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一年遅れの精霊術士  作者: 因幡 縁
第一部
31/135

31 指輪




 騒動があった翌日。放課後の生徒会室には、生徒会メンバーが勢ぞろいしていた。会長席に向かい机が整然と並べられ、メンバーの視線がタイキ・オオクマ会長へと集中している。会長の右隣にはノリコ、左隣には会計のヒサシ・イトウが座る。

 メンバー全員が集まっている事を確認すると、タイキが口を開いた。

「今日はまず、みんなに伝えなければならない事がある」

 そう言いながらタイキが取り出したものを見て、上級生のメンバーの間に緊張が走る。昨日の騒ぎでマサトが押収した、あの指輪だ。

「昨日、南棟の三階で、この指輪を持った生徒が暴れ出すという事件が起こった」

 その言葉に、室内がざわめき出す。昨日生徒会室に戻った時にはメンバーは今の半分ほどしかいなかったから、この場で初めて話を聞いた者も多いのだろう。

「一年生は知らないだろうが、昨年末、そして今年初めに同様の事件が起きたのは、二年生、三年生にとっては記憶に新しい所だと思う。我々生徒会が学内に注意喚起してからはしばらく収まっていたが、こうして再び事件が起こった」

 厳しい表情でタイキが言う。それは隣に座るノリコとヒサシも同様であった。

「昨日現場に居合わせたマサトによれば、指輪の性能も向上しているらしい。マサト、説明頼めるかい?」

「おう」

 うなずくと、最前列に座っていたマサトが立ち上がってこちらを振り向く。

「昨日は俺が取り押さえたわけだが、あの姉ちゃん、二年とは思えん強さだった。この前ヨウが捕まえたエノモトよりも強いな、あれは」

 マサトがそう言うと、メンバーから驚きの声が上がる。エノモトはノリコ以外の二年生には荷が重い、と以前マサトは言っていたが、それよりも強いとなれば動揺が広がるのも無理はない。

 その様子に、マサトが少々おどけた調子で言う。

「風の精霊術の使い手だったがな。ま、言うなればできそこないのカツヤって感じだったな、ありゃ」

「おい、何でそこで俺の名前が出てくるんだよ。しかも微妙にイヤな言い方だな」

 唐突に名前を呼ばれ、マサトの隣に座っていたカツヤが抗議する。そのやり取りに、重々しかった部屋の雰囲気が幾分なごやかになる。

「昨日マサト先輩が取り押さえた生徒は、資料によれば二年生の中でも平均以下の力の持ち主との事でした。それがそれほどの力を発揮するのですから、この指輪がどれほど危険なシロモノか知れようというものです」

 マサトの説明を次いでノリコが言う。

「聴取を行ったところ、昨日の生徒は普段から部活内で陰湿ないじめを受けていたそうです。指輪は休日街に出た時に、占い師から受け取ったと言っていました。彼女の心の隙を巧みについてきたのでしょう」

「今回の件を受けて、我々もより一層の警戒態勢を取る事になった。だが、一つ問題があってね……」

 タイキが苦い笑みを浮かべる。

「美化委員会から申し出があった。これだけ事件が立て続けに起こった以上、生徒会だけで事に当たるのには限界がある。今後は美化委員会と合同で警戒にあたるべきだ、とね」

「あの連中、また首を突っ込んできやがるのか……!」

 着席していたマサトが、立ち上がらんばかりの勢いで怒りをあらわにする。

「マサトの気持ちもわかるが、さすがに今回は突っぱねるわけにもいかない。ぎりぎりの線で妥協点を探るしかないだろう。そのあたりはカツヤ、頼む」

「ああ、任されたぜ」

 心配するなと、カツヤが胸をどんと叩く。

「そういうわけで、新入生諸君には申し訳ないが、研修を終え次第君たちにもただちに見回りを担当してもらう。もちろん、原則的には上級生が担当し、仕事や講義で穴が開くところを埋めてもらう形にするつもりだ。一年生には段階を経て見回りに慣れてもらえるようにする。できる限りの配慮はするので、そこは安心してもらいたい」

 それを聞いて、ヨウのそばに座っているフィルとスミレが安堵のため息を漏らす。スミレなどは見るからにおとなしそうな少女なのだから、それも当然であろう。安心させようと思ってか、チアキがスミレの手をそっと握る。

 その後、具体的な対応などについて打ち合わせは続いた。








「しっかし、大変な事になったなあ」

「そうね、こんな大事おおごとになるとは思わなかったわ」

 打ち合わせが終わり、一年生たちは手錠の支給を受けていた。これからの警戒強化に備えての事である。先にカナメとアキヒコが手錠を受け取り、簡単な説明を受けている。

 順番を待っている間、フィルとチアキは先ほどの打ち合わせについて話し込んでいたが、前のメンバーたちへの説明が終わったのか、マサトが声をかけてきた。

「ほれ、お前らにも渡すぜ」

 そう言いながら、ヨウとチアキに手錠を二つずつ手渡す。精霊力を封じる力のある板状の手錠だ。薄い金属製のそれは、見た目に反して結構な重さがあった。

「普段は一人二つまで携帯が認められている。申請すればそれ以上持っていく事も可能だ。補佐は申請でのみ持ち出しできるから憶えておけ」

「え、オレたちはもらえないんすか?」

 てっきり自分にも手渡されると思っていたのだろう。フィルが不満そうに聞く。マサトが呆れた顔で言う。

「お前なあ。これ一つでいくらすると思ってるんだ。お前が今もらってる給料の二、三ヶ月分くらいは軽く吹っ飛ぶんだぞ」

「そっ、そんなに!?」

 フィルが驚きの声を上げる。学院の生徒に毎月支払われている給与は、平均的な帝都の労働者の約二倍だ。想像以上の値段に、フィルの目元が引きつる。

「生徒会にはこいつが五十個ある。帝都でも一家庭がざっと十年は暮らせるくらいの価値があるからな。取り扱いには気をつけろよ」

 それを聞いて、フィルだけではなくチアキもこくこくと首を縦に振る。ヨウも手渡された手錠を慎重に懐へと収める。

「ははは、本当の所を言えば、管理やら何やらが大変になるからってのが一番の理由だ。役員補佐は最大で二十人だからな。そいつらにまで配っちまったら、いざ必要な時に集めるだけでも大変だろ?」

「ああ、そういう事ですか」

「まあ、一度に十人も二十人も捕まえなきゃならない事件なんて、そうは起こらないがな。これからも起こらない事を祈りたいもんだね」

「まったくです」

 マサトの言葉に、ヨウもうなずき返す。一つ手錠を手に取ると、マサトが説明を始めた。

「それじゃこいつの使い方を教えておく。何、簡単だ。おい、ちょっと来い」

「は、はあ」

 マサトに呼ばれ、怪訝そうな顔をしてフィルが前に出る。

「よし、じゃあお前らよく見てろよ。まずはこう腕を前に出させて……」

「え、もしかして手錠かける気っすか!? やめて下さいよ!」

 抵抗するフィルには取り合わず、その太い腕でフィルの両腕を突き出させると、手錠を上下に開いてフィルの手首にあてがう。パチンと小気味いい音を立てて、手錠がフィルの手首を拘束した。

「ひ、ひどい! オレ、何にも悪い事してないのに!」

「な? 簡単だろ? お前らもパートナー同士とやってみろ」

 手錠をはずすと、フィルをヨウに投げ返してマサトが指示を出す。解放されたばかりのフィルにヨウが遠慮なく手錠をかけると、恨めしそうな視線を向けられる。そんなに怒らないでよ、と手錠をはずすと、フィルがすかさずヨウに手錠をかけた。

「ちょっと、フィル、早くはずしてよ」

「ダメだ、お前も少しは悪人の気持ちってもんを知るんだな」

「ええ? 僕、悪い事してないよぉ」

「いいや、さっきお前はマサト先輩に手錠をかけられてショックを受けてたオレに、何のためらいもなく手錠をかけやがった」

「そんなあ、それ僕は悪くないでしょう?」

 ヨウが抗議するその隣では、スミレが遠慮がちにチアキに手錠をかけようとしていた。

「ほら、スミレ、それを閉じるのよ。この姿勢も結構疲れるんだから」

「は、はい、すみません……」

 開いた手錠をおそるおそる手首にそえると、思い切ってそれを閉じる。パチンという音に、スミレが思わず小さな声を漏らす。

「この調子じゃ、スミレに身柄の確保は難しそうね」

「す、すみません」

「大丈夫、スミレの分も全部私がやってあげるから」

 チアキが笑顔でスミレを元気づける。彼女にしてみれば、スミレは妹のように感じているのかもしれない。

「よーし、それじゃ次は後ろ手に拘束してみるか。フィル、こっち来い」

「またオレっすか!?」

 フィルが情けない声を上げる。その声に笑いながら、ヨウたちは講習を受けるのだった。




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