご用だよ」

「本当? ありがとう! それじゃ、また教室で!」

 そう言うと、少女は教室へと駆け出していった。その後ろ姿を見つめるヨウを、フィルがひじでつつく。

「いや~、すみに置けませんなあ、マサムラさん」

「な、何がさ」

「大丈夫大丈夫、副会長やチアキには黙っておいてやるから」

「そ、そんなんじゃないよ!」

「まあまあ。でも、少しはわかっただろ? あんまり話さないからわからんかもしれないけど、クラスの女子からは結構人気なんだぜ? お前。今のミナトなんか、絶対お前のこと好きだって」

「そんなことないない」

 ヨウがかぶりを振る。ひとしきりからかい終えて満足したのか、フィルが話題を変える。

「それはそうと、まだ総合成績の方見てないだろ」

「あ、うん。だって僕、精霊力が足りないから載ってないだろうし」

「ところが載ってるんだな~、これが」

「え、本当!?」

 まさか載っているとは思っていなかったので、驚いて総合成績の番付を見る。三十番あたりに引っかかっているのかと思い下から見ていくが、ヨウの名前はない。

「ねえフィル、やっぱりないよ、僕の名前」

「って、何で下から見てるんだよ。上から見ろって、上から」

 呆れた様子で言うフィルにしたがい、今度は一番上から見てみる。

 一番上にあるのはもちろんヒロキ・クジョウの名だ。二番、三番と続いて、四番目にある名前にヨウは軽く驚いた。

「あ! チアキ、四番だ!」

 フィルが渋い顔でうなずく。

「あいつ、総合でも順位上げやがったんだよ。これでオレたちへの説教にもまた一段と熱が入るぜ、きっと」

「あはは……」

 苦笑いを漏らしながら再び番付へと目を戻す。チアキの下にはカナメの名前があった。やはり二人とも優秀なようだ。

 六番、七番と見ていって、八番目の名前に、ずいぶん自分と似た名前もあるもんだなあと思いながら視線を動かしていき、それから慌てて視線を戻した。

「フィル! 僕の名前がある!」

「だからそう言ってんだろ。スゲえじゃん、学年八番だぜ」

 まさかこんなに上に自分の名前があるとは思わなかったヨウが、少し落ち着かない様子でフィルを見る。そんなヨウに、フィルが意外そうに言った。

「お前がそんなにそわそわするなんてな。入試の時は全然興味なさそうだったのに」

「あの時は入学できた事がまず驚きだったからね。でもびっくりだなあ、僕が八番なんて」

「まずはおめでとさん。もっとも周りの連中は、『あのマサムラって奴、何であんなに総合低いんだ?』なんて言ってたけどな。まあ、これからもがんばれや」

 フィルの祝福に、笑顔でうなずく。それから、視線を番付に戻してつぶやいた。

「でも、とりあえず総合はチアキの上にいかなくて良かったかな。もし上にいってたら総合でも目のかたきにされそう」

「誰が目のかたきにするですって?」

「うわあああぁっ!?」

 突然後ろから聞こえてきた声に、思わずヨウが大声を上げる。振り返れば、そこには仁王立ちするチアキの姿があった。その隣にはスミレもいる。

「チ、チアキ、いつからそこにいたの?」

「たった今やってきたのよ。スミレと番付見てたら、何だかのん気な声で話してるのが耳に入ってきたから」

「そ、そうなんだ? そ、そうだ! チアキ、総合四番おめでとう!」

「その言葉、ありがたく受け取っておくわ。まあ、これも私にとっては通過点に過ぎないのだけど」

「あはは、チアキらしいね」

 はあ、さっそく始まったよ、と横で毒づくフィルを睨みつけながら、もちろんよ、とチアキが笑う。そのまま話しこむヨウとチアキの横から、鈴の音のような声がかけられた。

「皆さん、おはようございます」

「ふ……副会長!?」

 笑顔で微笑むノリコ・ミナヅキ副会長に、チアキが上ずった声を上げる。周囲の一年生も突然の副会長の登場に騒然となった。

「シキシマさん、今回は入試時よりもさらに順位を上げましたね。そのたゆまぬ努力、私も誇らしく思います」

「そ、そんな、恐縮です……」

 先ほどの強気な態度はどこへやら、チアキがしおらしく頭を下げる。続いてノリコがヨウの方を向く。

「マサムラ君、定期考査ではしっかり上位十傑に名を連ねましたね。おめでとうございます。あなたの実力であれば、さらに上も目指せるとあたしは確信しています」

「ありがとうございます。ご期待にそえるよう、今度もより一層精進します」

 人の目があるからだろう、ノリコが副会長モードで声をかけてくる。ヨウも後輩として振舞った。

 それにしても、ノリコはこんなやり取りによく耐えられるものだ。自分は今にも噴き出しそうだと言うのに。今のノリコのセリフだって、翻訳すれば「ヨウちゃんヨウちゃん、八番だよ! 凄ーい! でもヨウちゃんの実力なら、もっと上だって目じゃないよ!」ということなのだろう。証拠に、静かに微笑むノリコの目の奥底が子供のようにきらきらと輝いている。

「副会長も、学年一番おめでとうございます。入学以来ずっとトップだなんて、凄いです!」

「ふふっ、ありがとう。それでは皆さん、生徒会でまたお話しましょうね」

 そう言い残して、ノリコが教室の方へと去っていく。様子を見守っていた生徒たちが、我先にとノリコに道を譲る。

 ふと気づくと、周りの視線が自分たちに集中している事に気がついた。

「あいつがマサムラか……」

「生徒会だったんだな、あいつ」

「どおりで成績いいわけだよ」

「副会長に『絶対もっと上にいける』って言われてたよな。あの副会長にそこまで言わせるなんて、何者なんだよあいつ」

「マサムラ君って、ちょっとかわいいかも……」

 好奇の目が自分に集中していることに困惑の色を隠せないヨウ。ほら、教室行くわよ、とチアキに腕をつかまれ、ずるずると引きずられながらその場を脱出する。



 この日、ヨウ・マサムラは一年生の間で一躍有名人になったのであった。

 



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