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一年遅れの精霊術士  作者: 因幡 縁
第一部
3/135

3  再会





 それは、本格的に授業が始まってから三日目のことだった。


 学院の講義は全員が履修する必修科目と、一定の条件の下に選択履修できる選択科目とに分かれている。学年ごとに内容が決まっている必修科目とは異なり、選択科目には基本的に学年による制限がないものが多く、人気の講師の講義には一年生から三年生まで殺到するということも珍しくはなかった。

 ヨウ・フィル・チアキの三人はこの日の午後、「精霊工学序論」という講義のガイダンスに参加しようとしていた。現在すでに実用化されている技術に精霊力をいかにして利用・応用していくかという内容で、講師には帝国大学から精霊工学の権威、テラダ教授を招いている。精霊力抽出の効率向上を実現し、精霊機関車の開発にも携わったその道の第一人者である。今回の講義ではその最新の研究の一端を披露するとあって、一部の学生たちの間では注目の講義らしい。

 そんな話題の講義のはずであったが、半円形の講堂の席は意外に空席が目立っていた。

「やっぱりあの噂、本当だったのかしらね」

「おい、どうするんだよ。オレはお前らみたいに頭良くないんだぞ?」

 チアキの言葉にフィルが泣き言を返す。ヨウは苦笑しながらその様子を見つめていた。

 テラダ教授の講義は三年ぶりだそうだが、その三年前の講義は極めて難解なものであったという。噂によれば、講義を受講した学生の過半が単位を落としたらしい。

 そんな話もあって、いつもは人気講師の講義で席が埋まるこの講堂も今は見事に歯抜けの状態となっていた。おそらく今この場にいる生徒も、多くはその噂を知らない一年生たちであろう。

 もっとも例外というものはどこにでもあるもので、知的好奇心旺盛なヨウとチアキがこの講義に食いつかないはずもなく、渋るフィルをあの手この手でなだめすかしながら何とかここまで引きずってきたのであった。

「無理だ、オレは他に行く! みすみす単位を落とすことなんてねえっての!」

「まあまあ、今回も単位を取るのが厳しいとは限らないんだし」

「そうよ。前回を反省してわかりやすく講義してくれるかもしれないわ」

「お前らはそうやってオレを奈落へと突き落とそうとしてるんだろ! だまされねえぞ!」

 そんな風に三人でじゃれあっていると、講堂の入り口側がわずかにざわめいた。それに気づいたフィルが、少し驚いた顔をする。

「おい、あれって生徒会の副会長さんだよな? 入学式で見たぜ」

「副会長!? 本当、ミナヅキ副会長だわ!」

 意外にも、チアキが猛烈な勢いで食いついてそちらを振り向く。そのまま、うっとりした顔でつぶやく。

「あの黒髪、本当に綺麗な人よね……コホン、私の次くらいに」

「はっ、自信過剰も大概にしろよ。もう一度鏡をよく見ろっての」

「何ですって!?」

 二人が舌戦を繰り広げるのには構わず、ヨウは入り口の方へと目を向けた。副会長は友人二人と共に講堂へ入ってくる。

 彼女の登場に沸いているのは主に一年生であろう。たった一度の入学式のスピーチで、ここまで新入生の心をつかんでしまったのだからただ者ではない。

 だがしかし、それも当然かもしれない。何せミナヅキ副会長は昨年秋の生徒総会において、当時まだ一年生であったにもかかわらず、通例二年生から選任される副会長職に抜擢された人物なのだ。聞くところによれば、一年生が会長・副会長職に就いた例はわずかに三件しかないという。彼女がいかに優秀な生徒であるか、この一事からもうかがい知ることができよう。

 そのミナヅキ副会長と目があった。ヨウが微笑むと、彼女も桜が花開くような笑顔を返してくる。そして、迷うことなくそのまま彼の方へと近づいてきた。言い争いを続けていたフィルとチアキも、近づいてくる副会長たちの気配に気づく。

「え、ちょっと待って、どうして副会長がこっちに来てるのよ?」

「わかんねえ、でも明らかにこっちに来てるよな?」

 そんな二人を尻目にヨウが「やあ」と気軽に手を振ると、彼女も軽く手を振ってきた。仰天した二人が口々に叫ぶ。

「やあ、じゃねーよ! お前、副会長に何馴れ馴れしくしてんだよ!?」

「あなた、いくら何でも大胆過ぎるわよ! 相手は上級生で、しかも生徒会の副会長なのよ!?」

 そんな彼らの言葉を、ヨウは特に気にするでもなく聞き流す。軽やかな足取りで副会長がヨウの席まで来ると、立ち止まって彼の顔を覗きこんでくる。

 フィルとチアキがはらはらしながら事の成り行きを見守っていると、彼女の桜のような唇から、鈴の音にも似た綺麗な声がこぼれ出た。

「こんにちは、ヨウちゃん」

 ヨウも笑顔で応じる。

「君もこの講義を取るんだね、ノリコ」

 その言葉に、帝国精霊術師学院生徒会五十八代副会長、ノリコ・ミナヅキは笑顔でうなずいた。





「この講義を選ぶなんて、ヨウちゃんらしいね」

「それは僕のセリフだよ。しばらく見ない間に真面目に勉強するようになったみたいで安心したよ」

「いつまでもヨウちゃんに勉強を教えてもらうわけにもいきませんから。そちらはヨウちゃんのお友達?」

 いまだ事態を飲みこめていないフィルとチアキが、ノリコに見つめられて硬直する。二人は慌てて立ち上がると、口々に自己紹介を始めた。

「は、はい! フィル・フーバーって言います!」

「チ、チアキ・シキシマと申します! 副会長にお声がけいただき光栄です!」

 その様子に、ノリコが少し困ったような笑顔を見せる。

「フィル君とチアキさんね、こんにちは。ノリコ・ミナヅキです。二人とも、そんなに緊張しないでね? あたし、別に君たちを取って食べようってわけじゃないんだから」

 笑いながら言うノリコに、「よかったぁ~」とフィルが椅子にヘタリこむ。その姿につい吹き出してしまったヨウを、フィルがきつく睨んでくる。

 思わず笑いを引っこめるヨウの隣で、チアキがノリコへの質問を口にした。

「あの、一つ伺ってもよろしいですか? 副会長はその、ヨウとはどのようなご関係なんですか……?」

「ああ、あたしとヨウちゃんは幼なじみなの。普段はぼんやりしてるけど、ヨウちゃんってとってもいい人だから二人とも仲良くしてあげてね?」

「は、はい!」

「もちろんです!」

 二人そろってコクコクとうなずく。その様子に、ノリコは苦笑しながら言った。

「どうもちょっと驚かせちゃったみたい。ごめんなさいね、二人とも。ヨウちゃん、またそのうちお話しようね。皆さんもよろしければまたお話しましょう」

「と、とんでもない! 光栄です!」

「ボ、ボクもぜひお願いします!」

「ふふっ、ありがと。それじゃヨウちゃん、またね。皆さん、失礼します」

 そう言うと、ノリコは友人と共に後ろの方の席へと歩いていった。突然の嵐の襲来に、精根尽き果てたとばかりにフィルとチアキが机に突っ伏す。

「なるほど、あの子がノリコがいつも言ってるヨウちゃんかぁ」

「かわいい子じゃない。今度の休日は彼とデートするの?」

「も、もう。別にあたしたち、そんな関係じゃないよ~」

「え~、じゃあ私、狙っちゃおうかな~。結構好みだったし」

「えっ、ええ!?」

 あちらはあちらで大変そうだなあ。ノリコの後ろ姿に、ヨウがのん気に同情の眼差しを向ける。

 でもいったい、ノリコはいつも僕のどんな話をしてるんだろう。変に脚色されてなければいいんだけど……。

 そんなことを思っていると、自分を睨みつける二人の視線に気がついた。

「ちょっとあなた! 副会長が幼なじみなら、ちゃんと初めに言っておきなさいよ!」

「そうだそうだ! こっちにも心の準備ってモンがあるだろーが!」

「えええ? ああ、ごめん。でも別に僕の幼なじみの話なんて、話したってしょうがないでしょ?」

「幼なじみが副会長だってのが問題なんだよ! マジで心臓止まるかと思ったぞ!?」

「まったくよ! ヘラヘラ笑って『やあ』なんて声かけた時には、頭がどうかしてるのかと思ったわ!」

「そ、そんなに……? ごめん……」

 烈火のごとく怒る二人の集中砲火に、思わずたじたじになるヨウ。少しは溜飲を下げることができたのか、チアキが椅子に座り直す。

「ミナヅキ副会長と言えば、昨年の入試において全科目の実に八割でトップに立ち、記録的な成績で文句なしの首席合格を果たした上に、数十年ぶりに一年生で生徒会三役にまで就任してしまうほどの、十年、いや、二十年に一人の逸材なのよ。そんな人が、まさか我がライバルの幼なじみとはねぇ……。世間は狭いわ」

「そう言えばお前、さっき副会長が勉強教えてもらってたとか何とか言ってたけど、あれは何なんだ?」

「ああ、ノリコは昔から勉強がちょっと苦手だったんだよ。だから入試前も結構教えてあげてたんだ」

「はぁぁ!?」

 二人が異口同音に叫ぶ。

「あなた、何言ってるの!? 副会長は学科の総合も断トツでトップだったのよ!? その副会長に勉強教えてあげてたとか、あなたいったい何者なのよ!?」

「あー、でも確かにこいつの合計点って人間離れしてたよな……。チアキ、やっぱお前じゃヨウには勝てないって」

「何ですって!?」

「まあまあ、二人とも」

 仲裁に入ったヨウを、二人がジト目で睨む。

「ヨウ、もう隠してることはないでしょうね?」

「いや、別に隠してたわけじゃ……」

「後になってしれっと『実は僕たち、昔からつき合ってるんだ』とか言い出すなよ? 殴るぞ?」

「ちょっ!? ないから! それはないない!」

「さあ、どうだか……」

 それから講義が始まるまでの間、ヨウは二人からこってりと質問責めにあうのだった。




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