表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一年遅れの精霊術士  作者: 因幡 縁
第一部
17/135

17 カナメ




「ったく、冗談じゃないぜ」

 光が収まり、カツヤが頭を押さえながらあたりを見回す。あちら側ではまだ試験が続いている中、ヨウが歩み寄って手を差し伸べる。

「大丈夫でしたか?」

「しれっと言ってくれるな、おい。俺には一発も当てないよう完璧に制御してたクセによ。それに、ほれ」

 親指を立てて、後ろの黒い台座を指し示す。その上に乗っていた箱は、まるで鋭利な刃物で切り分けたかのように綺麗に八等分されていた。

「一体どこをどうすればああなるんだ? あんな箱、てっきり塵も残さず吹き飛んだかと思ったんだが」

「それだと何だか壊したっていう証拠が残らない気がしまして。矢から刃物へと形状を変化させてみました」

「そんな事までできるのかよ……」

 脱帽したとばかりに両手を挙げると、カツヤが恨み言をつぶやき始める。

「まったく、たまったもんじゃないぜ。これで俺は生徒会の歴史に記録される事間違いなしだ。史上四人目の『箱を破壊された試験員』としてな……。それにしても想像以上だよ、お前」

「先輩も、そう思うでしょ?」

 鈴のような声に振り向くと、いつの間にここまで来ていたのかノリコが満足そうに微笑んでいた。見れば、あちらで試験を受けていた女子生徒は疲れ果てたのかその場にへたり込んでいる。

「ああ、悔しいがこりゃ本物だ。てっきりノリコの身びいきかと思っていたが、こんなのとても俺の手には負えん」

「もう、失礼ですね。ヨウちゃんにかなう人なんて、この世の中にそうそういないんですから」

 我が事のようにノリコが胸を張る。これにはヨウも苦笑するよりない。

「これならノリコが試験担当すれば良かっただろ? おかげでとんだ赤っ恥かく羽目になっちまったぜ」

「ダメですよ、あたしたち幼なじみなんですから。もちろんあたしが採点を甘くするなんて事はありえませんけど、疑念を抱かせるような要素はなるべく排除しないと」

 そこまで言って、ノリコがいたずらっぽくウィンクする。

「それに、あたしが相手だったらヨウちゃん遠慮なんてしてくれませんから」

「ちょっと待て、こいつはあれで遠慮してたって言うのか?」

 ノリコの言葉に、カツヤが驚愕の表情を浮かべる。ノリコはと言えば、さも当然といった様子で話を続ける。

「それはそうですよ。ヨウちゃんの力はあんなものじゃないですから。あたしが相手なら、ヨウちゃん初めから特大の雷でも落として箱を壊してますよ、きっと。あるいは先輩の『疾風の騎士槍ウィンド・ランス』くらいの太さの光の槍が降り注ぐ事も考えられますね。もちろんその威力は『疾風の騎士槍ウィンド・ランス』の比じゃありませんよ」

「おいおい、勘弁してくれよ……」

「ノリコの言う事を真に受けないで下さいよ。昔からこうなんです」

 ヨウの苦笑に、ノリコが不服そうに抗議する。

「ひっどーい! あたし嘘なんて言ってないよ! ヨウちゃんならそれくらい造作もないじゃない!」

「はいはい、そうかもね。それより、いいのかい? 試験はもう終わったんだろう?」

「あ!」

 よほど話に夢中になっていたのか、すっかり忘れていたとばかりにノリコが素っ頓狂な声を上げた。

「そうだった! それじゃヨウちゃん、また後で!」

「いや、もうここに集まってもらった方が早いだろう。みんなこっちを見てるしな」

 確かに、気づいてみれば部屋中の視線がヨウたち三人に集中していた。ノリコやカツヤの指示を待っているというのもあるのだろうが、それにもまして、難なく箱を破壊してしまった少年に皆が興味津々であるように思われた。

「そ、それもそうですね。えー、コホン。それでは皆さん、こちらへとお集まり下さい」

 一つせき払いをして、ノリコが指示を飛ばす。皆集まった事を確認すると、ノリコが笑顔で受験者たちの顔を見渡した。

「これを持ちまして、本年度の生徒会選考試験は終了となります。皆さん、長い時間本当におつかれさまでした」

 ぺこりと頭を下げると、少々砕けた口調で話を続ける。

「今年は本当に優秀な受験者が集まってくれて、あたしも嬉しく思います。試験の結果は三日後の昼休みに一年生の掲示板に掲示するので、しばらく待ってて下さいね」

「俺からもおつかれさまと言わせてもらおう。お前ら……君たちの全員を生徒会に入れられないのが残念だが、生徒会には他にも役員補佐制度をはじめ、生徒が関われる場はいろいろとある。惜しくも選ばれなかった者も、機会があればぜひ積極的に生徒会に関わってほしい。話は以上だ。解散!」

 カツヤの声と共に、生徒会メンバーたちが散開し、台座の後片付けや話し合いを始める。少し遅い時間という事もあり、女子の受験者が生徒会メンバーにつきそわれながら部屋を後にする。ノリコの方を見ると、ヨウに向かって「バイバイ」と軽く手を振ってきた。ヨウもそれに応じると、せわしない武道室を後にした。






「君、ちょっといいかな?」

 武道室を出て少し歩いた所で、ヨウを呼び止める声がした。振り向くと、先ほどノリコの側で試験を受けていた受験者、カナメ・イワサキが駆け寄ってきた。グロウサラマンダーを召喚したあの少年だ。

「カナメ君、だったよね」

「ああ。ヨウ・マサムラ君だよね? さっきの試験、見ていたよ。同じ一年生とは思えない力だった」

 屈託のない笑顔で、カナメが言う。

「見たところ精霊力ではなかったようだけど、一体あれは何なんだい?」

「とりあえず、『魔法』と思っていてもらえればいいよ。本当はあんまり知られたくなかったんだけど、成り行き上そうもいかなくなっちゃってね……」

「『魔法』って、あの『魔法』? とうの昔に絶えたって聞いていたけど……あんなに凄いとは思わなかった」

 ヨウとカツヤの戦いぶりを思い出したのか、すっかり暗くなって明かりのともった校舎の中、やや興奮気味にカナメが感嘆の声を上げる。それから一転、実に残念といった表情になる。

「はぁ、僕も運がないよ。あんなのを見せられたんじゃ、僕が受かる要素なんてないだろうなあ」

「そんな事ないよ。カナメ君のグロウサラマンダー、凄かったよ。あんな強力な精霊、上級生だっておいそれとは召喚できないし」

「やめてくれよ。君に言われると、何だか恥ずかしくて穴にもぐりたくなってくる」

 人気ひとけのない階段を下りながら、カナメが苦笑する。

「謙遜する事なんてないよ。あの火炎にはノリコもずい分驚いていたみたいだし」

「そう、それだよそれ!」

「え?」

「君、副会長とはどういう関係なんだい? 試験の後も親しげに話していたけれど」

 並んで歩きながら、カナメがずいと一歩分詰め寄っていく。特に気にする風でもなく、ヨウは軽い調子で答えた。

「僕とノリコ……ミナヅキ副会長は、小さい頃からの幼なじみなんだ。元々年も同じだしね」

「あ、そうなんだ……って、じゃあヨウ君は、僕より年上なんですか?」

「まあ、そうなるね。でも同じ一年生なんだから、そこは気にしなくていいよ」

「ああ、そうか……そうだね、うん」

 カナメはうなずきながら、まじまじとヨウを見つめる。

「それにしても、昨日までは試験の事で頭が一杯だったっていうのにさ。今日はずっと君に驚かされっぱなしだよ。箱は壊すし、ミナヅキ副会長とは幼なじみだって言うし……。君が選ばれるのなら、僕はそれで本望かな」

「まだ決まったわけじゃないよ。僕は精霊力がからっきしだし、それに」

「それに?」

「僕とカナメ君が二人とも合格すればいいだけの話でしょ?」

 その言葉にカナメが目を丸くする。そしてしばしの間の後、彼は大声で笑い出した。

「あはははは! 確かにその通りだね! 昨日まであれだけ不安だったっていうのに、ヨウ君の話を聞いていると、何だかそれが当たり前の事のように思えてくるから不思議だよ!」

 誰もいない校舎に、カナメの笑い声が響く。やがて笑い声を収めると、カナメがヨウに笑顔を向けた。

「今日はヨウ君と会えてよかったよ。一緒に合格できるといいね。それじゃ、僕はお先に失礼するね」

「こちらこそ。これからもよろしくね」

「あはは、もう合格が前提みたいな口ぶりだね。うん、それじゃ、またね!」

 そう言うと、カナメは足取りも軽く廊下を駆けていった。生徒会を目指す者としては廊下を走らないよう注意すべきなのだろうか、などと間の抜けた事を思いながら、ヨウは再び暗い廊下を一人歩き始めた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング ←よければぜひこちらをクリックしてもらえると嬉しいです。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ