38 アキホ
生徒会での仕事も、少しずつ覚えてきた。
ヨウは今、生徒会の一角で書類の処理を進めていた。日はすでに落ち、窓の外はすっかり暗くなっている。チアキは会長席の近くでヒサシたちと共に会計の手伝いをしている。フィルやスミレも先輩から仕事を習っていたはずだが、まだ一年生の補佐という事で一足先に帰されてしまったようだ。こうしてみると、どうやら一年生も少しずつ戦力になりつつあるらしい。
もうすぐ仕事に一区切りがつく。そう思って手を早めていると、後ろから涼しげな音色で話しかけられた。
「ヨウちゃん、そろそろ手を置いたらどう?」
そう言って、ノリコがヨウの向かい側に腰をかける。お茶の準備をするノリコに向かい、ヨウが笑いかける。
「ありがとう。そろそろ終わるところだから、ちょっと待っててね」
「うん、お先にお茶いただいてるね」
カップに紅茶を注ぐ音が耳に心地いい。ほのかに香る茶の香りに、ヨウも作業の手を早めた。
まもなく、ヨウの手が止まる。
「お待たせ、ノリコ。今終わったよ」
「おつかれさま。今お茶注ぐね」
微笑みながら、ノリコがヨウのお茶を注ぐ。カップを手渡され、くいと一口あおる。
「ありがとう、おいしいよ」
「ふふっ。しばらく会わないうちに、そんなお世辞まで言えるようになったんだね」
「お世辞じゃないよ。ノリコって、そういうところは本当に変わらないね」
「あー、ひっどーい! それじゃあたしが全然成長してないみたいじゃない!」
口を尖らせてノリコが抗議する。ごめんごめんと笑うヨウに、ノリコが問いかける。
「どう? 学院の生活にはもう慣れた?」
「うん、おかげさまで」
「感想はいかが?」
「とっても楽しいよ」
「よかった」
嬉しそうに微笑みながら、ノリコがヨウの顔を覗き込む。
「こうして、ノリコと一緒に仕事もできるしね」
「そんな事言って。ヨウちゃん、いつの間にプレイボーイになっちゃったの?」
「違う違う、本心だって」
そう言うとカップを口に寄せて、茶の香りを楽しむ。
「でも、あたしも嬉しい。ずっと待ってたんだから」
「ごめんね、一緒に合格しようって言ってたのに」
「ううん。それは学院の目が節穴だったんだって、前も言ったでしょ? 現にヨウちゃんはこうして生徒会に受け入れられてるんだし」
「それ、まだ言うのかい?」
「だって、事実だもん」
異論は認めません、とノリコがそっぽを向く。
「でも、ノリコが『あたしも行かない』なんて言い出した時には、さすがにどうしようかと思ったよ。首席合格者が入学拒否なんて、前代未聞もいいところだしね」
「もう、それは言わないでよぉ。ヨウちゃんと一緒に入学したかったんだよ」
「あの時は、周りも説得するの大変だったんだよ」
「でも、ヨウちゃんが言ってくれたんだよね。憶えてる? 『先に行って待ってて。来年必ず行くから』って。だからあたし、一足お先に学院に入ってがんばったんだよ。少しでもヨウちゃんに追いつけるように」
そう言って、少し熱っぽいまなざしをヨウに向ける。
「あはは、今じゃノリコの方がずっと上だけどね」
「またそんな事言って~。だから、今度手合わせしてよぉ」
「そうだね、そのうちね」
そう言って、ヨウはあいまいに笑った。
「ずい分いい雰囲気になってるじゃない、お二人さん」
ヨウとノリコが話し込んでいるところに、女子生徒の声が割り込んできた。
「アキホ先輩」
「邪魔しちゃってごめんね。あんまり仲がよさそうだから、つい」
ノリコの補佐、アキホ・ツツミがいたずらっぽくウィンクする。彼女も仕事が終わったのか、ノリコの隣に座ると手に持っていた紅茶を一口すする。
「アキホ、仲がいいってどういう意味?」
「そのままの意味だよ。さっきから熱っぽい調子で話してたし」
アキホの言葉に、ノリコの顔が赤くなる。
「話って……アキホ、さっきの話、聞いてたの?」
「仕事しながら、ちょっと聞き耳をね。青春してるよね、幼なじみを追いかけて学院に入学してくるなんて。ヨウ君がノリコを説得したセリフ、結構かっこよかったよ?」
「そ、それも聞いてたんですか!? 恥ずかしいから忘れて下さいよ!」
「どうして? いい話じゃない」
そう言いながら、ノリコの肩に手をかける。
「ヨウ君から見て、一年ぶりのノリコはどうなのかな?」
「は、はぁ。しばらく見ない間に、ずい分と立派になったと思います」
「ふんふん、具体的には?」
「そうですね、こうして副会長として立派に仕事をこなしていますし、生徒たちにも慕われていますし……」
「あー、そういう事じゃなくてさ」
違う違うと手を振りながら、アキホがノリコの背後へと回る。
「たとえばさ」
「たとえば?」
「ここなんかは、成長してるかなぁ? ってね!」
「きゃあっ!?」
そう言うや、アキホがノリコの胸元に手を回し、そして一気に上へと持ち上げた。ほどよく盛り上がったその膨らみに、ヨウの目が点になる。
「ほーら、ノリコだってちゃんと成長してるでしょう? こういう所をほめてあげないとダメなんだよ?」
「ちょっと、もう、離してよ、アキホ……」
アキホの手を振りほどくと、ノリコが胸を両腕でかばう。自分の胸に視線が釘づけになっているヨウに気づき、
「……ヨウちゃん、いつまで見ているの?」
「え!? いや、こ、これは……」
慌てふためくヨウに、不機嫌そうに一言つぶやく。
「……えっち」
「ち、違うんだよノリコ!」
「ヨウ君も男の子なんだし、当然じゃない。ノリコこそ、ヨウ君の事いつまでも子供だと思ってるんじゃない?」
ノリコの肩をぽんと叩くと、アキホがヨウに聞く。
「で、どうだった? しばらく見ないうちに、ノリコもずい分変わったんじゃない?」
「か、からかわないで下さいよ!」
「あらあら、照れちゃって。相変わらずかわいい!」
困り果てたヨウが、助けを求めるようにノリコを見る。
「ノリコ、アキホ先輩っていつもこんな調子なの?」
「ま、まあ……そうかな?」
「ちょっとヨウ君、こんなって何さ、こんなって」
「す、すいません。先輩があんまり僕をからかうものですから、つい……」
「そう、それ!」
不満そうにアキホがヨウを指差す。
「ヨウ君、私と同い年なんだからそのよそよそしいしゃべり方やめてよ! アキホでいいって、アキホで」
「いえ、そんなわけにはいきませんよ! 先輩なんですから! 本当は僕だって、みんなの前で副会長と昔みたいに話すのはちょっと問題だと思ってるんですから」
「え~。ノリコばっかり、ずる~い」
そう言うと、両手を合わせてヨウに頼みこむ。
「ね? お願い、私たちしかいない時だけでいいからさ、同級生と同じようにしゃべってよ」
「え、ええ……?」
困ってノリコに視線を向けると、彼女も困ったような顔で首をかしげている。諦めたように一つため息をつくと、ヨウはしぶしぶうなずいた。
「はぁ……。わかりました。でも、僕たちしかいない時だけですよ?」
「やったぁ! さっすがヨウ君、話がわかる!」
「もう、アキホったら……」
ノリコも呆れたようにため息をつく。それから生徒会が終わるまでのしばしの間、三人は紅茶と雑談を楽しんだ。
 




