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一年遅れの精霊術士  作者: 因幡 縁
第一部
20/135

20 侮辱




「さて、それじゃあ私たちもそろそろ食堂へ行きましょうか」

「そうだね」

 人だかりも少しずつ散り始め、掲示板から少し離れた所にいたヨウたちも食事に向かおうとしていたその時。

「なっ、何でだよォォォ――――ッ!?」

 一際大きな叫び声に、思わずヨウたちが掲示板の方を振り返る。そこには、掲示物を怒りに満ちた形相で睨みつけるハヤセとその取り巻きがいた。ヨウの視線に気づいたハヤセは、憎悪に顔を歪ませこちら側へと詰め寄ってきた。

「認めねえ! オレはこんな結果、断じて認めねえぞ!」

 ハヤセが吠える。周囲の生徒たちがざわめく中、チアキが一歩前に出る。

「あなた、自分が何を言っているのかわかってるの? これは公正な試験を経た生徒会の決定よ?」

「お前は黙ってろ! 女のクセに出しゃばるんじゃねえ!」

 取り巻きの一人が怒鳴る。対するチアキは、静かな怒りをたたえた眼差しで相手を睨みつける。

「『女のクセに』? あなた、同じ事をミナヅキ副会長の前でも言えるのかしら?」

 痛烈な一言に、取り巻きが黙り込む。ハヤセは舌打ちをしながら、

「そいつは放っておけ! オレが用があるのはお前なんだよ!」

 憎々しげにヨウを睨みつける。

「いかにも実力で通りましたって顔しやがって。オレは知ってるんだぜ」

「知ってるって、何を?」

「とぼけるんじゃねえ。聞く所によると、お前、ずい分と生徒会の先輩方に気に入られてるそうじゃねえか」

 ヨウの右眉がピクリと動く。それに気づいたのか、ハヤセが下卑た調子で続ける。

「特によお、ミナヅキ副会長とは幼なじみだそうじゃねえか。言われてみれば、副会長もアサカワで試験を受けてたって話があったよ、確かに。なるほど、お前と幼なじみだったとはなあ」

「……何が言いたい?」

 底冷えのするような低い声に、フィルとチアキが思わずヨウの顔を見る。そこには、普段の彼が見せる事のない、天変地異が起こる前の静けさを思わせる不気味な無表情があった。

「わかっているんだろ? みなまで言わせるつもりか?」

 ヨウの変化に気づかないのか、調子に乗ったハヤセがいやらしい笑みを浮かべる。

「お前ら、デキてんだろぉ!? 試験に通ったのも、お前が副会長にそう言い含めたからだろうよ! そうでもなきゃ、お前のような落ちこぼれが受かってオレが落ちるわけがねえだろうが!」

「――――!」

「何が公平な試験だ! 自分の男なら無条件で通すのかよ! そんなもん、オレは認めねえ、認めねえぞぉ!」

 憎悪に狂ったのか、周りの目もはばからず絶叫するハヤセ。そのあまりに下劣で破廉恥な言い草に、我慢できずにフィルとチアキが何かを言いかける。ハヤセの言葉に、周囲の生徒の間にも動揺が広がる。

 その時、ヨウの喉から身の毛がよだつ呻き声が漏れた。

「貴様……!」

 その声、その表情に、二人が思わず硬直する。そこには今まで二人が見た事もない、憤怒に塗りつぶされた友人の顔があった。その表情を見たハヤセが一瞬凍りつき、思わず笑いを止めた時であった。

「君、今の発言は聞き捨てならないな」

 掲示板の脇に控えていた生徒会メンバーの二人が、ハヤセを挟むようにして睨みつけていた。

「確か先日の試験を受験していた生徒だな。選考試験に不正があったなどと、一体何の証拠があって言っている?」

 長身の生徒の威圧的な声に、正気を取り戻した様子のハヤセが身を固くする。唇を震わせながら、どうにか声を絞り出す。

「ち、違うんです、これはあいつが……」

「話は生徒会室で聞こう。キジマ、ここは頼んだ」

「了解、行ってらっしゃい」

「ああ。さあ、行くぞ」

「待って下さい、これは……」

「抵抗するのか? おとなしく従わないと、生徒会権限で拘束するぞ」

「ひっ……!」

 ハヤセの顔が恐怖に引きつる。気づけば、ハヤセの取り巻きはいつの間にかどこかへと逃げ出してしまったようだ。有無を言わせぬ雰囲気の長身の生徒に、観念したのかハヤセがうつむいて彼の言葉に従う。先ほどまで彼を支配していた狂的な熱は、すでに影を潜めていた。





 そのまま二人が生徒会室のある西棟の方へ去っていくと、掲示板の周辺は再びざわめきだした。騒ぎの当事者であるヨウたちにも、噂好きな生徒たちの好奇の目が容赦なく向けられる。

「ちょ、ちょっと場所を変えようか!」

 弾かれたかのようにフィルが顔を上げて叫ぶ。チアキもそれに同調した。

「そ、そうね! 早く行かないと、食堂の席も埋まっちゃうわ! ほら、ヨウも行きましょ!」

 そう言いながら、恐る恐るヨウの顔を覗き込む。ヨウはと言えば、ぼんやりと惚けたような顔で、その表情からは先ほど一瞬見せた苛烈なまでの怒気はうかがえない。

 少し安心したような表情を見せると、チアキが立ち尽くしたままのヨウの左腕を引っ張る。するとそれにつられて何の抵抗もなくヨウの上半身がぐらりと揺れ、危うくそのまま転倒しそうになる。慌ててチアキが注意をうながす。

「ちょっと、ヨウ!? もう、しっかりしてよ!」

「あ、ああ、ごめんごめん。少しぼおっとしてた」

 振り向いたヨウの表情は柔らかく、すっかりいつもの彼に戻っていた。チアキに引っ張られるがままに、無抵抗にずるずると引きずられていく。

「ねえ、チアキ、そんなに引っ張らないで。僕、普通に歩けるから」

「ぼんやりしてるあなたが悪いのよ? ほら、早く行くわよ!」

 そう言うと、ヨウの左腕を解放したチアキがずいずいと前へと進んでいく。

「そう言って、チアキは名残惜しそうにヨウの腕から手を離すのであった」

「フィル、あなた、後で覚えていなさいよ」

「おお、怖い怖い」

 ここぞとばかりにフィルがチアキを茶化す。そんな二人のやり取りに、ヨウも思わず吹き出す。

「二人とも、ありがとう」

「何だよ、やぶからぼうに」

「さっきは少し我を失っちゃったから。ありがとう、気を遣ってくれて」

「馬鹿ね、そんなんじゃないわよ。いつまでもあなたがボサッとしてるから、見ていられなくなっただけよ」

 ヨウの方を振り返る事なく、肩越しにチアキが言う。

「何だよ、礼なんて気持ち悪いな。オレはいつも通りの平常運転だよ」

 そう言いながらも、フィルが照れくさそうに頬をかく。

「そうだね、そういう事にしておくよ」

「何だよ、思わせぶりな言い方しやがって」

「そうよ、勝手に納得しないで」

 二人が不服そうに言う。そんな二人に内心でもう一度感謝しながら、ヨウは二人と共に急ぎ足で食堂へと向かった。






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