2 夏合宿
学院には男子が多いからか、夏場の食堂は肉料理が結構な数注文されるらしい。それだけ精のつくものが食べたくなるという事だろう。
ヨウとフィルも、それぞれステーキ定食と肉炒め定食を手に食堂の席を取っていた。チアキとスミレは用事を済ませてから来るとの事で、先に席を取りに来たのだ。
「楽しみだよな! 夏合宿!」
隣に座ったフィルが、興奮気味にヨウに話しかける。
「そうだね。合宿の場所ってどんな所なんだろう?」
「バーカ、海って言ってたろ。海だぜ、海!」
何をそんなに興奮しているんだろう。ヨウは不思議に思いながら、肉汁したたるステーキにナイフを入れた。
七月に前期試験が終わった後、生徒会では毎年八月に夏合宿を行うのが慣わしであった。保養地として知られる湾岸都市サヤミにある学院の宿泊施設に、四泊五日の日程で生徒会メンバー全員が出かけるのだ。
以前は帝都から海に出るだけで何日もかかっていたが、数年前に精霊機関車鉄道が開通してからは格段に移動時間が短縮された。生徒会の合宿も元々は帝都近郊の施設で行っていたのだが、鉄道開通に合わせてサヤミで行うようになった。
ヨウは海を見た事がない。もちろん知識としては知っているが、実際にはどれほど大きいものなのか想像もつかなかった。地元の湖も大きかったが、やはりもっとずっと大きいのだろうか。
「うん、海ってやっぱり大きいんだよね。僕、見た事ないから楽しみだなあ」
「おいおい、つまんないボケかましてんじゃねーよ!」
フィルがひじでヨウをつつく。何かおかしな事を言っただろうか。
「海と言えば何だよ! アレだろ、アレ!」
「アレ?」
少し考えて、ああ、とヨウが手のひらを打つ。
「なるほど、アレか」
「そうそう、アレアレ!」
「海辺なら、新鮮な魚が食べられるね! この学食も魚料理が出るけど、本場はもっとおいしいんだろうなあ」
「違げーよ!」
フィルが大声で怒鳴りつける。驚くヨウに向かい、いいかげんにしろと言わんばかりにフィルが言う。
「水着だろ、水着! お前、本気で言ってんのか!?」
「み、水着?」
「そうだ、水着! 夏の海に弾ける若い身体! 降り注ぐ太陽! そして乙女たちのみずみずしい肢体を包む水着! 男のロマンだろうが!」
右拳を握りしめて力説するフィルの勢いに圧倒され、ヨウが思わず身体をのけぞらせる。
「ヨウ、お前は誰の水着が目当てよ?」
ニヤリと笑いながら、フィルが肩を寄せてくる。
「やっぱ副会長か? スタイル抜群だもんなあ。でもお前なら、昔から川遊びで目にしてるのか? けっ、羨ましい野郎だぜ」
「ないない。水着なんて着ないって。濡れてもいい服で泳いでたよ」
「ほぉ、それじゃヨウも副会長の水着は初めてか。楽しみだろ?」
「え、別に僕は……」
「何!? 副会長の水着に興味ないのかお前は! どうかしてんぞ、お前!」
ヨウの両肩をつかみ、正気を疑うような目でフィルががくがくと揺さぶってくる。
「もしかしてお前、褐色ショート属性なのか? そう言やお前、アキホ先輩と仲いいしな。確かに水着の日焼け跡はポイント高いもんな!」
「フィ、フィル?」
「それとも、もっとストレートにデカいのが好きなのか? スミレちゃんなんかスゲえぞ、あれは確実にデカいね。両手に余るのは確実だ」
フィルが両胸に手を当てて持ち上げる。その仕草にスミレの豊満な胸元を思い出し、ヨウの顔が赤くなる。
そこをフィルは見逃さなかった。
「お? 乗ってきたか大将! そうかそうか、ヨウは巨乳派か! じゃあイヨ先輩もお前のタイプなんだな!」
「ち、違うよ!」
「またまた~、照れんなって。男ならみんな好きなんだからさ」
フィルがひじでヨウの脇腹をぐりぐりとえぐる。それから、なぜかまさかと言った顔で椅子ごと器用にその場を飛びのいた。
「お前、もしかしてチアキの水着が見たいのか……? それは勇者すぎるぞ!? せっかく苦労して美少女ぞろいの生徒会に入ったってのに、あんな凹凸のない身体、見てどーすんだよ! な? 今からでも遅くはない、考え直せ!」
「だから違うって!」
それにチアキはチアキでスレンダーで綺麗な身体をしてると思うけど。そう思うヨウの後ろから、静かな怒りを秘めた声が聞こえてきた。
「誰が凹凸のない身体ですってぇ……?」
背筋が凍りつくような声音に、二人の心臓が跳ね上がる。恐る恐る後ろを振り返ると、はたしてそこには盆を持ちながらこめかみをひくつかせるチアキと、そんな彼女の顔をおろおろと見上げるスミレの姿があった。
「チ、チアキ……?」
「二人とも、私たちのいない間に一体何の話をしていたのかしらぁ……?」
「チッ、チアキさん? これはその、言葉のアヤってヤツでしてねえ……」
「へーぇ……。『凹凸のない身体』が言葉のアヤ、ねぇ……」
「イて! イて! イテて! ごめん、助けて!」
チアキに右耳をねじり上げられ、フィルが悲鳴を上げる。しばらくしてその手から解放されると、フィルがヨウを指差して言う。
「ヨウだって、スミレちゃんの水着姿が見たいって言ってたんだぞ!? そいつだってデカいのが好きなんだ、オレばっかり目のカタキにすんな!」
「え……!?」
「きゃっ!」
盆を置いたスミレが思わず胸をかばう。チアキが今度はヨウを睨みつける。
「ヨウ、まさかあなたがそんな人だったなんて……」
「ち、違っ! フィルが水着の話してただけだよ!」
慌てて両手を突き出し釈明する。こんな事で妙なイメージがついてはたまったものではない。
必死なヨウの姿に、チアキがため息をつく。
「はぁ……。ヨウの言う通りなんでしょうね。あなたはむしろ、その朴念仁ぶりをどうにかした方がいいのかもしれないわね」
「し、信じてくれた? よ、良かったぁ……」
心底安心したといった調子で、ヨウが胸をなでおろす。席についたチアキが二人に問いただした。
「で、何がどうなってそんな話になったのかしら?」
「あ、うん。試験が終わったら生徒会の夏合宿だねって話になってね」
「海と言えば水着だろ、って話になったわけよ」
「はぁ……」
呆れたとばかりにチアキが大きなため息をつく。サンドイッチに手をかけながら、フィルを憐れみの目で見やった。
「フィル、あなたは合宿よりまず試験を乗り切れるかどうかを心配した方がいいんじゃないかしら……?」
「うぐっ!?」
「追試なんて食らおうものなら、合宿どころじゃないわよ? 私たちが水着で海を楽しんでる間、あなたは学院で一人空しく補修なんて事になってるかもしれないわね」
「そ、それは困る!」
そんな事は考えたくもないと、フィルが必死に首を振る。確かにそれは悲しい、いや、悲しすぎる。
「それじゃあフィルのために、みんなで試験対策の勉強会でもやろうか」
「おお、さすがヨウ! 心の友よ!」
「ちょ、ちょっとフィル、やめてよ」
感激のあまり飛びついてくるフィルに、ヨウが戸惑いの声を上げる。そんな彼にチアキが釘を刺した。
「喜ぶのは早いわよ、フィル。私たちが教えるからには覚悟してもらうから」
「な、何だと!?」
「当然よ! 生徒会から成績不良者を出すわけにはいかないじゃない! 徹底的にしごいてあげる!」
「そんなぁ! チアキの鬼! 悪魔! まな板人間!」
「何ですってぇ!」
激しく火花を散らしながら、二人が言い争いを始める。相変わらず仲がいいなあと思いながら、ヨウはステーキを口にする。
スミレの方を見やると、彼女も戸惑ったような顔をしていた。困ったものだねと目と目で語り合うと、ヨウとスミレはお互い苦笑しながら食事を口にした。
 




