23 祝福
生徒の数が、ずい分と少なくなった気がする。講堂に入ったヨウは、まばらな人影を見て思った。
先週からテラダ教授の講義が本格的に始まったが、初回のガイダンスとは比較にならないその講義の難解さに、早くもついていけない生徒が続出しているようである。無論、フィルも完全に力尽きて他の講義に移ってしまった。
隣では、チアキが何やらそわそわしている。ノリコがいないかと気にしているのだろう。前回はフィルとチアキたっての希望でノリコを席に招いたが、その時は憧れの人を前に緊張で気の毒なほど震えていた。
そのノリコは、どうやらまだ講堂には来ていないようだ。いつものように、講堂の中ほどあたりに席を取る。
「本当、人が減ったわね」
室内を見回しながらチアキが言う。それも致し方ないように思う。あの講義は学院の入試レベルを遥かに超えていた。精霊力が足りなかったヨウは、力を高めるために精霊術について深く学んでいたから良いものの、そうではない生徒たちにとっては何を話しているのか理解不能だったかもしれない。
「みんな、だらしないわね」
チアキがやや呆れたような顔で言う。
「このくらいで音を上げちゃうなんて、ちょっと勉強が足りないんじゃないかしら」
「あはは、仕方ないよ。みんながチアキみたいに勉強ができるわけじゃないんだから、それは少し酷ってものじゃないかな」
「……あなたがそれを言うと、嫌味以外の何ものでもないわね」
「えええ?」
口を尖らせるチアキに、ヨウが困った顔で肩をすくめる。そんな調子でチアキに責められていると、
「二人とも、仲がいいね」
不意に声をかけられた。
「なっ……!? そんなんじゃ……」
声の主を睨みつけようと勢いよく振り返ったチアキが、そのまま生ける石像と化した。
「こんにちは、ヨウちゃん、チアキさん」
「ミ……ミナヅキ副会長……!」
「こんにちは、ノリコ」
いつの間にか、そこにはノリコが友人と共に柔和な笑顔を浮かべながら立っていた。予想外の出来事だったのだろう、チアキの額から一筋の汗がこぼれ落ちる。
「二人とも、選考試験合格おめでとう。これからは一緒にがんばろうね」
「は、はい! ありがとうございます!」
「ありがとう。入るからにはがんばるよ」
やや声を上ずらせながらチアキが返事する。ノリコが少し不思議そうな顔をしていると、彼女の友人たちも口々にしゃべりだした。
「え? こっちの子も合格したの? 凄いわね!」
「へえ、この子がね。可愛い子じゃない。良かったね、ノリコ」
先輩たちの言葉に、チアキが顔を赤くする。
「それじゃ私たちは先に席取ってるわね」
「うん、ありがとう」
「ヨウ君と、どうぞごゆっくり~」
「も、もう!」
ノリコの抗議を聞き流し、黄色い声で笑いながら二人は後ろの席へと向かう。前回あまりにチアキが緊張していたので、気を遣って再び後ろに席を取る事にしたのだろう。
チアキの隣に腰かけると、ノリコはチアキに笑いかけた。
「マサト先輩が言ってたよ。実技試験、精霊力の制御といい戦闘センスといい素晴らしかったって」
「そ、そんな、とんでもないです……!」
耳まで赤く染めるチアキ。
「そんなに謙遜しなくてもいいんだよ。マサト先輩はお世辞を言うような人じゃないんだから」
「そうそう、もっと自信満々じゃないと。いつものチアキらしくないよ?」
「ヨウ! あなたは余計な事言わないでよ!」
「え!? ご、ごめん……」
思わぬ怒声に、思わずヨウが首をすくめる。何か気に障るような事を言っただろうか。首をかしげるヨウに、ノリコが思わず吹き出す。
「あははは、あいかわらずだね、ヨウちゃんは」
「な、何が?」
「ううん、何でも。でも、ヨウちゃんが受かってくれて本当に良かったよ」
「うん、自分でもびっくりだよ」
「またまたぁ」
一つ苦笑すると、ノリコはヨウから視線をはずしてまだ誰もいない教壇の方を向いた。
「最初はあたしの補佐に任命するつもりだったんだ、ヨウちゃんは」
「え、そうなの?」
「実技試験で魔法を使っていいのかわからなかったんだもん。もっとも、ヨウちゃんなら魔法なしでも受かってそうだけど」
「あはは、それはさすがにないない」
「どうだろうね? でも無事合格してくれた事だし、あたしも補佐の子を探さないとね」
「ノリコの補佐となると、相当優秀じゃないと務まらないね」
「もう、あたしがそんなに理不尽な事ばっかり言う先輩に見える?」
「違う違う、そういう意味じゃないよ」
少し慌てて釈明するヨウにいたずらっぽく笑いかけると、ノリコは思い出したかのように言った。
「そう言えば、二人とももう補佐を誰にするかは決めた? ……って、ヨウちゃんはまだだよね」
「ああ、僕はフィル……この前僕たちと一緒にいた彼を補佐にしようと思ってるよ」
「ああ、あの子? いいんじゃないかな」
「えええ!? あの、本当にフィルでもいいんですか?」
「もちろん。だって、ヨウちゃんが認めた子なんでしょ? だったら問題ないよ。あ、もちろん生徒会で面接はするけどね」
「は、はあ……」
本当に大丈夫なのだろうかと、心配そうな顔をするチアキ。
「そういうチアキさんは、補佐のあてはあるのかな?」
「あ、はい。ええと……スミレ、友達に頼んであります」
「そうなんだ! きっといい子なんだろうね」
「は、はい、それは自信を持って保証できます!」
少し誇らしそうに、チアキが胸を張って答える。
「ふふっ、そういうチアキさんもいい子だね」
「え、ええっ!? いえ、その、私は……」
「そうだね、チアキはとってもいい子だよ」
「ちょっ、ヨ、ヨウ!?」
ノリコの方を向いていたチアキが、もの凄い勢いでこちらを向いたかと思うと、じろりと一睨みしてくる。そんなチアキに微笑むと、ノリコはすっと立ち上がる。
「その子たちにも近いうちに会えるんだね。それじゃ二人とも、今度の生徒会、楽しみにしてるね」
「うん、それじゃまたね」
「よ、よろしくお願いします」
颯爽と立ち去って行くノリコ。その後ろ姿を見つめながら、チアキがため息を一つつく。
「はぁ……」
「どうしたの? チアキ」
「やっぱり素敵よね、ミナヅキ副会長……」
うっとりとした顔でチアキがつぶやく。
「本当に憧れてるんだね、ノリコに」
「そ、そんなの当たり前でしょ……悪い?」
「ううん、全然。今度の生徒会が楽しみだね」
「そうね。あ、テラダ教授が来たわよ」
チアキの声に前方を見たヨウの瞳に、長身の男が教壇へと歩いていく姿が映る。筆記用具を準備しながら、今日もまた難しい話なのだろうかと、ヨウはこれから始まる講義と言う名の戦いに向けて気を引き締めるのだった。