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一年遅れの精霊術士  作者: 因幡 縁
第一部
33/135

33 スミレ




 新入生が学院に入学してからそろそろ一ヶ月が経とうとしている。この頃になってくると、学院の中でも新入生を加えた新秩序が形成されてくる。新入生の友人関係、所属組織、その他もろもろが学院の秩序のうちに取り込まれていく。


 それは学院の南棟にある食堂でも同様で、どの時間帯にどのグループが食事にやってくるのかという生徒たちの行動パターンもおおよそ固まってきていた。そしてヨウたちもまた、午前の講義が終わるといつものように食堂の一角に席を占めていた。

「だから、オレは魚にゃあ少々うるさいんだぜ? 今日のこれは……まあ、まずまずってところか。適度に脂が乗っているっていうか?」

「はいはい。いくら港町の生まれでも、元々の味覚がそれじゃあしょうがないわよね。それとも問題は味覚じゃなくて頭の方かしら?」

「言ってくれますね、お前さん……」

 焼き魚をほおばるフィルに、チアキが呆れた目を向ける。今、ヨウたちは自分たちの出身地についてあれこれと語っているところであった。睨み合う二人は置いておいて、サラダからフォークを離したヨウがスミレに話しかける。

「スミレさんはどこの出身なの?」

「わ、私は西の方の出身です。サカエオカっていう」

「ああ、商業で有名な町だね。西の方だと、こちらとは文化が違ったりするのかな?」

「そ、そうですね、西だとこちらよりもお肉を食べる割合が高い気がします」

「そっか、西の方は畜産が盛んだもんね。スミレさんも魚より肉の方が好き?」

「す、好きと言うか、食べる機会は多いです。こちらはお魚の料理がいろいろとあるので、最近はそちらばかり食べてますが……」

 少し緊張気味にスミレが答える。ヨウとの会話は、まだチアキとのようにはいかないようだ。ヨウも努めて明るく話しかけるが、なかなかスムーズにいかない。少しずつ会話がたどたどしくなっていく二人に助け舟を出すように、チアキがスミレに話しかける。

「そう言えば、スミレはどうして学院に入ろうと思ったの?」

「あ、あの、それは……」

 少しためらうような、恥ずかしがるような様子でスミレが口ごもる。言いにくい事なら無理しなくていいのよ、と気遣うチアキに軽く首を振ると、意を決したように語り始めた。

「私、小さい頃に家族を亡くして、両親と仲の良かったおじさんとおばさんに育てられたんです。私の事、血のつながりがないのに我が子のようにかわいがってくれて。そんなある時、私に精霊術の才能がいくらかあると言われたんです。それで、おじさんとおばさんに少しでも恩返ししようと思って……」

 スミレの意外な生い立ちに、三人がしばし沈黙する。チアキが申し訳なさそうな顔でスミレに詫びる。

「ご、ごめんなさい。ご両親の事は聞いていたのに、私うっかり……」

「いいんです、チアキさん。それより、動機が不純ですよね、私……。国を守る精霊術士を育てる機関なのに、自分の身内のために入るだなんて……」

「そんな事ないよ! 育ての親への恩返しなんて、立派な事じゃないか!」

 うつむくスミレに、ヨウが力強く声をかける。

「それに、スミレさんは今精霊術士になるための訓練をしっかりがんばってるんだし、これから立派な精霊術士になるんだから、後ろめたく思う事なんて全然ないよ!」

「そうだぜ、スミレちゃん! こっちの女なんか、自分が一番って事を示したいから学院に入ってきたような奴だぜ? 完全に自分の欲だけだもんな」

「な、何ですって!?」

「あ、すまんすまん。お前はあれか、憧れのミナヅキ副会長に会いたいが一心で学院に入ったんだっけか。そこまで行くと、自分の欲どころか他人にまで迷惑かけてるな」

「あなた、言いたい事はそれだけかしら……?」

 あまりの怒りに、チアキのこめかみがひくつく。今にも暴発しそうな彼女の隣で、スミレの口から思わず笑い声がこぼれた。ヨウもつられて笑い出す。そんな二人の様子に、チアキとフィルも毒気を抜かれたかのように呆然とする。

「皆さん、ありがとうございます」

 やがて、スミレが感謝の言葉を漏らす。

「そんな風に私を元気づけてくれて。おかげで、私も少し気が楽になりました」

「おっ、おお……? よくわからんが、それはよかったぜ」

「ちょっとあなた、スミレを元気づけるつもりで私につっかかってたんじゃないの? まったく、呆れて何も言えないわ……」

 やれやれと首を振るチアキの隣で、上目遣いでスミレがヨウを見つめる。

「ヨウさんも、ありがとうございます……」

「え? あ、うん、どういたしまして」

 普段あまり自分に声をかけてこないスミレにお礼を言われ、ヨウは慌てて返事をする。自分の言葉も、少しは役に立ったのだろうか。うつむいたまま沈黙する二人を、ここぞとばかりにフィルが冷やかす。

「お、何いいフインキになってるんだ? お二人さん。つーかヨウ、お前副会長というものがありながら、何スミレちゃんにまで粉かけてんだよ」

「べ、別にそんなんじゃないよ!」

「それもそうか。何てったって、お前は幼なじみと一緒にいたいがために一年浪人までして学院に入った男だからな。そういう意味じゃチアキと同類か」

「ちょ、ちょっとフィル!? 変な事言わないでよ!」

「いやいや、そういうのもアリだと思うぜ? 副会長だってお前の事待ってたみたいだしさ。女を男が追いかけるってのも、それはそれで結構ロマンティックなんじゃないか?」

「だから、僕とノリコはそういうのじゃないって言ってるでしょう!」

「ヨウってば、副会長の話題にだけは弱いのよね」

「もう……」

 頬を膨らませて子供のようにむくれるヨウに、三人が笑う。みんなどうして僕とノリコをそういう関係にしたがるんだろう? いくら考えても答えの出ない問いに、ヨウが首をひねる。


 それにしても、スミレさんまでそんなに笑わなくてもいいじゃないか……。そう思いながらも、こうして楽しそうに笑ってくれている姿を見ると、自然と嬉しくなってくるヨウであった。




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