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一年遅れの精霊術士  作者: 因幡 縁
第二部
43/135

1 夏




 ヨウ・マサムラが学院に入学してから、三ヶ月が過ぎた。


 季節は夏に差しかかり、日に日に太陽からの熱も上昇する。降り注ぐ光に焼かれながら、木々の彩りは一層とその鮮やかさを増していく。

 学院の制服も、冬服から夏服へと替わっていた。黒をベースに赤と白の生地が縫い込まれた、軍服を思わせる長袖の冬服はとうに生徒たちのタンスの奥に押し込まれ、替わって白を基調にした、生地の薄い涼しげな半袖の制服が学院の主役に躍り出る。


 そんな夏服に身を包みながら、ヨウとチアキ・シキシマは、生徒会室の一角でしばしの休憩を取っていた。

 三ヶ月も経てば、人も育つ。今では一年生もずい分と仕事をこなせるようになっていた。入会した当初はまだまだひよっ子だった彼らも、すでに生徒会にとってなくてはならない戦力となっている。さすがに学院に入学した生徒の中でも特に優秀な者がそろっているだけあって、その成長速度には目をみはるものがあった。


「まあ、何事にも例外というものはあるのだけれどね……」

「あはは……」

 そう言いながら二人が見つめる視線の先には、生徒指導担当のシュンタ・ヨシダに雷をもらうフィル・フーバーの姿があった。この頃はフィルも大分仕事に慣れてきたようだったのだが、久々に何かやらかしたのだろうか。

「フィルはフィルでがんばってるんだよ」

「あなたものん気な事は言ってられないわよ。補佐の失敗は任命者の責任でもあるんだから」

「まったく、ごもっともで」

 じろりと睨むチアキに、ヨウが苦笑を漏らす。フィルの失敗の内容いかんでは、後でヨウもお叱りをちょうだいする事になるだろう。

「その点、スミレさんは凄いよね。もうすっかり仕事になじんじゃって」

 スミレ・ハナゾノは、部屋の中ほどで先輩たちに交じって山のような量の書類を処理しているところだった。その作業速度が、周りの先輩たちと比べてももはや遜色がない。

「当然よ。スミレは私の補佐なんだもの」

 誇らしげにチアキが胸を張る。薄手の夏服にチアキの控えめな胸がわずかな盛り上がりを見せる。ヨウは赤面しているのを悟られまいと顔をスミレの方に向けた。

「やっぱり任命者がしっかりしてるからなのかな?」

「それはそうよ。……もちろん、スミレ本人の努力が一番大きいわ。だから補佐をお願いしたんだもの」

 勢いで返事をしたチアキが、慌てたようにそう付け加える。手柄を総取りするような発言になってしまった事に気が引けたのだろう。

「みんな、がんばってくれてるね」

「そうね。何て言ったって、生徒会のためですもの。私だっていくらでもがんばれるわ」

「チアキは半分ノリコのためにがんばってるような所があるけどね」

「そっ、そんな事は……」

「あたしがどうかした?」

「ひゃっ!? ふっ、副会長!?」

 驚いたチアキが振り返ると、そこには夏服の袖を軽くまくったノリコ・ミナヅキ生徒会副会長の姿があった。慌ててチアキが口を開く。

「も、もちろん副会長のためにがんばっています! いえ、私は生徒会のために……」

「ちょっとちょっと、落ち着いて、チアキちゃん。一体何の話?」

「あはは、ちょっとね」

 笑うヨウを、チアキが恨みのこもった目で睨みつける。

「ヨウ、あなた副会長が来てるのに気づいててあんな事言ったんでしょう」

「いっ!? ううん、全然!」

 相変わらず鋭い、とチアキの勘に驚きながら、ヨウは首を横に振る。その様子に、ノリコから笑みが漏れる。

「仲がいいね、二人とも」

「え!? 違います、そんなんじゃないんです!」

 慌ててチアキが否定する。ノリコの事になると、本当にチアキはかわいいなあ。そんな事を思いながら二人を見つめていると、ノリコが話題を変えた。

「ところで二人は、試験勉強の方ははかどっているのかな?」

 ノリコが口にしたのは、今月末に迫った定期考査についてであった。ヨウたちにとっては、入学後初めての大きな試験となる。

「は、はい! 生徒会の名を汚さないように、必死に勉強しています!」

「ふふっ、チアキちゃん、そんなに気負わなくてもいいんだよ。自分にできる精一杯の事をやれば、誰も恥だなんて思わないから」

「は、はい……」

 顔を赤くしてうつむくチアキ。気張りすぎた自分が少し恥ずかしいのだろう。

「チアキちゃんは、筆記試験でヨウちゃんを超えるのが目標なんだよね?」

「は、はい! せめてそこだけは負けるわけにはいきませんから!」

 一転、決意に満ちた顔でノリコの目を見つめながら言う。

「そこだけって、チアキは精霊術で僕を圧倒してるじゃない」

「ヨウは余計な事を言わないで!」

「ええ!? ご、ごめん……」

 その怒り方は理不尽な気がするのだが、勢いに押されてつい謝ってしまう。そんなヨウを気にも留めない様子でチアキが言う。

「副会長は、やはりトップを目指しているんですか?」

「うん、そのつもりだよ」

「そ、そうですよね! トップ以外の副会長なんて、私想像がつきません!」

「ふふっ、さりげなくプレッシャーだけど、ありがと」

 瞳を輝かせて言うチアキに、ノリコが笑う。

「それにあたしのライバルも、チアキちゃんと同じ人物だしね」

 そう言ってヨウの方を見つめてくる。ここで口を開くとまたチアキに怒られそうな気がするので、ヨウは口を貝のように固く閉じる。

「チアキちゃん、相手は手強いよ。何と言っても、学院入学前はあたしが筆記で歯が立たなかった相手だからね」

「そ、そんな……。副会長が、ですか?」

 だからそれは昔の話なんだって……。ヨウは心の中でつぶやくが、チアキにとってはノリコの言葉の方がはるかに真実味があるのだろう。半ば諦めながら、事の成り行きを見守る事しかヨウにはできない。

「だから、本気でヨウちゃんに勝とうと思うんなら、チアキちゃんはまずあたしを超えていく必要があるんだよ」

「そんな! 副会長を!? 無理です、おそれ多いです!」

「今からそんな事言っててどうするの。ヨウちゃんに勝つんでしょ? だったら覚悟を決めなさい」

 ふるふると首を振るチアキに、ノリコが喝を入れる。その言葉に、チアキも何かが吹っ切れたのか、強い眼差しでノリコを見据えた。

「わかりました! 私、副会長を目標にがんばります! これからもよろしくお願いします!」

 決意の表情で宣言する。これは僕もがんばらないと、とヨウが思っていると、横から野太い声が飛んできた。

「お、またチアキの副会長病が始まったか?」

 そう言いながら近づいてきたのは、生徒指導担当の三年生、マサト・ヤマガタだった。ヨウより頭二つ大きな身体を揺らしながら笑う。

「なんですか!? その『副会長病』って! 勝手に変な病名つけないで下さい!」

「ああ、りぃりぃ。ノリコ、タイキがちょっと来てくれだとさ」

 そう言いながらマサトが親指で会長席の方を示す。

「はーい、わかりました。今行きます。ヨウちゃん、チアキちゃん、また後でね」

 そう言い残して、ノリコは会長席の方へと歩いていった。


 ノリコの後ろ姿を名残惜しそうに見つめるチアキに、マサトがやれやれといった顔でつぶやく。

「チアキも、これさえなければいい後輩なんだがなあ……」

「同感です。僕もうかつに口を開けません」

 二人のつぶやきが聞こえていたのか、こちらを振り向くとチアキが目を吊り上げて言う。

「なんですか、これさえなければって! 余計なお世話です! ヨウ! あなたもそんな事を思っていたの!?」

「ひっ!?」

 ヨウのみならず、マサトまでもがチアキの剣幕に身をすくめる。こうして見ると、まるで熊が怯えているようでちょっぴりかわいいかもしれない。

「私はもう仕事に戻るから! いい? 次の試験、あなたには絶対負けないんだから!」

 吐き捨てるように言うと、チアキは会計チームの方へと去っていく。残されたヨウとマサトは、お互い見つめあいながら肩をすくめた。

「ヨウ、お前も大変だな」

「ええ、それはもう……」

 昔はノリコ一人でも大変だったのに、そこにチアキまで加わるのだ。しかもその二人の相乗効果たるや、もうヨウがどうにかできるものでもない。

 深くため息をつくヨウに、マサトが笑った。

「どちらを嫁にするにしても前途多難だな。ノリコはあの通りの自由人だし、チアキを取った日にゃお前、一生女房に頭が上がらないぞ?」

「まったく、本当ですよね……って、先輩、何を!?」

 うんうんとうなずいていたヨウが、内容が妙な事に気づいて勢いよくマサトを振り返る。

「まあ、あのじゃじゃ馬たちを手なずけられるのはお前くらいだろうからな。言っておくが、二股だけはやめておけよ? あの二人を二股にかけるなんて、命がいくつあっても足りはしないからな」

「当たり前ですよ! と言うか、勝手に話を進めないで下さい!」

「はははは! 時間はたっぷりあるからな。ゆっくりじっくり選べばいいさ」

 ヨウの抗議を聞き流し、マサトがその場を立ち去る。


 確かに二人とも魅力的な子だとは思うけど、僕はそんな事は考えてないのに。それに、その言い方だと何だかやっかい者を押しつけられたような感じがするんだけど……。

 何とも言えない気分になりながら、ヨウも仕事へと戻った。


 


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