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一年遅れの精霊術士  作者: 因幡 縁
第一部
37/135

37 来客




 その日、生徒会室に珍しい人物がやってきた。

 放課後、部屋に入ってきたのは二人の生徒だった。頭の後ろで髪を束ねた女と、長身の男。生徒会室に、張り詰めた空気が漂う。生徒会長のタイキと副会長のノリコが、二人を出迎える。

「ようこそ、お待ちしてました。どうぞこちらへ」

「ええ、失礼します」

 二人が奥の応接スペースへと通される。その後ろ姿を見つめながら、フィルがそばにいた二年生のショウタ・ヨシダに尋ねる。

「誰っすか? あの二人」

「ああ、あれは美化委員会の委員長と副委員長だよ」

「美化委員会?」

 その言葉に、ヨウたちが表情を引き締める。

「何だって美化委員会が?」

「例の見回りだよ。情報交換と見回りのシフトの打ち合わせなんだとさ」

 苦々しげにショウタが吐き捨てる。マサトと同じ生徒指導チームである彼にとっては、自分たちの領分にずかずかと入り込んでくる彼らが疎ましいのかもしれない。

「じゃああの女性がクガ委員長なのかな?」

「そういう事ね。その隣がタチバナ副委員長」

「お前らも見ただろう? あの女の目。凍りつくような冷たい目をしてるんだよ。見ただけでぞっとするね」

 そう言いながら、ショウタが身を震わせる。仮にも学院の先輩で、しかも女性にそこまで言うのはさすがにどうなのだろうとヨウは少しだけ思ったが、それは口には出さず、かわりに彼に問いかける。

「資料で優秀な方だとは知っているんですが、実際にはどんな方なんですか?」

「どんなって、今言った通りだよ。血も涙もない冷酷女。ほら、引渡し先に美化委員会もあるだろう? あっちに引き渡されると大変らしいぜ」

「そうなんですか?」

「ああ。だからなのか、『悪さをするなら三階で』なんて忌々しい冗談もあるみたいだぜ。生徒会が三階なのに対して、美化委員会は二階にあるからなんだとさ」

 ショウタがかたきでも見るような目で奥の応接スペースを睨みつける。やはり生徒指導チームは美化委員会に対して一際反発が強いようだ。職務が重なる部分があるだけになおさらなのであろう。

「でも実際、あのクガ委員長は血も涙もない女って有名なんだぜ? あの大貴族のクガ家の出身だからなのか、俺たちの事なんて何とも思ってないしな。強さもハンパじゃないらしい。ムカつくけど、その辺は美化委員長やってるだけの事はあるな」

 そのあたりについては、ヨウが目にした資料にも記されていた。成績は常に上位五番以内を維持し、意外にも武術や剣術といった格闘系・実戦系の科目に秀でているらしい。当然というべきか、文句のつけようがない成績である。

 ヨウが、隣のチアキに話しかける。

「クガ家って、クジョウ君の家と同じくらい偉いの?」

「あなた、どうしてそういう事には疎いのよ……。ええ、そうよ。もっとも、家の格はクジョウの方が上ね。というよりも、その上は帝室しかないわ。帝国宰相を輩出する「条家」の筆頭だもの。対してクガは軍に大きな影響力を持つ一族ね。歴代当主はほぼ全員が軍務大臣を務めているわ。クガ委員長の二人の兄君も、この学院を出てからは精霊術士として数々の武勲をあげているのよ」

「へえ、凄いんだね」

「……あなた、本当にわかっているのかしら? その凄さ……」

 チアキが呆れた風に頭を押さえる。何か思い出したのか、スミレが一言付け足す。

「そう言えば、チアキさんもミネギシの方では名の知れた名家のご出身でしたよね」

「えっ!? や、やめてよ! うちなんて、ただの田舎の名士よ! そんな大貴族と比べないでよ!」

 顔を真っ赤にしながら、慌ててチアキが両手を横に振る。その様子に、フィルが意外そうな声を上げた。

「え? お前、そんないい家の出だったのかよ? そのわりにはお嬢様要素ひとっつもねえのな」

「……そうね、私これでも昔から手が早かった事で有名だったのよ」

「あ、ウソウソ! チアキさん、そんな怒らないで!」

 拳を握り振り上げるチアキに、フィルが怯えた顔で懇願する。しかしチアキは良家の出だったのか。よく見れば、確かにその長い黒髪はしっかりと手入れが行き届いている。そう言えば、ノリコの髪も綺麗だな。そんな事を思いながら目の前の黒髪を見つめていると、チアキが恥ずかしそうに口を開いた。

「……何、さっきからこっちを見てるの?」

「え!? いや、何でもない!」

 慌ててチアキの髪から目をそらす。ずっと髪を見つめていたのもさる事ながら、チアキの髪を見ながらノリコの事を考えていたなんて言えるわけがないのは、女心に疎いヨウでもさすがにわかる。訝しげにこちらを睨んでくるチアキに、空気を変えようとヨウが他の話題を振る。

「そ、そうそう! クガ委員長ってとっても強いんだよね! ノリコとどっちの方が強いのかな?」

「そんなの副会長の方に決まってるでしょ!」

「ひっ!? そ、そうだよね!」

 火に油を注いでしまった。つくづく自分は女の子の扱いが苦手なんだなと、改めて思い知らされる。

 そんな二人の様子に苦笑していた一年生のカナメ・イワサキが、ヨウに助け舟を出す。

「強いと言えば、あちらのタチバナ副委員長も凄く強いらしいよ。何せ会長やクガ委員長たちを抑えて学年首席の座を譲らない人だからね」

「へえ、それは凄いね! 僕もあやかりたいなあ!」

 心の中でカナメにありがとうと感謝しながら、ヨウはことさらに陽気な調子で言う。

「ずっとトップなんて、まるでノリコみたい……いや、ノリコの方が上だよね、もちろん!」

 横からチアキがじっと見ているのに気づき、必死に発言を軌道修正する。どうもチアキの逆鱗に触れる事が多い気がするし、彼女の前ではあまりノリコの話題を出すべきではないのかもしれない。

「でもそう考えると凄いよな、あの一角。二年三年のトップクラスが勢ぞろいって事じゃん」

「ああ、確かに凄いよね」

「僕はヨウ君も十分に凄いと思うけどな」

「私も同感ね」

「まったくだな」

 カナメの言葉に、チアキとフィルがうんうんとうなずく。そんな事はないのに、と思いながら、ヨウは応接スペースで何が話し合われているのかに思いを巡らせた。




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