15 片鱗
ケンと呼ばれた生徒とヨウは、カツヤの後に続いて台座のあたりへと向かう。台座から十歩ほどの所で、カツヤがヨウたちの方を振り返る。
「試験は一人ずつ順番に行う。君たちにはそこの印の所に立ってもらい、試験開始後は自由に箱を狙ってもらう。俺は台座の隣で君らの攻撃を妨害する。もちろん、その場から移動しても構わんし、さっきも言ったが俺を攻撃しても結構だ。俺からは君らを攻撃する事はないから安心しろ」
そう言うと、カツヤはケンを指差した。
「まず初めに、ケン・オオヤマから試験を行う。その位置に立ってくれ。ヨウ・マサムラは壁際の彼の隣で待機してくれ」
カツヤにうながされ、ヨウは壁際の生徒会メンバーの所へと移動する。見ればノリコの方も、試験の準備ができたようだ。カツヤ、ノリコと対峙する二人の顔に緊張の色が浮かぶ。
部屋の中央、二つの台座のちょうど中ほどに、生徒会メンバーが一人進み出る。手に時計を持っている所からすると、どうやら彼女が開始の合図と時間管理を行うようだ。そのまま待つ事数十秒、女子生徒がゆっくりと右腕を上げ、そして一気に振り下ろす。
「始め!」
生徒のかけ声と同時に、ノリコと向かい合う男子生徒が精霊召喚を始める。その力の波動に、ヨウも思わず目の前の二人からノリコたちの方へと視線を移した。少年の周囲を力強い精霊力のうねりが覆い、空間がわずかに揺らめく。そのうねりが少年の前へと収束し、みるみる形を成していく。
「グロウサラマンダー……!」
ヨウの隣の生徒が思わず口走る。少年の前に現れた精霊は、火トカゲとも呼ばれる精霊サラマンダーにしては二周りほど大きかった。サラマンダーが長い時を経て、あるいは術士の力に呼応して成長した姿。学院の三年生でも召喚できる者は限られてくるという中級精霊グロウサラマンダーを、ノリコの前の少年は召喚したのだった。
思わぬ大物の出現に、部屋の生徒たちの視線はグロウサラマンダーへと釘付けになっていた。ふと見れば、ケンは精霊力を行使して箱へと水弾を打ち込み、そのことごとくをカツヤに弾き返されている所だった。ヨウは再び視線をグロウサラマンダーの方へと戻す。
グロウサラマンダーの周囲には、赤々と燃える炎の帯が渦巻いていた。その熱気が、遠く離れたヨウの下にまで届く。少年――カナメ・イワサキと言ったか――の周りの空気が暴れるごとに、彼の精霊力がグロウサラマンダーへと集まっていく。全身に炎をまとった怪物は、その照準を台座の上の箱に合わせたようであった。
「いっけええぇぇぇぇっ!」
カナメの絶叫と共に、グロウサラマンダーの口から赤く輝く炎が放たれる。必殺の威力を込めた一撃が、箱へと向かって一直線に伸びていった。その凄まじい勢いに、生徒会メンバーの間から「おお」と驚きの声が上がる。
初撃に己の持てる最高の技を繰り出したか。自分もこの後試験だというのにのん気な事ではあるが、ヨウはカナメの思い切りの良さに感心していた。学院きっての才女であり戦士であるノリコに、まともに戦いを挑んだのでは勝ち目はないだろう。
ならば最初の一撃に全てを賭ける――その判断は正しい。ヨウはそう思う。ただ、残念な事ではあるが、それが相手に通じるかどうかはまた別の問題だ。
迫り来る炎の柱に、台座の隣のノリコは顔色一つ変える事なく右腕を前方へと差し出す。迫り来る炎に向かって広げた手のひらが青く輝いたかと思うと、室内を一瞬白い光が覆いつくした。その光に、ヨウも刹那の間目を閉じる。
次の瞬間彼が見たのは、ノリコの手のひらの前に現れた青白い円形の障壁に炎が阻まれる光景であった。グロウサラマンダーの口から放たれる強烈な攻撃を、ノリコは眉一つ動かす事なく平然と受け止めている。力のぶつかり合いはしばらくの間続いたが、やがてグロウサラマンダーの口から炎が止まる。力尽きたのか、精霊は形を失い、カナメは地面に右膝をついた。
持てる力の全てを使い果たしたのであろう。倒れ込みこそしないものの、体を支えているのがやっとといったカナメの様子に、ノリコが優しく語りかける。
「『炎熱の放射撃』ですか。まだまだ未熟ではありますが、これほどの高位精霊術を会得しているとは、それだけで賞賛に値します」
それからにっこりと笑って、
「カナメ・イワサキさん。あなたの力は十分見せていただきました。後は安心してお休み下さい」
その言葉に、脱力したカナメが座り込む。ヨウの側ではまだケンが試験を続けていたが、しばらくして、時間を計っていた生徒が試験終了を告げた。
間に数分の休憩をはさんで、次の試験へと移る。ヨウは台座から十歩ほど離れた位置に立ち、試験員のカツヤと向かい合った。
「お前が噂のヨウ・マサムラだな。話はよく聞いてるよ」
「恐縮です」
「当たり前の話だが、生徒会のメンバーと知り合いだからといって試験が甘くなる事はない。もちろん、その逆もしかりだ。その辺は安心しろ」
「ありがとうございます」
「まあ何だ、俺は純粋にお前の力ってヤツを楽しみにしているんだ。遠慮せずに全力でこい」
カツヤが心底楽しそうな笑みを浮かべる。無論、ヨウもそのつもりである。部屋の中央に、再び進行役の生徒がやってくる。部屋の空気が、徐々に緊張で張り詰めていく。先ほどと同様に女子生徒が右腕を上げ、そして一気に振り下ろした。
「始め!」
生徒の声が室内にこだまする。そんな中、どこか緊張感に欠ける様子で、ヨウはカツヤに話しかけた。
「マエジマさん。まず初めに確認してほしい事があるんです」
「何だ、言ってみろ」
カツヤがやや鷹揚な調子で返事をする。ヨウが言葉を続ける。
「僕の力が規則からはずれるものではないか、確認してほしいんです」
「そんな事か、気にせずやってみろ」
「そうですね、とりあえず一度見てもらった方が話が早いでしょう」
そう言うと、ヨウが台座の左側の天井のあたりを指差す。そして何事かをつぶやいた次の瞬間、ヨウの指先から光り輝く黄金の矢が放たれた。
「なっ!?」
箱に向けての一撃ではないものの、カツヤが慌てて矢を迎撃する。風系統の精霊術であろう、カツヤの手から放たれた無数の風の刃は、光の矢が天井に突き刺さるのをかろうじて阻止する事ができた。輝く矢が、光となって四散する。
「何だ、今のは……? これが噂の魔法ってヤツか? 俺が張っていた風の障壁を、易々と突き破っていきやがったぞ……?」
よほど驚いたのか、虚空を見つめながらカツヤが独語する。確かに、台座から三歩前のあたりには風の障壁が一面に張られていた。ただの壁ではない。生半可な攻撃など受けつけない、強力な防護障壁である。現に先ほどの試験では、ケンの水弾が全てその壁に弾き返されていたのだ。
「この力、試験で用いても大丈夫でしょうか?」
相変わらず緊張感のない顔で、ヨウがカツヤに尋ねる。これは愉快とばかりに、カツヤが笑いながら応じた。
「もちろんだ。遠慮せず存分にやってくれ。俺も運がいい。お前みたいなおもしろいヤツと当たる事ができるなんてな」
直後、カツヤの周りに風が渦巻き始める。その渦からは、抑えきれない精霊力があふれ出してくる。巻き起こる渦のただなかに直立するカツヤの目は、獲物を前にした猛禽のそれであった。
これは余計な事をしちゃったかな? ヨウが心の中で舌を出す。見るからに本気といった様子のカツヤを前に、ヨウも気持ちを入れ替えて対峙した。




