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一年遅れの精霊術士  作者: 因幡 縁
第一部
13/135

13 面接




 面接試験を担当する生徒会会計ヒサシ・イトウにうながされ、ヨウは向かいのソファに腰をかけた。もう一人の受験者はソファの隣に並べられた椅子に座っている。どうやら一人ずつ順番に面接を行うようだ。

 もっとも、ノリコたちのソファでは二人とも一緒に面接を受けているので、そのあたりは面接の担当者の裁量に委ねられているのであろう。

「面接試験といっても、あくまで参考程度です。あまり気を張らず、気楽に答えて下さい」

 笑顔を浮かべながらヒサシが言う。さて、この言葉を額面通りに受け取っていいものだろうか。疲れ果てた様子で教室に戻ってきたチアキの姿を見ているだけに、気楽に会話を楽しんで終わる事ができるとは到底思えない。

 面接の担当が会長やノリコでなかったのも気になる。すでにヨウと面識のある二人をはずすというのは、公平性の観点からすれば当然の事ではあるのだが、面接が真実参考程度のものであるのならば、会長やノリコでも別に構わないのではなかろうか。つまり、面接試験も決してただの形式的なものではない――。

 そんなヨウの心中を知ってか知らずか、ヒサシが口を開く。

「ヨウ・マサムラさん。まずはあなたが生徒会を志望する動機などを聞いてもいいですか?」

「はい。元々は友人に誘われて志望したのですが、今は学院のみんなの生活を守り、陰から支え、幸せにするという生徒会の役割に魅了を感じ、自分もぜひ生徒会でそういう役割を担っていきたいと考えています」

 何だかありきたりな事を言っているな、とヨウは心の中で苦笑する。ヒサシもただうんうんとうなずくだけだ。おそらく志望動機にはさほど興味がないのだろう。

「なるほど、大変結構です。ところで、マサムラさんは生徒会の仕事が具体的にどのようなものであるかは知っていますか?」

「学生生活の全般を管理し、各委員会・部活動の活動をチェックしたり、予算を配分したり、揉め事を仲裁したりすると聞いています」

「その通り」

 眼鏡の奥の瞳がギラリと輝く。気のせいだろうか、彼の周りの空気が一瞬揺らいだように見えた。来るぞ、とヨウは気を引き締める。

「実は我が学院は各方面からちょっかいを出されてまして。様々な勢力が委員会や部活動の背後についていて揉め事が絶えないんですよ。組織的な事件が起こる事もあるし、我々も、時には荒っぽい手段をとる事もある」

 両ひじをテーブルにつき、手を組みながらヒサシがヨウの顔を見つめる。

「ただ、生徒会だからといって何をやっても許されるわけではない。否、許されていいはずがない。物事には拠るべき規範、歩むべき筋道が必要です。それは、わかりますよね?」

「はい」

「そこで、です。これからある事例についてうかがいますので、マサムラさんの考えを聞かせてもらいたい」

「はい、わかりました」

 思わず喉を鳴らす。ヒサシの言葉には、その一言一言に言い知れない圧力のようなものがあった。

「まず一つ目です。ある組織のリーダーAが、部下のBに敵であるCを痛めつけるように命令する。Bはこれを承諾し、実際にCに暴行を振るった。この場合、生徒会としては実際に暴行を振るったBを処分する事はもちろん、命令したAについても処分する事ができます。ここまではいいですか?」

「はい、大丈夫です」

「よろしい。さて、それでは以下の場合はどうでしょう。リーダーAは何も知らない一般生徒のDに、Cが会議の時に飲むための飲み物だと言って水筒を手渡し、これをCに渡すように伝えました」

 そう言いながら手元のカップを手に取ると、ヒサシはその中を指差してみせる。

「ところがその中の水には、Aによって微量の異物が仕込まれていたのです。その事を知らないDは会議前にCに水筒を渡し、会議中にそれを飲んだCは腹痛を訴えそのまま入院する羽目に陥りました。さて、この場合、生徒会はAに対してどのような論理の下にどの程度の処分を下す事ができるでしょうか。そもそも、Aに対して処分を下す事は可能でしょうか。この場合、AがDに頼んだのはあくまで飲み物をCに手渡す事であり、Cに危害を加えるように指示を出したわけではありません。もちろんDは水筒の中身が何かという事は知らず、Cに危害を加えようと考えていたわけでもありません。Aを処分するとしても、Aが直接Cに危害を加えた場合と同等の処分を下すのは難しいようにも思われますが、マサムラさんはどう思いますか」

 そこまで言うと、ヒサシはヨウが考えこむ姿を楽しむかのように頭から目、口元、そして手元へと視線を動かした。ヨウは口元に右の拳を当ててしばらく考えこんでいたが、やがて拳を離すとヒサシと会計補の生徒を交互に見つめながら言った。

「その場合は、生徒会の権限でAを処分する事は可能だと思います。それも、単に異物を仕込んだりDをそそのかしたというだけではなく、その異物をもってCに直接危害を加えた場合と同等の処分を、です」

 それを聞いたヒサシが、実に嬉しそうに目尻を下げる。一つうなずくと、催促するかのように問う。

「ふむ。その根拠は?」

「はい。この場合、確かにAは直接Cに危害を加えたわけではありません。ですがAがDを利用してCに毒物を飲ませるという一連の過程において、事情を知らないDを利用するというのは、いわば道具を使う場合と同一視する事ができると考えます」

「道具?」

 意表を突かれたのか、ヒサシがやや高めの声を上げる。

「はい。つまり、Dは事情を知らないわけですから、AのCに対する害意に反抗の意を示す可能性はありません。その場合、Dの行為はAがCを害する一連の行為の因果の流れの一部にすぎません。となれば、AがCを害する過程において、Dを利用する事と道具を使う事は因果的に同一ですから、Aが道具を使って直接Cに危害を加えた場合と同程度の処分を下す事が可能なのではないでしょうか」

 言い終えると、ヨウは真っ直ぐにヒサシと向かい合った。そのヒサシは、幾分うつむいて何かを考えこんでいる。会計補のイッペイ・キノシタも、少し戸惑ったような顔でヒサシを見つめる。

 しばらくぶつぶつと独り言などをつぶやいていたヒサシであったが、やがて顔を上げるとヨウに向かって微笑んだ。

「失礼、いや、君の言葉がおもしろかったものでね」

 そう言いながら、イッペイに目配せする。そして二人うなずくと、立ち上がって再びヨウに向き直った。

「これで面接は終了です。おつかれさまでした。それでは、他の皆さんが終わるまでの間、そちらの方の席でお待ち下さい」

 そう言うと、ヒサシがソファの横で待っていたもう一人の受験者を呼び出す。彼の顔色は青く、ひどく緊張しているようだった。ヒサシとヨウのやりとりを聞いて、自分もあのような質問に答えなければならないのかと怯えているのかもしれない。そんな彼と入れ替わりに、ヨウはソファの横の椅子に腰かける。

 はたして自分の受け答えは本当にあれでよかったのか。いささか理屈っぽくなりすぎたのではなかろうか。今さらながらにヨウは反省するのであった。





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