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一年遅れの精霊術士  作者: 因幡 縁
第一部
19/135

19 発表の日




「ねえ、食堂に行く前に掲示板見に行きましょうよ」

 午前の授業も終わり、さて食堂へ行こうかと思っていると、隣に座るチアキがそわそわしながら誘ってきた。

「あ、発表は今日だったっけ」

「あなたねえ……」

 呆れたと言わんばかりにチアキが頭を押さえる。言われてみれば、今日は生徒会選考試験の合格発表の日であった。放っておいてもチアキやノリコあたりが結果を教えてくれるだろうと思っていたヨウは、合格発表の日付をすっかり忘れていたのだった。

「まったく。学年一の秀才が、どうしてこんな大切な話を忘れる事ができるのかしら」

 腰に手を当ててため息をつくチアキに、フィルがしたり顔で言う。

「そりゃお前、あれだよ。ヨウは合格を微塵も疑ってないからに決まってんだろ」

「……本当にそうっぽいから腹立たしいわね」

「違う違う」

 苦笑しながら、慌てて否定する。僕の言動は誤解を生みやすいんだな、などと反省しているかたわらで、フィルがチアキをからかい続ける。

「チアキも少しはヨウを見習えって。そんなにもじもじして、よっぽど自信がないのかねえ」

「……誤解していたわ。私が腹立たしいのはヨウじゃなくて、どうやらあなただったみたいね」

「え、い、いや、やだなあチアキさん。何でそんな怖い顔をしてるのかなあ……?」

 凄みのある笑みを浮かべるチアキに、フィルが冷や汗を流しながら視線をそらす。

「さ、さーて、それじゃあ掲示板でも見に行こうか!」

 そう言うやフィルはヨウの腕をつかみ、その場から逃げ出すかのように教室の出口へと駆け出す。

「あ、ちょっと! こら、待ちなさい!」

 まだ勉強道具を片付けている途中だったチアキが、急いで道具をかばんに放り込み二人の後を追う。フィルはこの後はたして無事にすむのだろうか。ずるずると引きずられながら、ヨウは能天気に友人の心配をしていた。







 東棟の玄関のあたりは広く空間が開けており、壁際には一年生、二年生向けの掲示板が設置されている。普段は各学年への連絡事項や講義の休講の案内、教室変更の知らせなどが張られ、生徒たちは登校時にそれを確認してその日の学院生活に臨む。

「あ、あれじゃないか?」

 掲示板の付近に人だかりができているのに気づき、フィルが指を差す。ここまでの道中でチアキにこってりとしぼられたからか、余計な軽口をつけ足しはしない。

「結構集まってるね」

「そうね」

 掲示板の前には、受験者だけではなくその友人や、興味本位であろう新入生の姿も多く見られる。中には上級生とおぼしき生徒たちもいるようであった。

「受験したのは十三人だったと思うんだけど。何でこんなにいるんだろう」

「そりゃ何てったって、天下の生徒会役員の発表だからな。オレみたいな野次馬がいっぱいいるのさ」

「役員は補佐役を一人つける事ができるってのもあるわね。普通は友人を選ぶんでしょうけど、受かった人にアプローチして補佐に選んでもらおうとしてる人もいるんじゃないかしら。それに」

「それに?」

「会長たちも言っていたでしょう? 各組織とも新入生の取り合いで大変だって。上級生は多分委員会や部活の人たちなんじゃないかしら。新たに加わる役員のチェックと、場合によってはこの場で落ちた人にツバをつけておくなんて事もあるのかも」

「なるほど。生徒会の選考試験って、ちょっとしたイベントなんだね」

 軽い調子で言うヨウを、チアキがじろりと睨む。

「そうよ、その結果発表なんて、学院の生徒にとってはそれこそ一大イベントなのよ!? それをあなたったら、すっかり忘れてただなんて! 一体どういう神経してるのよ!」

 迂闊にも先ほどの話を蒸し返すきっかけを与えてしまい、しまったとヨウが身をすくめる。もちろんチアキも本気で怒っているわけではないらしく、一息にまくしたてるとすっきりした表情でヨウに笑いかける。

「さあ、それじゃ行きましょう? 結果に興味のないヨウ・マサムラ君?」

「もう、いい加減許してよ、チアキ……」

 そう言いながら、ヨウはフィルとともにチアキの後を追った。




 人込みをかいくぐり、前の方へと出る。どうやら結果はまだ張り出されていないようだ。生徒たちが半円状に掲示板を取り囲む中、生徒会のメンバーと思しき生徒が二人、人の波をかき分けて掲示板の前へと出てきた。一人が丸めて手に持っていた紙を広げると、二人で綺麗に掲示板に貼りつけていく。紙を張り終えると、背の高い方の生徒が集まっている生徒たちに向かって告げた。

「お待たせしました。こちらが今年の生徒会選考試験の結果になります」

 言うと、二人が掲示板の両側に立つ。発表直後は揉め事も多いのだろうか、二人は紙を張り終えた後も監視役のような形でその場に留まっていた。

 人込みの最前列にいた生徒たちが、掲示物を見ようとしてずいと一歩前に出る。その文字列の中に自分の名前がある事を認め、ヨウが胸を撫で下ろしていると、

「――――――!」

 隣でチアキが悲鳴に近い声を上げた。

「わ、私、受かってる……!」

 口に手を当て、ともすれば爆発しそうな感情を必死にこらえる。だが、声は我慢できても涙までは抑えられない。周囲では悲嘆にくれた声も上がる中、細かく肩を震わせながら、チアキは静かに嗚咽を漏らした。

「チアキ、本当に嬉しかったんだね」

「もちろんよ、ひっく、私、生徒会に入るのが、んっく、夢だったんだからぁ……」

「へえ、チアキにこんなかわいい所があったなんてなあ」

 そう言いながらフィルが掲示物を眺め、そして驚きの声を上げる。ヨウの名もある事に気づいたようだ。

「おい! ヨウの名前もあるぜ! スゲえなお前ら、二人とも生徒会入りかよ!」

「うん、そうみたいだね」

「おいおい、もっと喜べよ! とにかく二人とも、受かって良かったな!」

「そうだね。フィル、ありがとう」

 フィルの心からのお祝いの言葉に、ヨウも笑顔で応じる。チアキも少し落ち着いてきたのか、ハンカチで涙を拭いながら笑みを浮かべる。三人で喜び合っていると、ふいに横から声をかけられた。

「ヨウ君も合格したんだね、おめでとう」

 その声に振り返ると、そこには共に実技試験を受けていた新入生、カナメ・イワサキの姿があった。その顔と声からは、喜びが隠しようもなくにじみ出ている。

「ありがとう、カナメ君。その様子だと、君も合格したんだね」

「うん、どうにかね。まあ、ヨウ君が落ちるとは思っていなかったけど」

「それはこちらのセリフだよ。カナメ君が落ちるわけはないものね」

「あはは、それじゃそういう事にしておこうか。これからは生徒会の仲間として、一緒にがんばろうね」

「そうだね、これからよろしく」

「こちらこそ。それじゃ、僕はこの辺で。今度は生徒会で」

 そう言うと、カナメは待たせていた友達と共に食堂の方へと去っていった。相変わらず気持ちのいい少年だ。ヨウがその背中を見送っていると、フィルがひじで脇腹を突っついてきた。

「今の奴、もう友達になったのかよ」

「うん。試験で一緒だったんだ」

「はあ、やっぱヨウの周りには凄い奴がどんどん集まってくるなあ。なあヨウ、頼むからオレの事見捨てないでくれよ?」

「何言ってるのさ、もちろんだよ。友達を見捨てたりなんてするものか」

「でも、ヨウとの友達付き合いを続けたかったらもっと努力する必要はあるかもね」

 すっかりいつもの調子に戻ったチアキが、フィルに向かってニヤリと笑う。

「おいチアキ、おどかさないでくれよ。今オレ、わりとマジで置いてかれないか心配してんだから……」

「はいはい、情けない顔してるんじゃないの」

 そう言いながら、チアキがフィルの背中を一つ叩いて活を入れる。そんな彼らの一挙手一投足を、新たな生徒会役員の誕生に色めき立っている周囲の生徒たちが人だかりのあちこちで話題にしている事に、はたして当の本人たちは気づいていたであろうか。




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