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一年遅れの精霊術士  作者: 因幡 縁
第一部
29/135

29 見回り




「よう、お前ら仕事は進んだか?」

 慌しい生徒会室のその一角。ヨウたち四人が仕事をしているその横から、野太い声がかけられる。

「あ、マサトさん」

「もう少しで一段落つきそうな所です」

「そうか、ちょうど良かった」

 そう言って笑うと、マサトがヨウの肩に手を乗せる。

「これから見回りに行くんだ。お前らもついてこい」

「見回りですか?」

「前も言ったろう? この学院は結構揉め事も多いんだ。そのうちお前らにもやってもらわないとならないからな。全員じゃ多いから、ヨウとチアキ、とりあえずお前らが来い」

「わかりました、今区切りつけますからもう少し待ってもらっていいですか?」

「ああ、なるべく早く頼むぜ」

 近くの椅子にマサトが腰かけ、ヨウとチアキもフィルとスミレに仕事を引き継ぎながら作業の手を早める。

 間もなくヨウたちが仕事に一区切りつけると、待ちくたびれたとばかりにマサトが立ち上がった。

「お待たせしました」

「よし、それじゃ行くか。何、ちょっくら校舎を一周してくるだけだ。すぐ戻ってくるさ」

「そう言うわけだから、仕事の方お願い。フィル、サボるんじゃないわよ?」

「サボんねえよ! どんだけ信用してねえんだよ、オレの事!」

「はっはっは、お前らホント仲いいな! よし、じゃあ行くぞ!」

「みんな、いってらっしゃーい」

 部屋を出るヨウたちに向かい、ノリコたちか送り出しの声をかけてくれる。その声に笑顔で応えながら、ヨウはマサトの後に従った。






 見回りと言っても、特に強制力をもって立ち入り調査に入ったりするわけではない。廊下を歩いて大きな騒ぎが起きていないかを確認するのが基本となる。

 まず西棟を三階から順に下りていき、次に南棟を一階から上がっていく。最後に東棟を回るわけであるが、揉め事は部室が集中し生徒間の摩擦も起こりがちな南棟で発生する事が多かった。

 西棟を一通り見て回り、ヨウたちは南棟の一階へと入っていく。職員室など教員向けの部屋が集まる西棟の一階とは打って変わり、南棟は部活動の熱気が部室から廊下にまであふれ出ている。

「何と言うか、こっちの建物に来ると途端に雰囲気が変わるわね……」

 木刀であろうか、剣術部の部室から壁越しに響いてくる激突音を耳にしながら、チアキがヨウに話しかける。

「そうだね、西棟とは大違いだ」

「あっはは、そりゃそうだろうよ」

 部活中で人通りもさほど多くない廊下をのっしのっしと歩きながら、マサトが二人に笑いかける。

「特に一階は体育会系の激しい部活が多いからな。剣術部に弓術部、ほら、中でもそこなんかは凄い音が鳴るぜ」

「そこって何……きゃぁっ!」

「うわぁっ!」

 マサトが言ったそばから廊下まで響いてきた落雷のような轟音に、チアキが思わず悲鳴を上げる。その音に驚いたのとチアキに抱きつかれたのとで、ヨウもつい大きな声を上げてしまった。

「な? 凄いだろ、射撃部の音。あれでもいろいろと防音には気をつけているらしいぜ、あの部屋」

 それから少し意味深な笑みを浮かべて言う。

「それより、もうそろそろ離れたらどうだ? 恐かったのはわかるがよ」

「え? あ、ご、ごめんなさい!」

「ううん、こちらこそ!」

 言われて、ヨウの肩に抱きついていたチアキが弾かれたかのようにヨウから離れる。その様子に、マサトが目を細めながら笑う。

「安心しろ、今の事はノリコには言わないでおいてやるよ」

「ちょっ、ノリコは別に関係ないでしょう!」

「いきなり何を言い出すんですか、先輩!」

 うろたえる二人には取り合わず、いいって事よ、などとよくわからない事を言いながらマサトが先を行く。やれやれと思いながら、ヨウたちもその後に続く。




 騒音が絶えない南棟一階の廊下の見回りを終え、ヨウたちは階段を上って二階へと向かう。やはり人通りのまばらな廊下を歩きながら、マサトが二人に説明を始める。

「二階と三階は文化系寄りの部活が多いんだ。二階には、精霊術研究部みたいな大所帯の部活が入ってる。ほら、あれだ。部室も大きいだろ?」

「本当、一階の部活と遜色ないんですね。あれって精霊術の授業でも使ってる部屋ですよね? 私もこの教室の授業いくつか取ってます」

「そうだな。今の部屋にしても剣術部や射撃部の部室にしても、一階や二階の部屋は元々その科目専用の教室として作られているから、お前らも授業で使ってるかもしれんな。で、弱小部活動は三階や東棟へと追いやられるわけだ。もちろん部屋も専用のものじゃなくて、小さい講義室がほとんどだ」

「部活動もいろいろ大変なんですね……」

 二階は精霊術研究部をはじめ、戦術研究部、新聞部、文芸部に料理部などヨウのクラスでも入部希望者の多い部活が集まっている。文芸部や料理部は女子の比率が高いとあって、女子生徒やそれ目当ての男子生徒の入部者が多いんだとマサトが付け加える。

「料理部かあ。なんだか楽しそうだね。僕もやってみたいなあ」

「あなた、何言い出すのよ。まさかとは思うけど、今の話を真に受けたんじゃないでしょうね?」

「違う違う。僕、料理は結構好きなんだよ」

「へえ、意外だな。チアキはどうなんだ?」

「へっ!? い、いや、別にどうだっていいじゃないですか、そんな事!」

 チアキが強引に話題を打ち切る。もしかして、チアキは料理が苦手なのだろうか。確かめてみようとして、ヨウは口から出かかった声を慌てて飲み込む。チアキが眉間にシワを寄せてこちらを睨んでいたからだ。とても聞ける雰囲気ではない。

 マサトも何か危険なものを感じ取ったのか、黙って料理部の部室を通り過ぎる。そのまま突き当りまで進み、三階への階段を上って廊下へ出ると、ここも廊下に人通りはほとんどない。それだけではなく、部活動の熱気や活気も一階や二階に比べると格段に乏しく感じられた。

「何だか、ずい分静かですね……」

「まあ、この階の部活はほとんどが部員十人以下、メンバーが四、五人もいればいい方って部活ばっかりだからな。今も勧誘で部室を空けてる所は結構あるんじゃないか?」

「本当に大変なんですね……」

 哀愁すら漂う三階の空気に、ヨウも気持ちが引きずられる。見ればチアキも、先ほどまでの怒気が霧散したかのように少し寂しげな表情をしている。そんな二人を見て、マサトがやれやれとため息をつく。


 と、廊下の向こうで一人の生徒が部室へと入っていくのが見えた。一拍置いて、部屋の中から怒号にも似た歓声が沸き上がる。こちらまで聞こえてくるその声に、我に返ったかのようにヨウとチアキが顔を見合わせる。

「い、今のは一体……?」

「さ、さあ……」

「ああ、ありゃきっと新入部員だな」

 不思議そうに首をかしげる二人に、マサトが一言つぶやく。

「新入部員、ですか?」

「ああ。きっと見学に来たから大喜びしてるんだろうさ。マイナー部活にとってはたった一人の新入部員が何ものにもかえがたい宝だからな」

 それを聞いて、ヨウとチアキの顔が喜びに満たされる。

「よ、よかった! 見学に来てくれてよかったね!」

「ええ、ええ! このまま入ってくれればいいわね!」

「何部だろう? 今の人も、入ってくれれば僕たちの所に名簿が届くよ!」

「そうね! 私、さっきは何気なく仕事してたけど、これからはマイナー部活を応援するわ!」

「おーい、お二人さーん。そろそろ帰ってきてくれないかー?」

 哀愁漂う場の空気に感化されたのか、名も知らぬその部活にすっかり共感するヨウとチアキ。呆れたようにマサトが声をかける。

「あ、すいません、つい……」

「なぜか我が事のように嬉しくなっちゃって……」

「まあ、気持ちはわからんでもないがな。ほら、行くぞ」

 マサトの声に、気を取り直して三階の見回りを始めようとする。


 その時、廊下の奥の方から大きな物音が聞こえてきた。何事かと注意をそちらの方へ向ける。

 と、奥の部屋から女子生徒が悲鳴を上げて飛び出してくるのが三人の目に映った。そのまま壁を背に座りこむと、錯乱したかのように首を左右に振りながら絶叫する。尋常ではないその様子に、三人の間に緊張が走る。

 ただならぬ叫び声に、何事かと周りの部室から生徒たちが顔を出す。先ほどまであれほど静かだった廊下が、途端にざわめき出す。

「お前ら、行くぞ!」

「はい!」

 マサトのかけ声に、二人も声をそろえて廊下を駆け出した。




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