39 見回り、再び
見回りも、ずい分慣れてきた。
ヨウはチアキやフィルと共に、放課後の見回りに出ていた。この三人で見回るのはこれで三回目になる。
通常、見回りは二人一組で行われる。ヨウやチアキも、普段は上級生と組んで見習いのような形で見回りをしている。今日のように一年生のみで見回りする時は、補佐のフィルも含めた三人で行っていた。ちなみに同じ一年生であるカナメ・イワサキとアキヒコ・セリザワも、それぞれの補佐を加えた四人で見回りをしている。
三人は南棟の二階を見回り、階段を上って三階へ向かう。ふいに、チアキが自分の額のあたりに手を当てた。
「なぜかしら、この頃この階段を上ると軽いめまいに襲われるのよね……」
「いっつも三階でばっかり事件に出くわしてるもんね」
「オレは早くも寂しい気持ちになってきたぜ……」
「この階段が西棟寄りで良かったわ。東棟側の階段だとめまいが起こらないのよ。今の所はね……」
三人の顔が少しずつ暗くなっていく。滅入る心を励まして、ヨウは階段を踏みしめる。
相変わらず物悲しさの漂う南棟の三階を歩きながら、ヨウたちは異変がないか神経を尖らせる。立て続けに揉め事に巻き込まれたのだからそれも当然だろう、とヨウは思う。先輩と二人で見回りに出た時などは「そんなに気を張るなって」と笑われたりもしたものだ。
その三階も、今日は幸い妙な所もない。人影のない廊下を、三人は東棟へと進む。部活が入っているはずの各教室からは、なぜかほとんど人の気配が感じられない。本当に活動しているのだろうかと、ヨウは少し心配してしまう。
連絡路をくぐり抜け、東棟の三階へと出た。こちらも南棟に負けず劣らず哀愁に満ちている。放課後に入ってからしばらく経っているからか、二年生の教室にはもうほとんど人が残っていないようだ。
その二年生の教室を見つめながら、フィルが口を開く。
「二年と言えば、ショウタ先輩が厳しくてさ……。マサト先輩についてるからか、あの人妙に体育会系なんだよな……」
「あら、良かったじゃない。その軟弱な精神を一から鍛え直してもらえて」
「へっ、お前はもう豪傑並みの精神力だもんな。おかげで男が寄りつきもしねえ」
「何ですって!?」
チアキの声が廊下に響く。思いのほか大きくこだました自分の声に、驚いてチアキが口を手で押さえる。ここぞとばかりにはやしたてようとするフィルとその顔を睨みつけるチアキに、まあまあとなだめながらヨウが話を変える。
「そう言えば、チアキは会計の手伝いが多いよね。仕事はどう?」
「そうね……当たり前だけど、いろいろと頭を使うわね。私向きの仕事だと思うわ。結構おもしろいわよ」
「げぇ……。頭使うのがおもしろいとか、お前どうかしてるよ……」
げんなりした顔でフィルがつぶやく。
「なるほど、ヒサシ先輩も頭がいいみたいだもんね」
「悔しいけど、その通りね。学科でも会長やこの前のタチバナ副委員長を抑えて、トップの回数が最多だそうよ。あの人の話を聞いていると、面接試験を思い出して頭が痛くなってくるわ……」
「あはは、僕も僕も」
「あなたはちっとも苦労してなかったでしょう!」
急に怒鳴られ、思わず身をすくめる。僕だって面接大変だったんだけどなあ……と思ったが、確かにあの時のチアキの疲れっぷりは尋常ではなかったし、再び怒られそうなので何も言わない事にした。
そんな彼に、チアキが一際厳しい目つきで言う。
「それにしてもヨウ、あなた最近ちょっと鼻の下を伸ばしすぎじゃない?」
「え? 僕?」
何の事かわからず、つい間抜けな声を上げる。
「ああ、そこだけはオレも同感だ。お前、少しばかりうらやましすぎるぞ」
「ええ?」
「あなた、この頃副会長だけじゃなくアキホ先輩とも妙に仲がいいじゃない」
「あれはそんなんじゃないよ。ノリコの友達って事もあって、気軽に話しやすいだけさ」
「ふ~ん……? それじゃあどうして、二人きりの時は『アキホ』なんて呼んじゃってるのかしら?」
「えっ、ええ!?」
思わぬ言葉に、ヨウは彼らしくもなくうろたえた。みんなの前では先輩後輩の関係でいたはずなのに、どうしてその事がばれたのだろう。
「ど、どうしてわかったの?」
「あなたねぇ……。みんな気づいてるわよ。空気読んで黙ってるだけに決まってるじゃない。まさか、本当に誰も気づいてないと思ってたの?」
「う……」
そうだったのか……。てっきりばれていないと思っていたヨウが、何も言えずに押し黙る。
「で、お前は結局アキホ先輩を選んだのかよ。副会長を袖にするとか、けしからんにもほどがあるぞ?」
「はい?」
素っ頓狂な声を上げたヨウに、チアキの顔が怒りに歪む。
「ま、まさかあなた、二股なの? 副会長というものがありながら……。そんな事が、許されると思っているの……?」
「ちょ、ちょっと待って! 僕はノリコともアキホ先輩とも何でもないよ!」
怒りも露わに睨みつけてくる二人に、ヨウが慌てて釈明する。
「アキホ先輩には、自分やノリコしかいない時には同級生らしく接してって頼まれただけ! 特別な関係なんて全然ないよ!」
身振り手振りで必死に二人に訴える。それが通じたのか、二人とも怒りを収めて呆れたような顔になる。
「まあ、そりゃそっか。ヨウにそんな甲斐性があるとも思えないもんな……」
「むしろ私は、そんなだからアキホ先輩に押し切られたのかと思ったわ。あの人、押しが強そうだし……」
「そう、そうなんだよ。僕もそれはちょっとって言ったんだけど、ぐいぐい迫ってくるものだからつい……」
それを聞いて、二人もなるほどと納得した表情になる。
「なるほど、ヨウは押しに弱い、と……」
そう言って、フィルがチアキにニカッと笑いかける。
「チャンスだぜ、チアキ。お前が副会長に勝てる要素は一つもないけど、先に押し切っちゃえばひょっとしたら大逆転もあるかもな!」
「ちょっ、フィル!? 私が誰を押し切るのよ! こら、待ちなさい!」
「おー、恐い恐い」
そう言いながら、フィルが二階への階段を下る。それを追いかけるチアキの背中を見つめながら、やれやれとヨウも二人を追いかけた。
ヨウたちの一年C組もある東棟の二階は、三階同様ほとんど人影もなく、寂しげな印象をヨウたちに与える。その二階の廊下に、意外な人物がいる事にヨウたちは気づいた。
「ハヤセ……」
「あいつ、まだいたのかよ。何やってんだ、こんな所で」
見ればC組のあたりの壁に背を当てて、何かを待つかのように立っているハヤセの姿があった。彼もヨウたちに気づくと、壁から離れてこちらへと近づいてくる。どうやらヨウたちを待っていたようだ。
「何だよ、あいつまだオレたちに難癖つける気か?」
「懲りない奴ね……」
これまでの事もあり、フィルとチアキが警戒しながらハヤセを見つめる。そんな様子に気づいているのかいないのか、ハヤセはヨウの目の前まで歩み寄ってきた。
「何の用だよ」
ややケンカ腰でフィルが睨む。チアキもハヤセに厳しい視線を向けていたが、意外にもハヤセは口を開くと静かに言った。
「話がある。お前たちに、謝りたい」
あまりに予想外の言葉に、フィルとチアキがあっけにとられてお互い顔を見合わせる。ヨウも少し唖然としながら、ハヤセに聞く。
「どういう事?」
「そのままの意味だ。お前にも、そっちの二人にも悪い事をした。見回り中なのはわかってるが、よければ少し時間を取らせてくれないか」
肩透かしを食らった格好のフィルが、どういう事だとヨウを見る。さあ、とヨウも首をかしげる。
「ここじゃ人もいる。教室で話そう」
そう言うと、ハヤセが一年C組の教室へと入っていく。まだ警戒しているチアキに、ヨウが大丈夫、と微笑む。ハヤセがまだヨウへの仕返しを考えているのであれば正直悲しいが、言っては悪いがハヤセ程度の力の相手であればどうにでもなる。もし本当に謝ってくれるのであれば、それはヨウにとってとても喜ばしい事であった。
行こう、と二人に言うと、ヨウは教室へと入っていく。二人も観念したのか、ヨウの人の良さに呆れた様子でその後に続いた。




