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一年遅れの精霊術士  作者: 因幡 縁
第一部
35/135

35 騒動




「すいません、生徒会です!」

 ヨウたちが人だかりに駆け寄るや、それに気づいた生徒がこちらを振り返る。

「おお、生徒会か! ちょうどいい、あいつらを止めてくれよ!」

「これは一体何事ですか?」

「よくわかんないけど、さっきからずっとあの調子でやりあってるんだ。あれじゃあうるさくて仕方ねえ。何とかしてくれないか?」

 生徒がヨウの胸元を見て、少し不安げな顔をする。徽章バッジが一年生のものであったからであろう。

 わかりました、とうなずいて、ヨウが二人に声をかける。

「それじゃチアキ、一緒に説得しよう。フィルは念のために、誰か先輩を呼んできてくれないかな」

「おう、わかったぜ。じゃあお前らも気をつけろよ」

「うん、ありがとう」

 背を向けて走り出すフィルに笑顔でうなずくと、ヨウとチアキは言い争う二人に近づいた。

「すみません、生徒会のヨウ・マサムラです。一体何が……」

「ああぁ!?」

「てめぇはすっこんでろ!」

 事情を聞こうとしたヨウに、二人が興奮しきった顔で怒鳴りつける。ビクリと肩をすくませ、困ったなと頬をかく。気を取り直してもう一度声をかけようとするヨウを、生徒たちが怒りに狂った瞳で睨みつけてきた。

「何だぁ、まだ文句あんのか!」

「てめぇ、一年かよ! 一年のくせに口出しすんじゃねえ!」

 男たちが再び怒声を上げる。口ごもるヨウにかわり、チアキが一歩前に出る。

「ちょっと、先輩方、少し落ち着いて下さい! これじゃ話も聞けません!」

「何だぁ、この女! お前も生徒会の連中か!」

「女が出しゃばんじゃねぇ!」

 男たちの言葉に、チアキの顔が赤くなる。いけない、これは相当怒ってる。男たちをキッと睨むチアキに内心ハラハラしながら、まあまあ、落ち着いて下さいとヨウは生徒たちに近づいた。

 その時、背の高い方の男がヨウに向かい拳を振り上げた。

「うるせぇ、黙ってろ!」

 男がそのままヨウに殴りかかる。間一髪でかわすヨウだったが、興奮しきったその生徒が、頭のタガがはずれてしまったかのように猛然とヨウに襲いかかる。

「ちょっと! あなた、ヨウに何するのよ!」

 鋭く叫ぶチアキに、もう一人の男が怒気みなぎる声で吠える。

「いつも偉そうなんだよ、てめぇら生徒会は! 調子に乗ってんじゃねえぞ!」

 そう言うや、その男がチアキに殴りかかる。もはや分別も何もわからない状態で言葉にならない声を上げる。

「何なのよ、もう!」

「仕方ない、ここは少し落ち着いてもらおう! そっちは任せてもいい?」

「わかったわ! もう、ホント災難よ!」

 苛立たしげに言うチアキに、ヨウも困り顔で応じる。ひたすら殴りかかってくる長身の男の拳をことごとくかわしながら、ヨウは拳を収めるよう説得を試みる。

 見ればチアキも、男の拳撃を軽やかな身のこなしで避けていく。彼女が男の拳をかわすたびに、プリーツのスカートがひらりと宙を舞う。拳が当たらない事に苛立つ男には構わず、チアキが精霊力を左手に集め始める。

「ちょこまかしてんじゃねえ!」

 大ぶりな男の一撃をくるりとかわすと、背後を取ったチアキが左手を男に押し当てる。

「『生命の束縛蔦ビオ・バインド』!」

 チアキが叫ぶと、その左手から指の太さほどの植物のつたのようなものが男の体に巻きついていく。マサトが女子生徒を取り押さえる時に使ったあの精霊術だ。つたの太さはマサトのものよりも細いが、幾本ものつたが巻きついて、みるみるうちにきつく男の体を拘束した。

「くっ、動けねぇ……」

「それで少し頭を冷やして下さい、先輩」

 ふうとため息をついて、チアキがヨウの方を見やる。

「ねえチアキ、こっちにもそれ、お願いできないかな?」

 相手の拳をかわしながらヨウがチアキに頼む。そんなヨウの姿に、こけにされているとでも感じたのか、長身の男がますます逆上する。

「こ、こいつ!」

 ヨウから距離を取るや、その両腕に力を集め始める。そこに精霊力のうねりを感じ取り、チアキが短く叫ぶ。

「いけない! ヨウ、逃げて!」

 その声にはしたがわず、ヨウは男と正面から対峙する。こんなに人が集まっている所で精霊術を繰り出すとは、正気とは思えない。男の攻撃に備え、ヨウが身構える。

「このガキがぁぁぁ! 死ねぇぇぇ!」

 怒声を上げると、男の両手に二本の槍が現れる。水の中位精霊術、『凍氷の投槍アイス・スピア』だ。気でも触れたかのような凄まじい形相で、両手の槍をヨウ目がけて投げつける。

 まっすぐに自分へと向かってくる氷の槍を前に、ヨウが両拳に『古魔法の拳撃ルーン・ナックル』を発動させる。光り輝くその両の拳で、ヨウは飛来する二本の槍をいともたやすく打ち砕く。ヨウの拳の前に、氷の槍が粉々に砕け散る。細かな氷の粒が拳の光を受け、日の光を浴びた粉雪のようにはかなくきらめく。

「今だ、チアキ!」

「あ、うん!」

 渾身の一撃をあっさりと粉砕され、今までの凶暴さがうそのように呆然と立ちつくす男に、チアキが『生命の束縛蔦ビオ・バインド』を放つ。強靭なつたに縛られた男は、もはや抵抗する気力もないのかその場に座り込んでしまった。もう一人の男も、すっかりとおとなしくなっている。

 ヨウたちが見せた鮮やかな捕縛劇に、周りの野次馬たちから自然と拍手が起こる。見世物じゃないんだけどなあ、とヨウが内心苦笑していると、廊下の向こうから駆けてくる人影があった。




「おーい、お前ら無事かー?」

 どうやらフィルが先輩を連れて戻ってきたみたいだ。その後ろからついてくる大きな人影に、周りの野次馬たちが波が引くかのようにさあっと散っていく。入れ替わるように、巨躯の生徒が前へと進み出る。

「さあて、騒ぎを起こしたのはどこのどいつだ?」

 そう言いながら、生徒会三年のマサト・ヤマガタが廊下に座る生徒二人を見下ろす。その姿に、拘束されたままの生徒たちが怯えた表情を見せる。

「おい、なんでこいつらは縛られてるんだ?」

「あ、あの、ちょっと興奮していたみたいで……」

「はっきり言いなさいよ。この人たち、私たちに襲いかかってきたんです。だから少しおとなしくしてもらおうと」

「ああ!? まったく、このクソ忙しい時に余計な仕事増やしやがって……」

 いかにも面倒と言わんばかりのマサトに睨まれ、二人の顔から血の気が引いていく。だから黙ってたのに、とヨウがため息をつく。

「おう、話は聞いてるから、後は俺に任せろ。とりあえず生徒会室に連れて行くから、お前らはそのまま見回り続けてくれ」

 そう言うと、マサトは怯える生徒たちのつたを易々と引きちぎって立ち上がらせる。そのまま二人を生徒会室まで引っ張っていくマサトの大きな背中を見つめながら、呆れた顔でチアキが言う。

「あの人、私の『生命の束縛蔦ビオ・バインド』を素手で引きちぎってたわね……。一体どれだけ強いって言うのよ……」

「あはは、僕たちは一年生だもん、これからだよ」

「そうそう。それじゃさっさと見回り終わらせようぜ」

 言いながら、フィルがヨウの隣に並んで聞く。

「で、何があったんだ? またお前がちゃちゃっと片づけたのか?」

「どうして全部ヨウが片づけた事になるのよ? 捕らえたのは私よ?」

「あー、そういう事にしてやるよ。じゃあヨウ、後で聞かせてくれよ?」

「だから、どうしてそうなるのよ!」

「ほら、僕たちも行くよ」

 いつものやり取りに苦笑しながら、ヨウが声をかける。二人も、睨みあいながらヨウの後についてくる。

 思いがけず騒動に出くわしてしまったが、これ以上生徒会室に戻るのが遅くなってもいけない。すっかり人気ひとけのなくなった廊下で、三人は見回りを再開した。




次回より、二、三日おきの投稿となります。よろしくお願いします。


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