14 台座の箱
「ヨウ、面接どうだった?」
面接試験も終わり、控え室で実技試験の開始を待つ受験者の顔にも疲労の色が見え隠れする。生徒会室から控え室へと戻り席に座るヨウに、チアキがそばへと駆け寄ってきた。
「うん、思ったより緊張しちゃったよ」
「とてもそういう風には見えないけどね……」
笑顔で答えるヨウに、チアキが呆れたような視線を向ける。
「ヨウは面接相手誰だった? 私は眼鏡の恐ーい会計さん」
「僕も会計の人だったよ」
「あら、そうなの? ……って、他は会長と副会長なんだし、当然かもね……」
一人うなずきながら、
「でもあなた、あの人の面接受けてよくそんなにピンピンしてるわね。私なんか、生徒会の話をしていたら急に統治機構のあり方について尋ねられてどうしようかと思ったわ」
「ああ、チアキもそうだったんだ。僕も生徒会の仕事について話していたら、ある人が事情を知らない人を介して他人に毒を飲ませたら、ある人をどのくらい罰することができるかなんて聞かれてさ」
「あら、そんなの直接飲ませたのと変わらないじゃない。悪い事してるんだから、問答無用で罰を与えるべきよ」
「やっぱり素直にそう答えるべきだったのかな。変に理屈を並べたのは失敗だったのかもね」
「あなた、一体何て答えたのよ……いや、いいわ。きっとまた小難しい事を言ったんでしょう? 私、しばらく頭は使いたくないわ……」
額を押さえながら、チアキが頭痛をこらえるかのように顔をしかめた。そのまま少しかぶりを振ると、チアキが話題を変える。
「次はいよいよ実技試験ね。ヨウは自信……あるわよね」
「何でそうなるのさ。僕だって自信なんてないよ。精霊力は群を抜いて低いんだし」
「そんな事言っちゃって。生徒会の人も実技試験は実力勝負って言ってたじゃない。あの力を使えば、大抵の事はできるんでしょう?」
「使わせてもらえれば、ね。僕だけ精霊力以外の力を使わせてもらえるかはわからないよ。公平性を損ないかねない」
「公平性って、あの力はヨウくらいしか持ってないんでしょう? 生徒会は実力本位なんだから、不公平なくらい強い力だと言うのなら、それこそノドから手が出るくらいほしいんじゃないかしら?」
「そうかなぁ」
「そうよ」
決めつけるかのような強い口調でチアキが断言する。そうだといいね、などとヨウが返していると、生徒会のメンバーが部屋に入ってきた。チアキも座っていた席へと戻る。全員が着席した事を確認すると、生徒会メンバーの一人が言った。
「皆さん、お待たせしました。これから実技試験の会場へと案内します」
実技試験は会場を二つに分けて行うという事で、ヨウたち受験者は二組に別れる事になった。教室を出た所でチアキたちの組と別れ、ヨウたち四名は生徒会メンバーに案内されて南棟一階にある武道室へと移動する。
部活帰りであろう生徒たちが校内を行きかう中、階段を下りてしばらく歩くと武道室の分厚い扉の前に着いた。生徒会メンバーが扉を開き、ヨウたちを中へと招き入れる。
武道室の中はおおむね通常の教室三つ分ほどの広さで、床は木材の下にさらに何かを入れているのか、幾ばくかの反発を感じる。部屋には重厚な造りの黒い台座が二つあり、そのそれぞれに何やら箱のようなものが載せてあった。
部屋の中央には、二人の生徒が立っていた。その内の一人――ノリコ・ミナヅキ副会長が笑顔でヨウたちに語りかける。
「皆さん、本日は我が生徒会の選考試験にお越しいただきありがとうございます。これが本日最後の試験になります。これから試験について説明いたしますので、こちらへ集まって下さい」
その声に、受験者たちがノリコの前へと集合する。彼らの顔を一人ずつ確認し、最後にヨウの顔を一瞥すると、ノリコは落ち着きのある声で話し始めた。
「それでは、説明を始めます。これから皆さんには、あの台座の上の箱を破壊してもらいます。箱自体はただの木の箱です。手段は問いません。精霊術でも、物理攻撃でも構いません」
台座の上のずい分と古ぼけた箱を指差しながら、ノリコが言う。
「もちろん、すんなりとは壊させません。それぞれの台座には私とこちらのマエジマ先輩がつき、皆さんから箱を守ります。時間は五分間。皆さんは私たちの妨害をかいくぐり、がんばって箱を破壊して下さい」
「副会長も言った通り、基本的に手段は問わない。極端な話、俺たちを潰してから箱を壊すのもアリだ。おっと失礼、俺はカツヤ・マエジマ、生徒会の三年だ」
ノリコの隣に立っていた生徒、カツヤ・マエジマが口を開く。いかにも暴れるのが好きそうな強面の生徒だ。
「別に破壊する事ができなくても構わない。と言うよりも、普通は破壊できない。ここ五年間で箱を破壊できたのはわずかに一名のみだ。記録に残っている限りでも、箱を破壊できた者は今までに三名しかいない」
つまり、試験を通じてその能力を測る事が目的なのか。それにしても成功者がたったの三人とは、その課題の達成率の低さに唖然とさせられる。
「あくまで君たちの力を見るのがこの試験の目的だ。精霊力だけではなく、知力、体力、その他持てる力を存分に発揮してもらいたい」
試験の目的についてはヨウの推測通りのようだ。どうやら精霊力以外の力も、使用に制限はないらしい。カツヤがノリコを親指で示しながらつけ加える。
「ちなみに、ここにいるミナヅキ副会長こそが、直近五年間で箱の破壊に成功した唯一の生徒だ。彼女と当たる者は、胸を借りるつもりでがんばるといい」
その言葉に、ヨウの周りの受験者たちが驚きの声を上げる。その話なら、ヨウも昨年ノリコが帰省していた時に聞いていた。余程嬉しかったのだろうか、あの時はずい分と得意げに話していたものだ。
もっとも、成功したのは自分で三人目だというノリコの言葉には当時半信半疑だったのだが、どうやら本当だったようだ。てっきりいつものように大げさに誇張しているのかと思っていたのだが。
そんな事を思い出しながらヨウがノリコに視線を移すと、ちょうど彼女と目が合った。少し照れたようにノリコが視線をはずす。ノリコも同じ事を思い出していたのだろうか。何かをごまかすかのように一つせき払いをすると、ノリコが口を開く。
「それでは、ケン・オオヤマさんとヨウ・マサムラさんはこちらのマエジマ先輩について下さい。カナメ・イワサキさんとミエ・タカハシさんは私について来て下さい」
指示に従い、ケンと呼ばれた生徒とヨウはカツヤの方へと寄る。
「君たちの担当は俺だ。よろしくな」
不敵な笑みを浮かべると、カツヤは向かって左側の台座へと歩き出す。その背中からにじみ出る自信に、ヨウたちも無言でその後に続いた。




