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一年遅れの精霊術士  作者: 因幡 縁
第一部
18/135

18 試験の後で




「チアキ、おはよう」

「ん、おはよう」

 一年C組の教室はホームルームにはいささか早い事もあり、生徒もまだ半分も集まっていない。そんな中、チアキは優等生らしく朝早くから教室の中ほどの席に着いていた。ヨウは一言挨拶すると、笑顔で振り返るチアキの隣に席を取る。

「昨日はおつかれさま」

「ふふっ、そちらこそ」

「チアキは試験、どうだった?」

 無邪気なヨウに、チアキが肩をすくめながら首を横に振る。

「もう散々よ。実技試験、あのマサト・ヤマガタ先輩と当たったんだけど。あの人、容赦がないにもほどがあるわ。私の『硬石の魔弾ストーン・ショット』が手元から離れるや、片っ端から打ち落としていくんだから」

 頬を膨らませながら、チアキが不平を漏らす。

「渾身の『大地の投槍アース・スピア』三連撃も、あっさり打ち砕かれちゃった。あの人も私と同じ地の精霊術士のようだけど、正直格が違うわ」

 自嘲気味に首を振ったチアキは、気を取り直してヨウに聞く。

「そういうヨウはどうだったのよ? そちらにはミナヅキ副会長がいたのよね?」

「うん」

「ヨウは副会長と……当たらないわよね」

「うん、マエジマ先輩って人と当たったよ。とっても強かった」

「へえ、ヨウにそんな事言わせるなんて、さすが生徒会の先輩ね」

「ちょっとチアキ、僕はそんな傲慢じゃないよ」

「そうね。あなたはどちらかと言えば、ナチュラルにとんでもない事を言い出すタイプだったわ」

 これは失礼とばかりに、チアキがいたずらっぽく発言を修正する。それじゃあもっとひどくなっているじゃないか、と思ったが、それは口には出さず、ヨウは試験の話を続けた。

「とにかく大変だったよ。『古魔法の矢ルーン・アロー』があっさり迎撃されるんだから」

「『古魔法の矢ルーン・アロー』って、スミレを助けた時にヨウが使っていたあれ? あの不良はなすすべもなかったっていうのに。やっぱり先輩方は凄いわね」

「そうなんだよ。連射しても『疾風の騎士槍ウィンド・ランス』で全部打ち落とされるし」

「『疾風の騎士槍ウィンド・ランス』!? それって風の中上位精霊術じゃない!」

 それまで何気ない様子で話を聞いていたチアキが、思わず驚きの声を上げる。

「そうだね、僕も驚いたよ。何とか課題は達成できたけど、箱を壊すのがあんなに大変だとは思わなかった」

「本当、そうよねぇ。あんな課題、クリアなんてできるわけないじゃない」

 とんだ無理難題よね、と一つため息をついたチアキは、ふと何かに気づいたかのようにヨウの顔を見る。

「……って、私の聞き間違いかしら、今『課題は達成できた』って聞こえた気がしたのだけど」

「うん。全方位からの一斉連射でかろうじて壊す事はできたけど、ノリコが言ってた通り、やっぱり生徒会の先輩方はとんでもなく強いよ」

「何しれっと言っちゃってんのよ! あなた、あの箱を壊す事ができたって言うの!?」

 先ほどよりさらに八割増しの驚きをヨウにぶつけるチアキ。思わず言葉使いが崩れる。

「だからあなたは油断ならないのよ! 言ったそばからナチュラルに言ってくれちゃって! それがどれだけ大変な事か、あなたわかってる? いい? あの箱を破壊できた人間は今までに三人しかいないのよ?」

「それなら知ってるよ。去年ノリコが嬉しそうに言ってたから」

「そうよ! あのミナヅキ副会長レベルの逸材って事なのよ!? あの箱を壊せるっていうのは! ヨウ、あなたそれがどれだけ凄い事か絶対わかってないでしょう!」

「わかってるってば。マエジマ先輩もとっても落ち込んでたし、それだけ凄い事なんでしょ? 悪い事しちゃったよ、あはは」

「あはは~、じゃない! あなたね、この際きっちりとそのズレた感覚を……」

「よっ、朝から何ヒートアップしてるんだ?」

 今にも説教モードに入りそうな勢いのチアキに、いかにも寝起きといった様子のフィルが眠そうに目をこすりながら声をかける。皮肉のこもった視線をヨウに向けながら、チアキが答える。

「ヨウは生徒会入りが確定して羨ましいわねって話をしていたのよ」

「へえ、さすがヨウだな」

「決まってなんかないよ。何と言っても、僕には精霊力が決定的に足りてないしね」

「よく言うわよ。もし副会長に匹敵する才能が落ちるなんて事になったりでもしたら、生徒会の目は節穴……いえ、それを通り越してもはや破滅願望があるとしか思えないわ」

「何だか凄い事になってんな、おい。それで、チアキの方はどうだったんだ?」

「……この流れでそれを聞かないでよ」

 チアキがじっとりとフィルを睨む。うっかり虎の尾を踏んでしまったとばかりに、フィルがチアキから視線をそらしてヨウの隣に座る。フィルに昨日の試験の話をせがまれ、ヨウが筆記試験の様子から話そうかと口を開きかける。


 その時だった。

「おい、こっちから身の程知らずどもの声がするぞ」

 ヨウたちの後ろから、悪意のこもった声が投げかけられる。三人が振り向くと、そこにはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべるハヤセとその取り巻きの顔があった。

「こいつら、さっきおもしろい事言ってなかったか?」

「副会長に匹敵する才能がどうとかって奴か?」

「そうそう、そんな奴、一体どこにいるんだろうねぇ?」

 ハヤセの隣の太った生徒が、わざとらしい調子で教室を見回してみせる。彼らも飽きないな、と思っていると、チアキがため息混じりに口を開いた。

「はぁ、自分が落ちそうだからって周りに当たらないでくれる? 『疾風の投槍ウィンド・スピア』一本作るのが精一杯なレベルでは、焦るのも無理からぬ所ではあるけれど」

「なっ、て、てめぇ、少し精霊力があるからって調子こいてるんじゃねえ!」

 頭から湯気が噴き出さんばかりの勢いで、ハヤセがチアキに向かって怒鳴る。こんな行動を取ってしまう時点で、すでにチアキの言葉を認めているに等しい。隣の痩せぎすの生徒がハヤセをなだめる。

「まあそう興奮するなよハヤセ。そいつも所詮女だ。こんな奴の事を副会長レベルなんて持ち上げるって事は、だ」

 そう言って、下卑た目でチアキをねめまわす。

「この女、こいつの事が好きなんだぜ.。きっと」

「なっ……!?」

 思わぬ言葉に、チアキの顔が朱に染まる。

「あ、ああ、なるほどな、そういう事か! こいつのご機嫌を取ってたらしこもうって事か! へっ、女ってのは怖いな!」

「あ、あなたたち、いい加減な事言わないでよ!」

「ははっ、図星みたいだぜ? 顔真っ赤にしてやがる!」

「くっ……」

 ここぞとばかりに三人がチアキを囃したてる。いくら話しても無駄と思ったのか、チアキも黙り込んでしまった。

「おいお前ら、いい加減に……」

「そのくらいにしてもらえないかな」

 立ち上がろうとするフィルを制するように、ヨウが口を開いた。

「何だお前、まんまとたぶらかされたのか? へっへへ、これだから童貞はちょろいんだよ」

「チアキがそんな事をするわけないだろう。彼女は誇り高い女性だ」

 ヨウの声には、幾分の怒気が含まれていた。

「僕の才能がどうかはともかく、チアキは自分が思った事を素直に口にしてくれている。それだけだ。そこに君たちの言うような恋愛感情が入る余地なんて、どこにもない」

 その言葉に、チアキがほんの少しだけ複雑そうな表情を浮かべる。それに気づく事なく、ヨウが続ける。

「僕の事なら何を言ったって構わない。でも、ありもしない話でチアキを冷やかすのはやめるんだ」

「けっ、何だこいつ。ヒーローにでもなったつもりか?」

「女の前だからって調子こいてんじゃねえぞ?」

「お前にそう言われると、余計にやってやりたくなるんだよ。どうせもう……」

 そこまで言いかけて、ハヤセはなぜか口をつぐんだ。何かから目をそらすような仕草をすると、取り巻きに声をかける。

「ちっ、行くぞ。どうせあさってには結果も出るんだ。こんな奴、放っておこうぜ」

「え、あ、ああ」

 三人はそのまま立ち去っていく。今にも飛びかからんばかりの様子だったフィルが、肩透かしを食らったとばかりに首をかしげる。

「急にどうしたんだ、あいつら……?」

「さあ……?」

 チアキも不思議そうに肩をすくめた。ヨウは先ほどハヤセが視線を向けていた方向に目をやり、そして納得したかのようにうなづいた。

「なるほど、ね」

 その視線の先には、つい今しがた教室に入ってきたばかりらしいヒロキ・クジョウの姿があった。前に一度ヨウたちとの間のいざこざに首を突っ込まれた事を煙たく思っているのであろう。

「まったく、いい加減にしろっての、あいつら」

「あんなのどうせ今だけよ」

「これから先、授業が進めばそれどころじゃなくなるだろうしね」

「まあ、そうだよな。ところでそんな事より……」

 フィルの目が好奇心に輝く。

「チアキ、本当のところはどうなんだ? やっぱヨウの事いいと思ってんのかよ?」

「は、はぁぁ!? 何なのよ、あなたまで! そんな事あるわけないじゃない!」

 不意を突かれ、両手を振りながら慌ててチアキが否定する。

「そうだよフィル、チアキが僕なんかを相手にするわけないだろう?」

「そ、そうね……。わかってるじゃない」

 呆れたような顔で言うヨウに、チアキが少しがっかりしたような調子で相槌を打つ。

「でもチアキ、僕と初めて会った時に『素直な男は嫌いじゃない』って言ってたよね?」

「え、ちょっ!? 急に何言い出すのよ!?」

 完全に油断していたのであろう。今日一番の狼狽ぶりを見せながら、チアキが耳まで赤くして叫んだ。

「あー、言ってた言ってた。そう言えば言ってたな、そんな事」

「という事は、僕にもまだチャンスはあるのかな?」

「あ、あれは冗談でしょ!? そんな話、蒸し返さないで早く忘れてよ、もう!」

「あはは、慌ててるチアキもかわいいよ」

「ヨウ! あいつらにあんな事言っておきながら、肝心のあなたが私をからかってどうするのよ!」

 涙目で怒るチアキをなだめながら、やっぱりチアキは元気がある方がかわいいな、などと思うヨウであった。




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