27 生徒会
教室二つ分ほどの広さがある生徒会室。今、その生徒会室には、生徒会役員及び補佐が勢ぞろいしていた。合わせて二十名の上級生たちは、椅子に座り並ぶ新入生たちの両脇にずらりと立ち並んでいた。
ヨウはチアキとカナメに挟まれる形で座っている。チアキの隣にはもう一人の新入生が座っている。まだ話していないが、どんな生徒なのだろう。
と、四人の前に、まずタイキ・オオクマ生徒会長とノリコ・ミナヅキ副会長が進み出る。
「新入生諸君、生徒会へようこそ。我々は、皆さんを心から歓迎します」
柔らかに微笑みながら、タイキが四人に語りかける。その言葉が偽りではない事は、自分たちに向けられる優しい眼差しからうかがい知ることができた。
「ごらんの通り、生徒会は結構な大所帯ですので、まだ知らない先輩も多いでしょう。そこで、まずは我々の自己紹介をしたいと思います。それでは最初に、三年の役員は前へ」
会長の声に、両脇の列から男子生徒が三人前に出る。いずれももうヨウにはおなじみの顔だ。彼らと交代するようにノリコが右側の列へと下がる。先陣を切るように、タイキが一歩前へ出た。
「それでは、まず僕から。生徒会長を務めるタイキ・オオクマです。さすがに僕の事を憶えてもらわないと仕事にならないので、皆さん死ぬ気で憶えて下さい」
茶目っ気のある言葉にヨウが思わず吹き出すと、隣のカナメもくすりと笑う。それにつられるように、チアキがうつむき肩を震わせる。「ちょっと、やめてよ」と横目で訴えながら、ヨウをひじで小突いてきた。その様子に満足したのか、タイキが後ろに下がる。
続いて眼鏡の男子が前に出る。生徒会会計のヒサシ・イトウだ。基本的に頭脳労働を担当し、各委員会・部活動への予算配分案の作成をはじめとして、実務レベルで絶大な権限を持つ。理屈っぽい男である事は、ヨウも面接の時にいやというほど思い知らされていた。
その後、マサト・ヤマガタ、カツヤ・マエジマが手短に自己紹介をすませる。いずれもいかにも武闘派といった風情であるが、マサトは生徒指導担当、マエジマは意外にも渉外担当なのだそうだ。何でも本人いわく、自分のような強面で融通の利かなそうなタイプは交渉において有利なのだそうだが、実際の所ははたしてどうなのであろうか。
三年の役員の自己紹介が終わり、その補佐たちが前に出る。さすがに八人もいると、ヨウも顔と名前を一致させるのが精一杯だ。これから共に仕事をする過程で少しずつ人となりを知る事にしようとひとまず割り切って考える。
続いてノリコたち二年の役員が前に立ち、自己紹介を始める。書記を務めるイヨ・タチカワ、会計補のイッペイ・キノシタ、そして生徒指導チームのショウタ・ヨシダが、次々に名前と役職を述べていく。
最後に、二年の補佐が前に出た。二年生は三年生同様自分の補佐を二人任命できるが、二人目の補佐は二年に進級後任命できる事になっているので、まだそれぞれ一人しか補佐がいないのである。前に出た四人の補佐の中には、もちろんノリコの補佐のアキホ・ツツミもいる。そのアキホが最後に自己紹介を終えた所で、再びタイキとノリコが前に出てきた。
「以上が生徒会のメンバーになります。今いきなり全員を憶えるのは大変かもしれませんが、これから徐々に憶えていってもらえればと思います。大丈夫です、僕も初めは全然憶えられませんでしたから」
タイキの冗談に、周りの上級生たちの間から笑い声が漏れる。きっと彼らもそうだったのだろう。つられてヨウたちも笑い出した。
新入生たちの緊張も大分ほぐれてきた所で、ノリコが口を開いた。
「それでは、皆さんにも一人ずつ自己紹介をお願いしたいと思います。そちら側から……カナメ君、いいですか?」
「は、はい」
ノリコにうながされ、カナメが前に出る。一番手だからか、せっかくほぐれた緊張が再び戻ってきてしまったようだ。
「一年B組のカナメ・イワサキです。えっと……火の精霊と契約しています。生徒会に入れて嬉しいです。これからよろしくお願いします」
「カナメ君は、一年生にしてすでにグロウサラマンダーと契約しています。あたしが試験しましたが、精霊力の高さでは今年ピカイチです。なお、入試の成績は五番で、今年の新役員の中ではトップです」
固い表情でおじぎをするカナメの横で、ノリコが補足説明をする。両脇の先輩たちから、ちらほらと驚きの声が上がった。上級生全員が新入生の力を把握しているわけではないようだ。
隣では、チアキが少し悔しそうな目でカナメを見上げている。負けず嫌いの彼女の事だ、きっと成績が自分より上だった事が悔しいのだろう。ノリコの補足説明に照れくさそうに顔を赤くして、カナメが席へと戻る。
ノリコと目が合って、ヨウはうなずくと席から立ち上がった。前に出て、意外と先輩方の視線が熱い事に気づく。上級生が二十人もいるという事も相まって、若干の緊張がヨウの体を走る。
「一年C組のヨウ・マサムラです。昨年も学院を受験しましたが、その時は落ちてしまいました。精霊力はからっきしなんですが、ありがたい事に学院にも生徒会にも認めていただく事ができました。これからよろしくお願いします」
「皆さんご存知の通り、あたしの幼なじみです。本人はこんな事を言ってますが、あたしが常々言っているように、ヨウちゃんの実力はそんなものじゃなくて……」
「ちょ、ちょっとノリコ!? 変な事言わないでよ! って言うか、『常々』ってどういう事!?」
ノリコの補足説明に、ヨウが慌てて物申す。そんな二人のやりとりに、周りからも笑いが湧き上がった。見れば、こういう事にうるさいはずのチアキまでもが腹を抱えて笑っている。
なかなか収まらない笑いに困り果てて、ヨウがその場で立ち尽くしていると、今度は彼から見て右側の列から声が飛んだ。
「お前らも知っての通り、そいつこそが俺の輝かしい生徒会ライフにたっぷりと泥を塗りたくってくれた張本人だ。おかげで俺は実技試験で箱を壊された四人目の間抜けとして、未来永劫生徒会の歴史に名を刻む事になっちまった」
その言葉に、部屋が爆笑で満たされる。声の方を見れば、そこには参ったと肩をすくめるカツヤ・マエジマの姿があった。ヨウが恨めしそうな視線をカツヤに向ける。
「先輩、それはもう許して下さいよ……」
「ははは! すまんすまん、お前とノリコのやりとりを見ていたら、つい、な」
そう言いながら、隣に立つマサトと笑い合う。皆がひとしきり笑い終えた後、ヨウはようやく席へと戻る事ができた。
「次はチアキさん、いいかな?」
「はっ、はい!」
笑い過ぎて目尻に涙を溜めながら、両手でそれを拭いていたチアキが、ノリコの声に慌てて返事をする。椅子をガタガタと言わせながら、危なっかしい足取りでチアキが前に出る。
「一年C組、チアキ・シキシマです。ミネギシの方の出身で、地の精霊と契約しています。生徒会に入る事が私の夢でした。どうぞよろしくお願いいたします!」
「チアキさんは入試七番という立派な成績で入学しています。学科は四番、とっても頭がいいです」
ノリコの説明に、チアキが耳まで真っ赤に染めてうつむく。頭から湯気を上げそうな勢いのチアキに、さっき笑われた仕返しとばかりにヨウが追い打ちをかける。
「そう言えば、チアキの憧れの人はミナヅキ副会長なんだよね」
「えっ、あたし?」
「ヨッ、ヨウ――――!?」
驚いたノリコが、一瞬ぽかんとする。チアキがヨウをぎろりと睨むが、憧れの人を本人の目の前で暴露された事に、ますます顔を紅潮させる。ありがとうと微笑むノリコにぎこちなくうなずくと、ヨウに向かって反撃する。
「そう言えば、学科一位はヨウだったわね? 副会長のおっしゃる通り、あなたったら本当に何でもできるわよね」
「な、何? それは別に関係ないでしょ!?」
その様子に、再び生徒会室が笑いに包まれる。先輩たちからも、遠慮のない声が飛んできた。
「よっ、息がぴったりだな!」
「お似合いだぜ、お二人さん!」
そんな冷やかしの声に、二人が赤面する。
「ノリコ、お前ももたもたしてるとチアキにヨウを取られちまうぞ!」
「なっ、何でそこであたしが出てくるんですか!?」
マサトの声にノリコが慌てふためき、周りが大爆笑する。やがて笑いが収まりノリコが落ち着きを取り戻すと、ごめんね、とチアキに謝りながら席に戻るよう勧めた。
「えー、ゴホン……。さて、それでは最後にアキヒコ君、お願いします」
そう言われ、チアキの隣の男子生徒が立ち上がる。前に出ると、抑揚に乏しい声で自己紹介を始めた。
「一年D組、アキヒコ・セリザワです。精霊は、火です。よろしくお願いします」
「アキヒコ君は手先が器用で、精霊術の扱い方もとても器用です。ですよね? 会長」
「うん。あんなに正確に精霊術を制御できるというのは珍しいよ」
ノリコの言葉に、タイキが答える。多分実技試験はタイキがアキヒコを担当したのだろう。
「入試成績は十番で、やっぱり器用さに関係する科目の成績がいいみたいです。生徒会としても、こういう人材は大歓迎です!」
ノリコの賛辞にも特に反応を示す事なく、どうもと頭を下げると席へと戻ってきた。少し変わったというか、個性的なタイプのようだ。
「以上、新役員の皆さんでした。皆さん、盛大な拍手を!」
ノリコの声に、上級生たちが歓迎と祝福の拍手をヨウたちに送る。その暖かい拍手に、ヨウもまた、生徒会の一員となった自覚と喜びを感じていた。
全員の自己紹介が終わると、生徒会室奥の接待用スペースに移動してソファに座り、タイキとノリコがこれからの生徒会の活動内容や活動時間などを説明していく。補佐については、候補を選び次第生徒会に連れて来るようにとの事だ。向こう側ではでは先輩たちが、何やら慌しく椅子やら何やらを動かしているようだった。
一通り連絡が終わり、ヨウたちがソファから立ち上がると、向こう側ではつなぎ合わせたテーブルの上にすでに飲み物や食べ物が揃えられ、ちょっとしたパーティーの準備が整っていた。セッティングを仕切っていたらしいマサトが、ヨウたちに向かって笑いかける。
「おう、お前たち、終わったか。早くこっち来い。歓迎会を始めるぜ」
野太い声にうながされ、テーブルの空いている席に着く。皆思い思いの飲み物を手に取ると、マサトの音頭で乾杯の掛け声が上がった。全員がコップを高々と掲げ、中身を一気に飲み干す。
楽しい一時は、日が沈むまで続いた。
いよいよメインキャラも出そろってきた所で、一つ宣伝です。
現在私が投稿中の『職業『詩人』なんですが、どうやって戦えと? ~新章~』という作品が第二部の佳境に差しかかっています。本作よりかなりコメディタッチな成り上がり系の作品ですが、本作の登場人物たちのやりとりが好きと言う方には楽しんでもらえると思います。よければぜひ一度のぞいて見て下さい。




