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一年遅れの精霊術士  作者: 因幡 縁
第三部
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閑話 ノリコの新入生おもてなし作戦



 その日、ヨウたち四人は調理室で席に着いていた。

「あ、あの……今日はいったい、何の用でしょう……?」

「見ればわかるでしょ? 試食会だよ?」

 目の前には、笑顔のノリコと困り顔のアキホが立っていた。

「ごめんね~、ノリコが新入生に料理を振る舞いたいって聞かなくてさ。とりあえずみんなに出す前に誰かに試食してもらおうってことになったんだよ」

「は、はは……」

 ヨウの額を、妙な汗が伝う。ノリコの料理の「破壊力」は、去年の合宿ですでに証明済みだ。

「それで、どうして僕たちなんでしょうか……」

「そりゃ生徒会役員だもん。それに、あたしからの日頃の感謝の意味も込めて、ね」

 ノリコの笑顔に、カナメが青ざめながら笑みを返す。

「あ、あの、オレ役員じゃないんすけど……?」

「ガタガタ言うんじゃないわよ! 会長がおっしゃっているじゃない、感謝を込めているって」

「その通り! フィル君にはいつもヨウちゃんがお世話になってるしね!」

「は、ははは……わぁ~い、嬉しいなー」

 涙を流しながら感謝の言葉をつぶやくフィル。その涙は、感謝から来るものでは決してあるまい。

「それじゃみんな、今日はたっぷり味わっていってね!」

「う、うん……」

 ヨウたちは冴えない顔色でうなずいた。あのチアキですら顔が青い。

「安心して。今日は試食ってことで、そんなに食べなくても大丈夫だから」

 アキホがウィンクする。どうやらヨウたちの命運は、彼女にかかっているようだ。

「さて、それじゃさっそく一皿目にいってみましょうか!」

 ノリコの声に、一同ぎくりと身をすくませる。

 彼女の目の前に並べられた四つの皿のうち、一つのふたに手をかける。

「では、最初の品は……これだぁ!」

 勢いよく外したふたの下からは、紫色の液体がかかったサラダが姿を現した。

「じゃあこれをフィル君! 試食してもらえるかな?」

「ひ、ひいいっ!」

 指名を受け、フィルが悲鳴を上げる。

「どうしたのフィル君? 野菜は苦手だった?」

「い、いや! どっちかと言うと、そのドレッシングの方が苦手って言うか……」

「何だ、それなら心配しないで! あたしのオリジナルだから、フィル君が知ってるものとは違うよ!」

「ひいいいいいっ!」

 フィルののどから絶叫がほとばしる。

 だが、皿は無情にも彼の目の前に置かれた。横にフォークがそえられる。

 ノリコが期待の目で見つめる。

「さ、どうぞ召し上がれ!」

「フィル君、一口でいいからね? がんばれー」

 アキホが小声で応援する。

 目から滝のように涙を流しつつも、どうやらフィルも覚悟を決めたようだ。フォークを手に取ると、意を決してサラダへと突き立てる。

「い、いただきます!」

 気合のこもったかけ声と共に、フィルはサラダを一気に口の中へと突っこむ。

「おおっ!」

「いった!」

 ヨウとカナメが同時に声を上げる。

 直後、フィルがうめき声を上げた。

「むぐううぅっ!?」

 フォークを落とし、両手で口を押さえながら苦悶する。何とか吐き出さないように必死に耐えている様子だ。

「フィ、フィル、大丈夫!?」

 ヨウが思わず腰を浮かせる。カナメとアキホ、そしてチアキまでもが心配そうな目を向ける。

 やがて、フィルは口の中のものを飲み下すと手元の水を一気に飲み干した。

「はぁ、はぁ……。や、やってやったぜ……」

「フィル、よくやったよ!」

「無事だったんだね!」

「ふ、ふん、なかなかやるじゃない」

 ヨウたちが口々に賞賛の言葉を投げかける。アキホもほっとした表情を見せていた。

「フィル君! お味はどうだった?」

「え、ええとっすね、もう少し見直す余地があると思うっすよ……」

「そ、そうだね! ノリコ、この料理はまだみんなに出すのは早いみたいだね!」

「そっか……イマイチなもの食べさせちゃってごめんね」

「と、とんでもない! 会長のお役に立てて光栄っす!」

 必死に言葉を探すフィルに、うまいことを言うものだなあと感心する。

 そして、次の犠牲者は誰かと一同に再び緊張が走る。

 急に静まり返った調理室に、ノリコの声がこだました。

「それじゃあ、次はカナメ君!」

「はっ、はい!」

 ビシッと人さし指を突きつけられ、カナメの全身が硬直する。

「カナメ君には、こちらの料理を準備しました!」

 そう言いながら、ノリコが勢いよく皿のふたを開ける。

 中から現れたのは、意外にも焼き目が美しい玉子料理だった。

「あ、あれ、おいしそう……?」

 拍子抜けしたといった調子でカナメがつぶやく。

 ノリコも自信たっぷりに言った。

「うん、とってもおいしいよ! これは自分でも上手に焼けたと思うんだ!」

 一同の胸に希望の光がともる。ひょっとすると、ノリコはドレッシングを作るのは苦手だけど、こういうシンプルな焼きものなどは普通に作ることができるのかもしれない。

「さ、それじゃどうぞ召し上がれ」

「は、はい、ありがとうございます」

 皿をすすめられ、カナメが料理にフォークを突き刺す。

「うん、外は固めで中はふんわりしてます」

「でしょでしょ? 食感が売りなんだ! さ、食べて食べて!」

「はい、それではいただきます……!」

 急かすノリコに、カナメは意を決して料理を口の中へと入れる。

 皆が固唾を飲んで見守る中、沈黙が場を支配する。

 そして……カナメの口から、赤いしぶきがテーブルへと飛び散った。




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