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一年遅れの精霊術士  作者: 因幡 縁
第一部
4/135

4  テラダ教授




「ヤバい、全然わかんねえ……」

「ちょっとフィル、今日は特に難しい話なんてしてなかったでしょう? これから何を講義していくかっていう話しかやってないのよ?」

 精霊工学の権威・テラダ教授の講義が終わるや、フィルは頭を抱えて呻き声を上げた。チアキが呆れたようにその横顔を見つめる。

 帝国大学の教授と聞いて、ヨウはてっきりくたびれた中年の男を想像していたのだが、教壇に立ったテラダ教授は予想に反し、まだまだ若々しい壮年の男であった。長身に黒い髪、切れ長の目に均整の取れた体つきは、優秀な学者というよりも幾多の戦場を駆け巡った武人を思わせるものがあった。

 もっとも、彼は元々この学院を卒業後軍に籍を置き、軍の研究機関を経て帝国大学の教授に就いたのだそうだ。軍人に見えるのも至極当然のことかもしれない。

 そのテラダ教授は帝国の最高学府たる帝国大学の教授の座を射止めた後、精霊力研究における多大な功績が認められ、史上最年少の若さで帝国大学精霊術部の術部長に就任した。その後は精霊機関車の開発をはじめとする国家規模のプロジェクトの数々を主導するなど、その活躍の場をさらに広げている。

 今や帝国最高の頭脳と称され、いずれは帝国大学の総長の座も確実とまで言われているその男の初講義はしかし、噂とは異なり、入学したばかりの新入生にも理解可能な実にわかりやすいものであった。無論例外というものはどこにでもいるのではあるが。

「カンベンしてくれよ、オレは精霊術師として戦うためにここに来たんだ。椅子に座ってお勉強なんてオレには必要ないんだよ」

「何言ってるのよ。精霊力の高度な操作を行うならそれ相応の知識は必須でしょう? だいたい今日の話なんて、精霊工学の基本三分野を解説した後に最近ホットな事例を二つ三つ取り上げるっていう今後の講義の方針の説明しかしてないじゃない。どこにドロップアウトする要素があるのよ?」

「もういいんだ、お前たちはオレのことなど気にせず己の道を突き進んでくれ……」

 そう言ってガクッと机に崩れ落ちるフィルに、大げさだなあとヨウが苦笑する。チアキが意地悪な笑みを浮かべながらフィルに言う。

「そう、じゃあフィルはこの講義は取らないのね。せっかく副会長とお近づきになれるチャンスだったのに残念だったわね」

「そ、それは困る!」

 フィルが慌てて身体を起こす。チアキの一言は、どうやらうまくフィルのツボを捉えたらしい。

「困るって言ってもあなた、今の講義全然わからなかったんでしょう? どうするつもりなのよ?」

「そ、そりゃあガンバるよ! だからだな、そうだ、わかんないところがあったら教えてくれよ! な! お前ら頭イイんだしさ!」

「えー、私はパスよ。だって、どうせ全部わからないとか言い出すのが目に見えてるんだもの」

「そんな冷たいこと言うなよ! な! ヨウ、オレたち友達だろ?」

「まったく、仕方ないね」

「おお! さすがヨウ! そっちの冷血女とは器が違う!」

「何ですって!? 自分の頭の足りなさを棚に置いてものを言わないでよ!」

 こうして二人が睨み合うのも今日何度目だろう。そんな事を思いながら彼らを眺めていると、その脇をノリコたちが通り過ぎた。

「ヨウちゃん、またね。みんなもまたね」

 そう言って笑顔で立ち去っていく。フィルとチアキは舌戦を一旦中止すると、慌てて立ち上がり返事をした。

「お、お疲れ様でした!」

「こちらこそよろしくお願いいたします!」

 通り過ぎていくノリコの背中に声をかけると、振り返って笑顔で手を振ってきた。途端にフィルがだらしない顔になって腰を落とす。

「副会長、美人だなあ……。同じ優等生でも、どこかのガリ勉女とは大違いだぜ……」

「ちょっと! 勝手に人をガリ勉呼ばわりしないでよ! 私は入試総合七番だし、実技の成績だって良かったのよ?」

「あん? オレは別に誰とは言ってないぜ。お前、自分で思い当たる節でもあったのか?」

「へぇ……あなた、いい度胸してるじゃない……」

「はいはい、ストップストップ」

 見かねたヨウが二人の間に入る。だが、不幸にも今度は彼が二人の餌食になってしまった。

「だいたいヨウ、お前が副会長をここに呼べばオレはいちいちこいつを相手にしなくて済むんだよ」

「そうよヨウ、このバカは副会長がいれば黙ってるんだから。今度はこちらにお招きするのよ」

「えっ、ええ? 僕はノリコがいたらみんなが遠慮すると思ってたんだけど……」

「いいから呼ぶの! いいわね!」

「いいか、絶対だぞ!」

「う、うん……?」

 なぜか二人に押し切られるような形で、ノリコを席に誘うことになってしまった。

 この二人、こういう時は息がぴったりじゃないか……。心の中で、ヨウがやれやれと首を振る。

「それにしても私、入学早々早くも自信を失いかけているわ……」

 おもむろに天を仰ぐと、チアキが一つため息をつく。

「私、これでもミネギシでは神童なんて呼ばれてたのよ? 帝国の北部で私より勉強できる子なんていなかったんだから。それがここに来てみれば、副会長は学科の過半の科目でトップだし、クラスメイトはその副会長に勉強を教えてたって言うし……。さっきのテラダ教授も噂じゃ入試は学科900点満点だったって言うし、上には上がいるものね……」

「ほらほら、何弱気になってるのさ。僕はライバルなんじゃなかったの?」

「まあ、そうなんだけどね……」

 再びため息をつくと、踏ん切りをつけるかのようにチアキは頭を振った。

「ところでヨウ、副会長はどんな人だったのよ? 昔から超人だったのかしら?」

「え、そんなことはないと思うよ。学科は苦手だったし……」

「ああ、学科の話はいいわ。あなたが基準だと、学科が得意な人なんてこの世から一人もいなくなっちゃうし……」

 そう言って、チアキが自嘲的な笑いを浮かべながらうつむく。

「あ、ご、ごめん! そういうつもりはなかったんだ。そうだね、昔から喧嘩は凄く強かったよ。僕もノリコにだけは全然敵わなかったなあ。入学後も戦闘技術は得意科目って言ってたし」

「そ、そうなのか? てっきりおしとやかな美少女とばかり思ってたんだけど」

「ヨウってそっち系の成績も全部トップ5には入ってたわよね。それより強いってことは、フィル、あなたじゃまるで歯が立たないわよ」

「余計なお世話だ! でも、副会長ってそんなに強いのかよ……」

 ビルの額から一筋、油汗がたれる。その表情からは若干の怯えが見て取れた。

「副会長と言えばペガサスと契約を結んでいることで有名だけど、昔から精霊力は強かったの?」

「うん、ノリコの精霊力は昔から尋常じゃなかったよ。そのペガサスと契約したのだって、ノリコがまだ十二歳の時だったからね」

「十二歳!?」

 フィルとチアキが異口同音に驚きの声を上げる。ペガサスと言えば、三千人を超える帝国精霊術師の中でも、実際に契約できるだけの力を持つ者は一割にも満たないであろう高位の精霊である。そんな精霊をわずか十二歳で従えていたとは、二人の想像を遥かに超える規格外の才能であった。

「そいつはスゲえ才能だな、おい……」

「何よ……。私、一つも勝てるところないじゃない……」

 あまりに別次元の話に、二人そろってうなだれる。そんな二人を慰めるようにヨウが笑った。

「二人ともそんな顔しないでよ。それを言ったら、こんな小さな頃からノリコと一緒の僕はどうなるのさ。僕なんて、ほんの二ヶ月くらい前にようやくグラスウィルと契約するのが精一杯だったんだよ?」

「そう言えばそうだったな……。いや、それで受かっちゃうってのもある意味スゲえよ……」

「身近に怪物がいると、側にいた者も別方面の怪物に育つのかもね」

「いくら何でも、怪物呼ばわりはノリコにかわいそうだよ」

 ヨウが苦笑する。気づけば講堂の中は人影もまばらになっていた。もうしばらくすれば、次の講義を受ける生徒たちが集まってくるだろう。

「さて、そろそろ次の講義に移ろうか」

「そうね。次はフィルの得意な工作系よ?」

「やった、やっとオレのいいところを見せられるぜ!」

「ヨウは工作科目入試トップだったみたいだけどね」

「ぐっ……いや負けねえ! オレだって一矢報いてやる!」

「その意気だよフィル、それじゃ行こう」

 そんな話をしながら、三人は講堂を後にした。





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