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一年遅れの精霊術士  作者: 因幡 縁
第一部
26/135

26 入会




 入学式からすでに半月が過ぎ、放課後の学院は独特の浮ついた空気に支配されつつある。部活動の勧誘が本格的に始まり、仮入部する新入生の数も徐々に増えている。新たな仲間を迎えての部活動に、どこも新たな人間関係の構築でてんてこ舞いの様子だ。

 そんな生徒たちの熱気にあふれる廊下を、ヨウとチアキは生徒会室目指し並んで歩いていた。今日は生徒会が新たなメンバーを加える最初の日である。緊張気味のチアキに、ヨウが声をかける。

「いよいよだね、チアキ」

「ええ、そうね」

 言葉少なに返答する。振り向くどころか視線すら動かさない。そんな様子からも、彼女の余裕のなさが容易に見て取れた。

 こういう時のチアキは思わぬミスをする事が多い。入学してからの短い間に、ヨウはその事をすでに学んでいた。それとなく緊張をほぐしてあげたい所だが、いかんせん話を聞いてもらえない。チアキは生徒会、中でもノリコに強い憧れを抱いているようだし、このままだと生徒会メンバー入りの高揚感も相まって思わず舞い上がってしまうかもしれない。打開策が見つからないまま、少しずつ生徒会室までの距離が縮まっていく。

 西棟の三階を、奥へと進んで行く。やがて、重厚なつくりをした生徒会室の扉が見えてきた。緊張からか、チアキの歩くペースが乱れてくる。

「ヨ、ヨウ……」

「うん?」

 不意にチアキが足を止め、ヨウの顔を見上げてきた。その顔には、心細さがありありとにじみ出ている。その不安げな瞳を見つめながら、ヨウは次の言葉を待つ。

「私、本当に生徒会にふさわしい生徒かしら……? 先輩方はみんな立派な人たちだし、私、本当に生徒会でやっていけるかどうか……」

「いつものチアキらしくないね」

 努めて冷静に、ヨウガチアキの目を見返す。自分に自信を持っているチアキの事だ。それゆえに、自分以上の力の持ち主ばかりが集まる場ではその自信が揺らぐのかもしれない。

「その立派な先輩方に、チアキは認められたって事じゃないか。先輩も言ってただろ? 生徒会にふさわしいかどうかを決めるのは僕らじゃなく先輩方だって。そんな事言ってたら、この前の僕みたいに怒られちゃうよ?」

「ヨウ……」

 しばらくヨウの顔をじっと見つめていたチアキは、何か憑き物が落ちたかのように唐突に体を弛緩させた。次の瞬間、その顔に強気な笑顔が浮かぶ。

「それもそうね、私とした事が弱気だったわ。私は生徒会に選ばれたのよね」

「そうそう、その調子。チアキはいつもみたいにおっかない顔で胸を張っていた方がいいよ」

「ちょっとヨウ、今あなた聞き捨てならない事を言わなかったかしら?」

「い、言ってないよ。ほら、早く部屋に行こう?」

 チアキがいつもの調子に戻った事に安堵しながら、逃げ出すようにヨウが生徒会室へと向かう。その背中に投げかけられた「ありがとう」の言葉は、はたして彼に聞こえていたかどうか。







「失礼します」

 挨拶と共にヨウが生徒会室の扉を開くと、部屋の中の視線がヨウとチアキに集中した。直後、歓迎の拍手が部屋中に鳴り響く。「おお、来た来た」と言いながら、大柄な生徒が笑顔でこちらに向かってきた。三年生のマサト・ヤマガタだ。

「よお、二人ともおめでとさん。お前らなら大丈夫だと思ってたぜ」

「よく言いますよ、私の事あれだけこてんぱんにしておいて」

「はははは! そう言うなよ! お前さんの戦闘センスは大したもんだったぜ?」

 そう言えば、チアキはこのマサトが実技試験の相手だと言っていた。余程悔しかったのだろう、口を尖らせてマサトを見上げている。もっとも、これだけ威勢が良いのならばもう心配はいらないかもしれない。

 そんな事を思いながら二人を見つめていると、奥の方から鈴のような声が聞こえてきた。

「ヨウちゃん、チアキさん、いらっしゃい」

 手を振りながらやってくるノリコ・ミナヅキ副会長に、ヨウもにこやかに手を振り返す。ぶすっとマサトを見上げていたチアキも、ノリコの声に気がつくと途端に直立不動で正対する。

 二人の所まで来ると、ノリコは桜が花開くかのような笑顔を二人に向ける。その隣の女子生徒に、ヨウたちは見覚えがあった。

「あれ? あなたは講義でノリコと一緒の……」

「こんにちは、ヨウ君、チアキちゃん。実は私、ノリコの補佐パートナーやってるんだ。アキホ・ツツミだよ。よろしくね」

 そう言って、アキホがウィンクしてくる。少し浅黒い肌が健康的な、活動的な印象の少女だ。ヨウが挨拶を返す。

「こちらこそよろしくお願いします、先輩」

 丁寧な挨拶に、思わずアキホが笑い出す。

「先輩って、ヨウ君は私たちと同い年でしょ? 何でそんなに堅苦しいの?」

「いえ、年次も上ですし、生徒会の先輩ですから」

「あっはは! やっぱりヨウ君、かわいいー!」

 おもむろにノリコに振り向くと、意地の悪そうな笑みを浮かべて耳元にささやく。

「私、やっぱりヨウ君狙っちゃおうかなー。かわいいし」

「ええっ!?」

「ちょっと、慌てすぎだって。ノリコはすぐ態度に出るんだから」

「そ、そんなんじゃないから」

 何を話しているのかと訝しむヨウに、ノリコがあいまいな笑みを向ける。女の子同士の話を盗み聞きするのもよくないな、と視線をずらすと、見覚えのある顔と目が合った。

「カナメ君」

「ヨウ君、合格発表のお昼ぶりだね」

 さわやかな笑みを浮かべながら、ヨウたちと同じ新生徒会役員のカナメ・イワサキが歩み寄ってくる。比較的小柄なその背は、こうして近くで見ると女性としては長身のチアキとさほど変わらない。

「カナメ君、改めて紹介するよ。クラスメイトのチアキ。少しおっかないけど、根はいい子だよ」

「ヨウ、余計な事を言わないでくれる? チアキ・シキシマよ。よろしくね」

「カナメ・イワサキです、よろしく。これから一緒にがんばろうね」

「ええ、こちらこそ」

 穏やかに挨拶を交わす。もっと友達の事を知ってもらおうと、ヨウはやや興奮気味にチアキに話しかける。

「カナメ君は凄いんだよ。実技試験でも、それはもう凄かったんだから」

「……ヨウにしては、まるで要領を得ない説明ね」

「そんな事ないよ。ねえ、ノリ……副会長」

「副会長はここでは禁止って言ったでしょ? ヨウちゃん」

 少し頬を膨らませながら、ヨウの声にノリコがこちらへとやってくる。

「でも、カナメ君は文句なしに凄かったよ。精霊力の高さは今年の新入生の中でも屈指じゃないかな」

「そんな事はありませんよ、副会長」

「謙遜は無用だよ。君を試験したあたしが言うんだから。グロウサラマンダーや『炎熱の放射撃ファイア・ブラスト』なんて、二年生でも扱える生徒はほとんどいないんじゃないかな?」

「グ、グロウサラマンダーに『炎熱の放射撃ファイア・ブラスト』!?」

 チアキが驚きに目を丸くする。そうか、初めからその話をすれば良かったのか、とヨウが密かに反省する。すっかり話に食いついたチアキがカナメとノリコからあれこれ聞き出していると、扉を開けてタイキ・オオクマ生徒会長が入室してきた。

「どうやら全員そろったようだね。それでは入会式を始めるとしよう」

 その声に、再び生徒会室は慌しさを増していった。




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