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一年遅れの精霊術士  作者: 因幡 縁
第一部
22/135

22 チアキ




 ついに私も、生徒会の一員になれる。


 昼休みに生徒会選考試験合格を知り、チアキの心は高揚していた。友人の前ではっきりと明言した事こそないが、彼女は入学前から生徒会を夢見ていた。学院きってのエリートたちが集まり、その各々(おのおの)が生徒たちのために身を粉にして働く憧れの集団。中でも一年生にして副会長に就任したノリコ・ミナヅキは、同じ女性であるチアキにとっては理想の存在であると同時に目指すべき目標でもあった。

 昼食を終え、フィルとスミレにまた後でと声をかけると、チアキはヨウと共に午後の講義に向かった。例のテラダ教授の授業である。あまりの難解さにフィルが早々にドロップアウトしてしまったため、今日からは二人での受講になる。

 ヨウの隣に並びながら、チアキは徐々に緊張が高まっていくのを感じていた。次の講義にはあのミナヅキ副会長もいるのである。おそらく副会長は今日も自分たちの席へとやってくるだろう。祝いの言葉をヨウに伝えるために――そして、きっと自分にも声をかけてくれる。それを思うと、とても平静を保ってはいられない。

 チアキの様子に気づいたのか、ヨウが声をかけてきた。

「どうしたの? 何だか元気がないよ?」

「そ、そんな事ないわよ。ただ、ちょっと……」

「ちょっと?」

「副会長に会うのが恥ずかしいというか……」

「ああ、ノリコの事かぁ」

 合点がいったとばかりにヨウが笑う。

「チアキ、少しリラックスしなよ。別に取って食われるわけじゃないんだから」

「わ、わかってるわよ。仕方ないじゃない。ずっと憧れだったんだから。これからはその副会長と一緒に仕事ができるんだし」

「本当に入りかったんだね、生徒会」

「当然よ」

 緊張からか、やや声を震わせながら言うチアキ。

「そうだよね、合格発表であんなに泣くくらいだもん」

「ちょ、ちょっと! あれはもう忘れてよ!」

 慌てたチアキが、思わず大声を上げる。周りの生徒たちに何事かと視線を向けられ、失礼しましたと軽く頭を下げると、恨めしそうにヨウを睨む。

「もう、あなた、わざと言ってるでしょう?」

「そんなつもりはないんだけどな。でも、チアキにとっては学院に合格した時くらい嬉しかったのかなぁって思って」

「はぁ? そんなの比較にもならないわよ」

 呆れた、といった顔で、チアキがヨウを見つめる。この少年は、今さら何を言い出すのかと思ったら。

「学院に合格するなんて、そんなの当然の事だもの。こう見えて私、生徒会に入るためにこっそり特訓までしてたんだから」

「そっか、チアキはやっぱり凄いんだね」

 そう言いながら笑うヨウに、チアキが眉を少し上げる。

「凄いんだね、じゃないわよ。私がそれだけがんばったって言うのに、ヨウったら事もなげに合格しちゃうんだから……。あなた、生徒会に合格して嬉しくないの?」

 やや刺々しい口調に、ヨウが若干たじたじになりながら答える。

「もちろん嬉しいよ。チアキはそう言うけど、僕は正直受かるとは思ってなかったしね。ノリコのそばでお手伝いできるのも嬉しいし、それに……」

 ノリコの名に、チアキが自分でも無意識のうちに少し頬を膨らませる。それには気づかずに、ヨウが続ける。

「何と言っても、僕にとってはまず学院に合格できた事が何よりも嬉しかったからね。こうしてチアキたちに会えたのも、生徒会に入る事ができたのも、全てはそこから始まっているもの」

「なるほど、ヨウらしいわね……」

 相変わらずねとチアキはヨウに笑いかけようとしたが、直後慌てて顔をそむけ、下を向いたまま口を閉ざす。どうかした? とヨウが声をかけるが、それもチアキの耳には届かない。


 自分は今、何を口走った? チアキは全身から冷や汗を流していた。それは身体に留まらず、心の奥底までも容赦なく冷やしていく。

 生徒会に合格した事を歯牙にもかけない様子のヨウに、自分はついつっかかってしまった。自分の努力が否定されたような気がした、と言えば言い過ぎだが、何か釈然としないものがあったのは事実だ。ヨウの態度に、若干の苛立ちを覚えていた事は否定できない。

 だが、それはあくまでチアキの立場からの見方でしかない。ヨウがチアキと同じように選考試験の合格を喜ばなければならない道理などどこにもない。それに、彼は言っているではないか。ヨウにとっては、学院に合格できた事こそが何よりも嬉しかったのだ、と。

 その話はチアキも聞いていたはずだ。類稀なる才能を持ちながら、ただ精霊力だけが足りていないがために、一度は試験に失敗し翌年までの間ひたすら修行に励んでいたのだ。精霊力は、才能を持たない者がそう簡単に伸ばせるものではない。本当に精霊力が伸びるのか見通しすら全く立たない中、ただただ修行を続けるしかない状況では、不安も並大抵のものではなかったのではなかろうか。そんなヨウにとって、学院合格の報ほど嬉しい知らせはなかったであろう。

 そんなヨウに向かって、先ほど自分は何と言ったのか。チアキの脳裏に、後悔の二文字が重くのしかかる。

「学院に合格するなど当然の事」。それまでにヨウが積み上げてきたものを根底から覆し、その全てを否定するかのような言葉。たゆまぬ努力の末に合格を勝ち取った者に向かって、これほどに傲慢な物言いが他にあるだろうか。己のあまりの愚かさに、チアキの全身から血の気が引いていく。

 程なくして、彼女の体が小刻みに震え出した。それに気づいたヨウが、心配そうに声をかける。

「どうしたの、チアキ? 具合でも悪い?」

 顔を覗き込もうとしてくるヨウ。とてもではないが、彼に合わせる顔などない。震える声で、ようやくチアキは声をしぼり出す。

「ご……ごめん、なさい……!」

「ええっ!? ど、どうしたの、チアキ!?」

 今にも泣き出しそうな様子のチアキに、驚いたヨウが背中に手を当てようとして、慌ててその手を引っ込める。さすがに女の子の背中をさするのはためらわれたのだろう。何が起きたのかわからずうろたえるヨウに向かい、チアキが懸命に言葉を紡ぐ。

「私、あなたに……ひどい、事……!」

「ちょっとチアキ、まずは落ち着こうよ」

「うっ……ぐっ……」

 嗚咽にも似た声を漏らしながら、チアキは何とか涙がこぼれるのだけはこらえる。

「私……そんなつもりは、なかったの……。生徒会に入れるのが、嬉しいって、それを言いたくて……」

「うん、それはよくわかってるつもりだよ。チアキ、そのためにいっぱいがんばったんでしょ?」

「ええ、そうよ……。だからこそ、ヨウの努力をあざ笑うような発言をした自分が許せなくて……」

「えっ、ええ? そんな事、チアキ言った?」

「学院合格が当然だなんて、思い上がりにもほどがあるわ……。そのためにヨウがどれほどの努力をしたのか、私は知りもしないのに……。本当、私、最低……」

 あまりの申し訳なさに、下を向いたまま顔を上げられない。垂れた黒髪が自分の情けない顔を覆い隠してくれている事が、今のチアキにはせめてもの救いであった。気の毒なほどに顔から血の気が失せているチアキに、ヨウは優しく笑いかけた。

「なるほど、そういう事か……。ごめんねチアキ、僕の方こそ君に余計な気を遣わせちゃったね。僕にとっては学院の入試が特別であるように、チアキにとっては生徒会の選考が特別な事だったんだよね。僕も言動に配慮が足りなかったかもしれない」

「ち、違うの、私……!」

「大丈夫、僕は気にしてないし、第一チアキはひどい事なんて何も言ってないよ。君は入試にあたって万全の準備をしてきたからこそ『合格して当然』って言えるわけで、それは入試までの間に相応の努力をしてきたという事の証左でもある。僕はそれを素晴らしい事だと尊敬こそすれ、侮辱されただなんてこれっぽっちも思いはしないよ」

「ヨ、ヨウ……」

「むしろちょっと心外だな。僕がそんなに肝っ玉の小さい奴だと思う?」

 そう言って、チアキの顔を覗き込みながらいたずらっぽく笑う。その笑顔に、チアキはなぜか胸の動悸が速まるのを感じた。

「ありがとう……」

「え? どうしたの? 急にお礼なんて」

 小さく一言つぶやくと、チアキは踏ん切りをつけるかのように勢いよく顔を上げる。そこには、やや腫れぼったい以外はいつもと変わらぬチアキの顔があった。

「まったく、余計な気を回しちゃったわ。そうよね、あなたがそんな事を気にするような性質たちじゃないなんて、わかっていた事じゃない」

「よかった、元気が出たみたいだね」

「当然よ、さっきのは、その、ちょっとした気の迷いみたいなものよ」

「そうだね、僕もチアキのかわいい所が見られてよかったよ」

 その言葉に、チアキの頬が赤くなる。

「ちょっ、ヨウ! さっきのは忘れなさい! いい? 今すぐ、可及的速やかに忘れるのよ!」

「ええっ、どうして? せっかく普段とは違う一面が見れたのに……」

「いい? あなた、さっきの事絶対に他人に言っちゃダメよ! 絶対よ!」

 そのあまりの剣幕に驚いたのだろうか。逃げるように先を行くヨウを追いかけながら、チアキがその背中に向かって叫ぶ。幾分顔が、身体が火照っているような気がする。胸の動悸も心なしか速い。


 これはきっとあれよ、さっき半泣きしたのと、現在進行形でヨウにからかわれているからだわ。そう自分に言い聞かせながら、チアキはヨウの後を追って講堂へと向かった。




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