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一年遅れの精霊術士  作者: 因幡 縁
第二部
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4 水着




 ……なんでこんな事になってしまったのだろう?


 目の前には一面、女物の水着、水着、水着。水着の海の中に今、ヨウはただ一人取り残されている。

 見れば、周りの女性客たちがヨウの方をちらほらと見ている。その視線が彼には痛い。


 一体、何だってこんな事に……。着替え用のカーテンを前に、ヨウはため息をつきながらここに至るまでの道のりを思い返していた。






「ねえヨウちゃん。今度の休み、お買い物にいかない?」

 そうノリコに誘われたのが、三日前の放課後だった。合宿のために必要な買出しをしたいという事で、ヨウにも付き合ってもらいたいと言うのだ。

 ちょうどヨウも休みを使って合宿の準備をしたいと思っていたので、二つ返事でうなずいた。先輩が一緒なら作業もはかどる。

 フィルたちも呼ぼうかと思ったが、ノリコが二人で行こうと言うので彼女の意見を尊重する事にした。昔のように二人きりというのも、たまにはいいかもしれない。

 また昔みたいにいっぱい荷物を持たされちゃうのかな。そんな事を思い出しながらヨウはノリコと買い物の約束をしたのだった。




 休日の朝、ヨウは学院の正門前でノリコを待っていた。休日という事もあり、多くの生徒が街へと繰り出していく。基本的に帝都の中では、学院の生徒は外出時に制服の着用を義務付けられている。ヨウもいつも通りの制服でノリコが来るのを待った。


「ヨウちゃん、お待たせ」

 しばらく待っていると、鈴の音色が聞こえてきた。振り向くと、そこにはノリコの笑顔があった。

「ごめんね、待った?」

「ううん、全然」

 待ち合わせ時間から二分の遅刻。かつては十分二十分の遅刻が当たり前だったノリコからは想像もつかない正確さだ。

 そんなヨウの頭の中を読んだかのように、ノリコがいたずらっぽく言う。

「今、ずい分進歩したなって思ってたでしょう」

「うん……いや! 全然!」

「あたしだって、いつまでも子供じゃないんですよーだ」

 ちろりと桜色の舌を出す。こういう子供っぽい所は今でもちっとも変わらない。

 二人は互いに顔を見合わせて笑っていたが、周囲がそんな彼らに好奇の目を向けている事にふと気がついた。

 考えてみれば当然だ。ヨウにはいまいちピンと来ないが、二年生にして生徒会副会長となり二十年に一人の逸材としても知られるノリコは、学院では絶大な人気を誇るアイドルなのだ。確かにヨウの目から見ても、ノリコは見た目も中身もかわいいと思う。

 そんな学院の人気者が、休日に男と待ち合わせをしているというのはそれだけでスキャンダラスな事件なのだろう。ヨウの学年が一つ下というのも、もしかしたら話に拍車をかけるかもしれない。

「ノリコ、とりあえず出発しようか!」

「うん!」

 自分たちの置かれている状況に遅まきながら気がついて、ヨウがやや慌て気味に言う。ノリコはなぜか妙に嬉しそうにその声に答えた。




「それで、ノリコは何を買うつもりなの?」

 帝都中心部の大通りを並んで歩きながら、ヨウがノリコに声をかける。

 帝都で暮らし始めてから四ヶ月近く。ヨウも何度か帝都の街中には出かけている。大まかな街のつくりはわかってきたが、まだまだわからない事だらけだ。

 大通りの人込みに半ば流されながら、ノリコが笑って答える。

「それはもう、決まってるでしょう?」

「決まってるって、何が?」

 ぽかんとするヨウに、ちっちと人差し指を振りながらノリコが言う。

「あたしたち、海に行くんだよ? 海と言えば、アレしかないでしょう!」

 そう言いながら、ノリコが立ち並ぶ店の一角を指差す。


 その先には、水着を前面に押し出した、いかにもおしゃれそうな店があった。





 店内は、多くの若者で賑わっていた。学院の制服を着た者もちらほらと見かける。

 見れば、通常の夏物の衣服の他に特設会場のような形で水着のコーナーが設置されている。そのあたりには人が特に多く集まっていた。

「ね、ヨウちゃん、あたしたちも行こ!」

 そう言うと、ノリコがヨウの手を引いて水着コーナーへと足を向ける。ヨウもなすがままにずるずると引きずられていった。


 水着コーナーでは、様々な水着が売られていた。男物よりも、女物の方が遥かにスペースが広い。

 そんな中を、ノリコが目を輝かせながらどんどん進んで行く。女物のゾーンに引っ張り込まれ、ヨウが思わず赤面する。

「どうしたの? ヨウちゃん」

「い、いや、ここ、女性向けの水着売り場でしょ?」

「あ、照れてるの? 大丈夫だよ、あたしと一緒だから」

 そう言われて周りを見てみると、確かに女性客に交じって男性客の姿も何人か見かける。よく見れば、どうやらカップルのようだ。なるほど、ノリコと二人でいる限りはヨウたちもカップルと見なされて不自然ではないという事か。ノリコとカップルに見られる事に幾ばくかの気恥ずかしさを覚えながらも、ひとまずは安心する。

 それにしても、斬新なデザインだ。こんな水着、一体誰が考えているのだろう。身体をぴっちりと包み込む形のものだけではなく、胸元や背中が大胆に大きく開いたものや股のあたりの角度が急なもの、さらには女性の下着そのもののような形のものまである。ビキニ、というらしい。女性が胸を下着で固定する習慣というのは比較的最近広まってきたものだが、その流れを水着にも取り込んだのであろう。

「わあ、これかわいい! あ、こっちもいいな!」

 色とりどり、様々な形状の水着に赤面するヨウをよそに、ノリコが嬉しそうな声を上げる。

「ねえヨウちゃん、これとこれならどっちがいいと思う?」

「え? いや、僕に聞かれても……」

 困った顔をするヨウに、ノリコが何かに気づいたような素振りを見せる。

「あ! そうだよね! 実際に着てみないとわからないか! ヨウちゃん、ちょっと待っててね!」

 そう言い残して、ノリコが奥の方のカーテンの中へと消えていく。

「ちょ、ちょっとノリコ! ノリコってば! えええ……?」

 一人取り残されたヨウはしばらく呆然と立ち尽くし、そして気づく。

「ノ、ノリコ!? 僕を一人にしないでよ!」

 一人女物の水着売り場のただ中にいる事に気づき、ヨウも慌ててカーテンの方へと向かった。







「はあ……」

 今自分が置かれている状況を確認し、ヨウは深いため息をついた。

 目の前にあるカーテンの中のどれかにノリコは入っていったはずだ。おそらくこの中で着替えているのであろう。周りの視線に耐えながら、ヨウはひたすら彼女の着替えが終わるのを待つ。頼む、早く終わってくれ。

「ヨウちゃん、おまたせ~」

 綺麗な鈴の音と共に、カーテンの一つが開く。その中から、水着に着替えたノリコが颯爽と姿を現した。

 紺色に白いラインが入った、機能的な水着だ。ノリコの瑞々しく引き締まった無駄のない身体をしっかりと包み込んでいる。

 胸から腰までを覆うオーソドックスな水着であるだけに、素材の良さが一段と際立つ。すらりと伸びた長い手足に、ほどよく発育した胸の隆起。周りの女性客からも、思わず感嘆の声が漏れる。

「ど、どうかな?」

 やや緊張気味に聞いてくるノリコ。だが、今のヨウには精神的な余裕がない。予想を遥かに超える美しい肢体が、それに拍車をかけた。

「う、うん。それでいいんじゃないかな? それじゃ早く買っちゃおう!」

 気もそぞろに言うヨウに、ノリコが血の気のいい頬を膨らませる。そして、

「ヨウちゃんのバカ……。わかった! 今もっと凄いのに着替えてくるから待ってて!」

 そう言うや、再びカーテンの中へと姿を消してしまった。

 そんなぁ、また一人で待つの……? ヨウは情けない顔をして肩を落とした。


 待つ事しばし。カーテンの中からノリコの声が聞こえてくる。

「ヨウちゃん、着替え終わったよ。覚悟はいい?」

「大丈夫だよ。早く出てきてよ」

 気が急いているせいか、普段の彼らしからぬやや乱暴な調子になる。ノリコも少し頭に来たようだ。

「あ、あたしの事子供だと思って! ホントのホントに凄いんだからね!」

「わかったから、早く決めようよ」

「そ、そう……。後悔しても知らないんだから」

 投げやりなヨウの言葉に、ノリコも挑戦的なセリフで返す。

 そして、カーテンが開かれた。

 中から現れたノリコの姿に、ヨウは絶句した。いや、ヨウだけではない。付近にいた全ての者の目が一点に集まる。

 そこにあったのは、あまりにも大胆な水着に身を包んだノリコの姿であった。身を包む、という表現はもはや不適切かもしれない。ビキニの布はあまりに少なく、胸や股を太目の白いリボンで申し訳程度に隠しているようにしか見えなかった。リボンにぎゅっとしぼられた弾力のある胸と、若々しく肉付きのいい太もも。そのあまりの肉体美に、周囲からどよめきが起こる。

「どう? ヨウちゃん。これで認めてくれる? あ、あたしだってこんなの、恥ずかしいんだからね……」

 顔を赤らめながらノリコがつぶやく。だが、その声は残念ながらヨウには届いていなかった。

 あまりに刺激的な幼なじみの姿に、ヨウの思考回路が一瞬にしてショートする。待たされている間さんざん好奇の目にさらされてストレスが蓄積していたのも相まって、彼の精神は脆くも崩壊した。

「ねえ、何か一言くらい言ってくれてもいいんじゃないの? ……って、ヨウちゃん!? ヨウちゃーん!」


 ノリコ、ごめん。僕、もう限界……。



 ヨウの意識は、そこで途絶えた。




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