41 ヨウ・マサムラ
教室の室温はますます上がり、部屋中に精霊力が荒れ狂う。ヨウの額にも汗がにじむ中、ハヤセが集めた精霊力を手の周りに集中させる。それは再び巨大な槍の形を取り、ヨウへと照準を定めた。
「おら、これならどうだァ、オラオラオラ!」
叫ぶハヤセの手から、『炎熱の騎士槍』が次々と放たれる。その一つ一つが、城壁をも粉砕する攻城兵器に匹敵する破壊力を秘めている。小隊を一つ壊滅させるに十分なほどの強力な炎の槍が、容赦なくヨウを襲う。
迫り来る炎に、ヨウは冷静に対精霊術防護術式を組み込んだ『古魔法の守護円陣』を発動させていく。元々の『古魔法の守護円陣』に、ヨウが独自のアレンジを加えた特別製だ。二重三重に重なり右回り左回りと回転する黄金の円陣が、炎槍の行く手を阻む。槍と激突すると高熱とまばゆい光を放ちながらその形を失っていく。
ハヤセの攻撃が途絶えた一瞬の隙をつき、ヨウが『古魔法の守護円陣』とは異なる波長の魔法を発動させた。瞬間、周囲がうっすらと青い光に包まれる。
「テメェ、今何をした!」
ハヤセが吠える。周囲に炎を巡らせると、今度は頭上に幾本もの槍を作り出す。全部で七本もの『炎熱の騎士槍』が、炎を吹き上げながらヨウにその切っ先を向ける。
「どうだ! 『炎熱の騎士槍』の同時一斉攻撃だ! お前にこれが防げるか!」
対するヨウも、周囲に七つの円陣を展開し攻撃に備える。四方八方から唸りを上げて飛来する『炎熱の騎士槍』を、ヨウの『古魔法の守護円陣』が的確に迎撃していく。宙に七つの花火が咲き誇り、轟音と爆風が吹き荒れる。その衝撃はヨウが教室に展開する膜のような魔法障壁を突き抜け、二人の戦いを見守るチアキの髪をあおる。
「ヨウ! やっぱり私も戦う!」
ヨウに駆け寄ろうとするチアキだったが、障壁に阻まれ内側へ入ることができない。なおも叫ぶチアキに、ヨウがなだめるような調子で言う。
「大丈夫、危ないから近寄らないで」
「でも……」
「チアキには他の人が巻き込まれないように見張るって役目があるでしょう? 大丈夫、誰にもケガはさせないから。もちろん僕もね」
「ヨウ……」
心配そうに見つめるチアキに笑いかけると、ヨウはハヤセへと視線を戻した。舞い上がった塵が晴れ、ハヤセの憎悪に満ちた顔が見えてくる。
正直この戦い、今のチアキでは戦力にならない。口には出せないが、ヨウは思っていた。目の前のハヤセの精霊力は尋常ではない。あの大きな精霊石から膨大な力を吸い上げているのだ。あの力に対抗できるのはノリコくらいのものだろう。三年生の役員たちでも、はたして彼を無傷で取り押さえる事ができるだろうか。
ヨウの見たところでは、チアキには高い潜在能力がある。だが、それが開花するにはまだしばらくの時間が必要であろう。今のハヤセに彼女をぶつけるわけにはいかなかった。
「なぁに女としゃべってんだぁ!?」
怒り狂ったハヤセが、ヨウを睨みつける。彼を取り巻く炎の流れが、今までとは明らかな違いを見せる。両手を突き出すハヤセの腕にまとわりついて渦を巻く。その圧縮された精霊力に、ハヤセの周囲の空間が陽炎のごとく揺らめく。
「いけない! あれは!」
チアキが叫ぶ。同時に、ハヤセの手のひらが赤く輝く。そして、その手から超高熱の炎が放たれた。大気を裂く噴出音と共に、橙色混じりの赤い炎がヨウを飲み込もうと容赦なく襲いかかった。
ヨウも何重にも『古魔法の守護円陣』を展開して身を守る。しかし今まで『炎熱の騎士槍』を完璧に防いでいた『古魔法の守護円陣』が、炎の噴流の前に次々と破られていく。最後の一枚も破られ、ヨウの身体が炎に包まれた。
「いやあぁぁァァァァァッ!」
チアキの絶叫が教室にこだまする。全身火だるまになるヨウに、狂った笑いをまき散らしながらハヤセが勝ち誇る。
「どうだあぁぁぁあ! 見たか! この俺の『炎熱の放射撃』! クジョウなんぞ目じゃねえ! テメェもこれで終わりだ!」
火の上位精霊術、『炎熱の放射撃』。その威力は、カナメのそれをはるかに凌駕していた。あるいは、あのヒロキ・クジョウをも超えているかもしれない。その膨大なエネルギーの余波が、ヨウの魔法障壁を越え部屋全体を震わせていた。
「まだ気はすまないのかい?」
あたりを炎とエネルギーの暴風雨が荒れ狂う中、涼しげな声が教室に響いた。ハヤセとチアキが目を見開く。
そこには、何事もなかったかのように悠然と構えるヨウの姿があった。ハヤセの顔が驚愕に彩られる。
「テ、テメェ、どうして……!?」
「まさか『古魔法の守護円陣』が全部突破されるとは思わなかったよ。念のため自分にも『古魔法の守護障壁』を張っておいてよかった」
制服についたほこりを払いながら、ヨウが驚きを口にする。もっとも、当のヨウ自身は口にするほど驚いているようには見えない。
「いいものを見せてくれてありがとう。お礼に、僕も少しいいものを見せてあげる」
そうつぶやくと、ヨウは聞きなれない言葉を口にし始める。帝国の公用語とは明らかに別系統の言語だ。
何やら呪文のようなものを詠唱し始めると同時に、ハヤセを取り囲むように八枚の白銀の円盤が現れる。生徒会の実技試験で見せた円盤に似ているが、その大きさはあの時より一回り大きかった。
「僕の得意技の一つだよ。上下左右から攻撃を繰り出す、回避不能の同時一斉多重攻撃。ノリコ以外の人間に見せるのは、これが初めてだ」
何枚もの円盤に囲まれて視線の定まらないハヤセに向かい、ヨウは叫んだ。
「行くぞ! 『魔槍豪襲撃』!」
ヨウの声と同時に、八枚の円盤が輝きその回転速度を増していく。そのそれぞれから、光り輝く巨大な槍がハヤセ目がけて次々と打ち出されていった。放たれる一撃一撃が、ハヤセの『炎熱の騎士槍』をはるかに上回る威力を秘めている事は誰の目にも明白であった。甲高い音と光を放ちながら、円盤が容赦なく光の槍を吐き出し続ける。あまりのまぶしさに、チアキが手をかざして光をさえぎる。
しばらく光の雨が降り注いだ後、ハヤセを取り囲んでいた円盤が消滅した。あたりを満たしていた光の粒も消え去り、視界が晴れてくる。そこには、頭を抱えてうずくまるハヤセの姿があった。自分の身に何も起こっていない事に気づいたのか、恐怖の色を浮かべながら立ち上がる。
「な、何で……」
「槍同士ぶつけ合う事で全て相殺したんだよ。君にあたらないようにコントロールするのも、結構大変なんだよ?」
さらっと言ってのけるヨウに、しばらくの間ハヤセは呆然としていたが、やがてその顔に怒りが舞い戻ってくる。
「テメェ、どこまで俺をコケにすれば気が済むんだ……!」
そう言うと、再び両手をヨウに向かって突き出す。『炎熱の放射撃』の構えだ。しかし、ヨウは特に防護円陣を展開する事もなく一言つぶやいた。
「どうやら間に合ったようだね」
「何わけのわかんねえ事言ってやがんだぁぁぁぁ!」
怒号と共に精霊力を発動させようとしたハヤセだったが、なぜか先ほどのような力の高まりが見られない。本人も異変に気づく。
「な、何だ、力が集まらねえ……。何がどうなって……」
「無駄だよ、ハヤセ。もう君はその腕輪から力を引き出す事はできない」
狼狽するハヤセに、ヨウが諭すような口調で言う。
「テメェ! 一体何をしやがった!」
「僕はただ、その腕輪の力を止めただけさ」
「と、止めた……?」
「僕は君と戦っている間、解析魔法を発動してずっとその腕輪を解析してたんだよ。気づかなかった? この部屋が青い光で満たされていたのに」
「な……」
「君になるべく力を使わせず、かつ時間を稼ぐと言うのは骨の折れる作業だったけどね。君を気絶させられれば話は早いんだけど、こういう装置は使用者が意識を失うと暴走しがちだし。おかげで僕も得意技を披露してまで時間稼ぎにやっきになる羽目になっちゃったよ」
腕輪の機能を停止させたからか、ハヤセからは先ほどまでの怒気や憎しみが抜けてきている。半分惚けたような顔のハヤセに、ヨウは続けた。
「解析が終われば後は簡単だったよ。僕の干渉魔法でコアの部分を制御して、それで終わりさ。幸い君も無事みたいだし良かったよ」
説明を続けながら、教室をおおっていた魔法障壁を解除すると、ヨウがハヤセに笑いかけた。
「それじゃ、後は生徒会室で話を聞こうか。一緒に来てもらえるかな?」
「……ああ」
ヨウの言葉に、ハヤセが呆然としながらこくりとうなずく。ハヤセに歩み寄り手を差し伸べようとしたその時、ヨウの脇を素早く通りすぎていく影があった。
一瞬の油断を突かれたヨウが、バックステップでその場から飛び退く。視線を戻すと、そこには気絶したハヤセを肩に担ぎ上げる長身の男の姿があった。
「あなたは……」
「君は生徒会のヨウ・マサムラ君でしたね。彼の身柄は、我々美化委員会が預かります」
そう言ってヨウを見下ろしていたのは、ヨウも見覚えのある人物であった。美化委員会副委員長、リョウ・タチバナ。言いしれぬ威圧感を放つタチバナを前に、ヨウも顔を上げてその顔を見返す。
「ちょっと! それは少し横暴じゃありませんか?」
障壁が消え、ヨウの下に駆け寄ってきたチアキがタチバナを見上げながらきつく睨みつける。タチバナが無表情に彼女を見返す。
「彼は美化委員です。身内の不始末は我々でかたをつけます。生徒会の皆さんの手を煩わせるわけにはいきません」
丁寧な口調とは裏腹に、その言葉には明確な拒絶の意思が込められていた。その重圧に気圧されながらも、チアキがなおも食い下がる。
「で、でも、そいつはヨウを狙って襲ってきたんです! だから……」
「チアキ」
必死に訴える彼女の肩に、ヨウが手を乗せる。振り返ったチアキに向かい、静かに首を左右に振った。
「ご理解いただきありがとうございます。それでは、失礼」
そう言い残して、一礼するとタチバナは教室を後にした。不満げにヨウを睨むチアキに、ヨウがあいまいな笑みを見せる。
後には、黒焦げになって散乱する机と椅子、煤だらけの床、そして立ち尽くす二人だけが残された。




