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一年遅れの精霊術士  作者: 因幡 縁
第一部
30/135

30 マサト




「すまん、生徒会だ! 道を開けてくれ!」

 わずかな間に生徒であふれかえる廊下を、マサトが人込みをかき分けながら走る。ヨウとチアキもその後に続く。

 と、扉が開け放たれた教室から轟音が鳴り響く。扉前の壁際でへたりこんでいる女子生徒が、助けを求めて叫び続ける。

「ひいィ! 許して、許して!」

「落ち着け! 後は俺たちに任せろ」

 泣き叫ぶ生徒のそばに駆け寄ったマサトが一言言い残し、野次馬たちが見守る中ヨウたちは部屋へと飛び込んだ。


 縦横に机が整然と並んでいるはずの教室は、嵐でも通り過ぎたかのように机も椅子もぐちゃぐちゃにひっくり返されていた。見れば教室の壁際には部員であろう生徒たちが倒れ、あるいはうずくまっている。

 そして向こうの黒板のあたりでは、一人の女子生徒が二人の女子生徒を教室の隅に追い詰めるような格好で見下ろしていた。

「ふふ、ふふふふっ。見たでしょう? この力。今までの恨み、たっぷり晴らさせてもらう……」

「い、いやぁ、許して……」

「だ~め。絶対、許さない」

 恐怖に顔を引きつらせる壁際の二人とは対照的に、二人を見下ろす女子生徒の顔には憎悪と愉悦とがないまぜになった奇妙な表情が浮かんでいた。

 二人に向けて右腕をゆっくりと上げる女子生徒に、マサトが鋭く叫ぶ。

「待て! 生徒会だ! 一体何があった!」

 その声に、小柄なその女子生徒がゆっくりとヨウたちの方へ首を動かす。しかし、その瞳はうつろで、ヨウたちの姿を映しているようには見えない。

「生徒会……?」

「そうだ、生徒会のマサト・ヤマガタだ。まずは話を聞き――」

「生徒会……あんたたちも、弱いものには見向きもしない……」

 少女の口から、どす黒い怨嗟えんさの声が漏れる。子供っぽい容姿とは不釣合いなその声音に、ヨウの背筋を悪寒が走る。

「結局、自分を救うのは力……この力があれば、こいつらも、そしてお前らも……」

「た、助けて! こいつ、私らを殺す気なの!」

「黙れぇェェェ!」

 苛立たしげに叫びながら、憎しみに満ちた目で少女が壁際の二人へと腕を振るう。その手からはいくつもの風の刃が放たれ、少女たちへと迫る。

 無数の刃は、だがしかし、少女たちの眼前に現れた鉱物の壁によって全て弾かれる。怒りに顔を歪ませる少女が、再びヨウたちへと振り返る。

「悪いが少しおとなしくしてもらうぞ。少々荒っぽくなってしまうが、勘弁してくれ」

 一歩前に踏み出しながらそう言うと、マサトは脱いだ制服の上着を無造作に後ろへ放り投げた。ヨウが慌ててそれを受け止める。

 シャツ一枚になったマサトの背中は、改めて見ると同じ学院の生徒とは思えないほどに大きなものだった。隆起する筋肉がシャツ越しにもはっきりとわかる。ヨウより頭一つ半ほども大きく、隆々たる筋肉の鎧を身にまとったその姿は、巨木をもなぎ倒す荒ぶる大熊をヨウに想起させた。


「まさかいきなり揉め事とはな。お前たちはそこで見ていてくれ」

 二人に言うと、マサトが憎悪に狂う少女と対峙する。知らない者が見れば小柄な少女を大男が襲っているように見えてしまうのかもしれないが、ヨウには目の前の少女がただの「小柄な少女」ではない事がわかっていた。

 彼女のあたり一帯に、強い精霊力の流れが感じられる。胸の徽章バッジを見るに二年生のようであるが、ただの二年生にしてはその流れがあまりにも強すぎる。ヨウの顔を、一筋の汗が伝う。

「邪魔するなぁぁァァァ!」

 明らかに精神の均衡を欠いた少女の喉から、ぞっとするような声がほとばしった。右腕をマサトに向けると、人差し指にはめられた指輪が妖しい輝きを放ち出す。

 その指先に、周囲の大気が渦を巻いて吸い寄せられていく。集まった力が、幾筋もの風の刃となって少女の指先からひじのあたりまでを駆け巡る。

「死ねぇええぇェェェェ!」

 絶叫と共に、少女の指先から次々と風の槍が打ち出される。風の中位精霊術、『疾風の投槍ウィンド・スピア』。生徒会選考試験でヨウの相手を務めた三年生、カツヤ・マエジマが得意としていた技だ。生徒会役員の三年である彼を彷彿とさせる密度と速度で、目の前の少女は風の槍の連撃を繰り出してきた。無数の槍が、空を切り裂いてマサトへと迫る。

 と、自らに迫る槍の雨を前に、マサトが教室中を振るわせるほどの大音量で咆哮した。

「『大地の大盾アース・シールド』ォォォォッ!」

 雄叫びと共に、彼の左腕に巨大な楕円状の盾が出現する。先ほど少女たちを守った壁と同様、様々な鉱物が入り混じったような質感のその盾は、雨あられと降り注ぐ風の槍をまるでそよ風を受け流すかのように消し飛ばしていく。やがて槍の雨が止まり、少女の顔に驚きと憎悪の色が浮かび上がる。

「やめておけ。その程度の力で俺の守りを破る事はできん」

 対するマサトの方には疲れの色すら見えない。チアキでさえ三連撃が精一杯という強烈な中位精霊術の連撃を難なく防ぎきるその力に、ヨウとチアキが目を丸くする。

「お前なんかに、邪魔させないぃぃ!」

「いけない! あの子、無差別に攻撃を仕掛けようとしてる!」

 髪を振り乱しながら叫ぶ少女に、チアキが精霊力を集中させる。ヨウも身構えたその時、マサトが笑い声を上げた。

「安心しろ! お前らまとめて面倒見てやる!」

 そう叫ぶと、右の拳に精霊力を集め始める。

「みんなみんな、死んじゃええぇぇぇぇ!」

 少女が呪詛の言葉を吐きながら、指先を天井へと突き立てる。指輪が再び妖しく光り、そこからまるで噴水のように四方へと風の槍が放たれる。

「『大地の障壁アース・ウォール』!」

 ほぼ同時に、マサトが右拳を下へ突き下ろした。すると、左手の盾と同じ質感の壁が少女とマサトをみるみるうちに取り囲む。少女が放った『疾風の投槍ウィンド・スピア』の噴水はことごとく壁に阻まれ、ヨウとチアキはただその壁を見つめる事しかできなかった。


 やがて、壁が消えていく。その中から現れたのは、何やらつたのようなものの束を右手に握るマサトと、そのつたに全身を拘束されて気絶している少女の姿であった。安心しきった顔でチアキが口を開く。

「『生命の束縛蔦ビオ・バインド』ですか……。さすが荒事専門なだけの事はありますね」

「だろ? しかも俺のは精霊力まで押さえ込むオマケ付きだ。まずは一丁上がりだな」

 得意げにマサトが笑う。その余裕と豪胆さに、ヨウが生徒会役員の力を再確認する。

「さて、ちょっとごめんよ」

 無造作に少女に近づくと、マサトが手際よく手錠をはめてつたをはずし、人差し指から指輪を抜き取る。そのまま右腕にひょいと少女を抱え込んだ。

「よーし、ケガ人もいないみたいだな。それじゃお前ら、部屋に戻るぞ」

 そう言うとマサトがのしのしと出入り口に向かう。と、壁際でへたり込んでいた生徒たちが口々にわめき出した。

「ざまあみろ! この犯罪者が!」

「お前みたいな奴、さっさと退学になっちまえ!」

「私たちに歯向かうなんて十年早いんだよ!」

 少女に向けられた生徒たちの罵詈雑言に立ち止まると、マサトは無言で生徒たちを一瞥した。そして、重々しく口を開く。

「事情はこれからこの生徒によく聞かせてもらう。ひょっとしたらこの生徒、ある事ない事言い出すかも知れんが、お前たちの中からも誰かついてこなくていいのか?」

 その声に若干の怒りが含まれている事にヨウは気づいた。マサトに言われ、途端に生徒たちが口ごもる。

「この生徒の次はお前たちだ。覚悟しておけ」

 そう吐き捨てると、マサトはめちゃくちゃに散らかったその教室を後にした。





「先輩、さっきのはやっぱり……」

「ああ、十中八九いじめだろうな」

 生徒会室へと歩きながらチアキが聞くと、マサトが苦々しげに顔をしかめる。

「しかし、面倒な事になったな」

「いじめが、ですか?」

「まあ確かに、それもそうなんだが……」

 そう言いながら、マサトがポケットの中へと手を突っ込む。取り出したのは、先ほど少女から取り上げた指輪だった。

「指輪、ですか?」

「ああ。この指輪をつけた生徒が立て続けに事件を起こしていてな。これで三件目だ」

「そう言えば掲示板に、怪しい人から指輪を受け取らないようにって生徒会の注意が張ってあったわね」

「この指輪、何か特殊な力があるんでしょうか」

「そうみたいだな。お前らも見たろ? さっきのこの子の力。明らかに普通じゃない。それに、どうやら精神の方にも影響があるみたいだ」

 腕に抱えた少女を見るマサトの目は、ずい分と気の毒そうだ。

「ここしばらくは何も起こらなかったんだがな。これでまた、生徒会も忙しくなりそうだ」

 ため息混じりにマサトがつぶやく。三人の足音が、人気ひとけのない廊下に不吉に鳴り響いていた。

 



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