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一年遅れの精霊術士  作者: 因幡 縁
第三部
123/135

38 シズカ




 対抗戦も終わり、太陽もその半身を地平線へと沈めていく。

 クラスの打ち上げが盛り上がる中、ヨウはシズカに誘われて校舎の外へやってきた。

 少し二人で話したいことがあるらしい。チームを組んでから今日まで、短い間ながらお互いがんばってきたのだ。きっと積もり積もる話もあるのだろう。

 それはいいのだが、周りにいる生徒たちの雰囲気が、いつもと少し違うように感じる。

 どうも男女のペアが多いように見える。それはヨウとシズカも同様なのだが、妙に浮ついたものを感じてしまう。

 木陰で寄り添う明らかにカップルと思われる男女や、どこかぎこちない様子でベンチに腰かける生徒たち。学院の外では、いたるところに無数の「二人の世界」ができあがっていた。

 シズカが、やや恥ずかしそうにうつむきながらつぶやく。

「な、何だか変な感じだね……」

「そ、そうだね」

 何と答えたものかと一瞬とまどい、結局ヨウはシズカに同意する。

「あ、あっちの方に行こうか。人も少なそうだし」

「そ、そうだね」

 何ともぎこちなくヨウが言えば、シズカも油の足りないからくり人形のような動きでうなずく。

 二人は人目を避けるように、校舎前の広場から少し離れた場所へと移動した。

 茂みを抜けたところにあるその場所は、木々に囲まれひっそりと静まり返っていた。

 こちらでも、やはり何組かのカップルが木陰でたわむれていたが、校舎前のカップルほど堂々とした様子ではない。どこか人目をしのんでいるといった気配が感じられる。

「ここなら大丈夫かな。人目も少ないし」

「そうだね、ありがとう」

 答えるシズカの声が硬い。あからさまに緊張しているのが、ヨウの目にも一目瞭然だ。やはり、先ほどからの独特な場の雰囲気に飲まれてしまったのだろうか。

 そんな場の空気を少しでもなごませようと、ヨウはあたりさわりのない話題を振った。

「対抗戦、お疲れさま。ケガはなかった?」

「う、うん! 私は平気! マサムラ君こそ、ケガはない? クジョウ君や会長とあんなに激しく戦って……」

「うん、指輪が守ってくれたしね。それに、ノリコとは子供の頃からあんな調子だから」

「子供の頃から……」

 驚いた顔で、シズカがヨウを見上げる。

「やっぱり凄いなあ、マサムラ君は。そっか、子供の頃からずっと会長と切磋琢磨してきたんだもんね……。道理で強いわけだよ」

「そんな大げさなものじゃないよ。精霊術はもちろんだけど、体術でもいつも負けっぱなしだったし」

「そうなの? 今日の戦い、ほとんど互角に見えたけど」

「終始押されっぱなしだったと思うけどね。でも、僕も少しは成長してるのかもね」

「うん、きっとそうだよ」

 きらきら輝く瞳で自分を見上げるシズカに、ヨウは少し気恥ずかしくなってつい視線をそらしてしまう。瞳の奥の光が、どこかノリコのそれと似ていて、だが微妙に異なる輝きを放っているのだ。

 内心の照れをごまかすように、ヨウが話題を変える。

「そ、それよりミナトさん、僕に何か話があるんじゃない?」

「そ、そうだね……。えっとね……」

 もじもじしながら、困ったようにシズカが視線をさまよわせる。

「その、えっと、対抗戦、本当にありがとう。私、足手まといなのにいろいろと助けてくれて」

「そんなことはないよ。ミナトさんがいなければ、僕らは優勝できなかったんだから」

「あ、あれはみんなが私を助けてくれたからだよ。作戦を考えたのはマサムラ君だし、チアキちゃんもがんばって精霊力譲渡の術をマスターしてくれたんだし」

 それから、上目づかいにヨウを見つめる。

「それに、私が『凍氷の騎士槍アイス・ランス』を習得するのだって、マサムラ君がつきっきりで教えてくれたからだし……。もの覚えが悪くてごめんなさい、自分の勉強の時間だってほしいはずなのに」

「そんなことはないよ。あんな短期間でマスターできたのは、ミナトさんの能力の高さと真面目な性格があったからこそだよ。僕の方こそ、自分は『石の魔弾ストーン・ショット』を放つのが精一杯なくせに偉そうなことばかり言ってごめん」

「そ、そんなこと! マサムラ君が教えてくれなかったら、私学院を卒業するまでマスターできなかったと思うし! マサムラ君が術式や仕組みを丁寧に教えてくれたから習得できたんだよ!」

 必死に訴えるシズカを前に、ヨウは自分の顔が火照っていくのを感じた。こんなにまっすぐに気持ちをぶつけられることに慣れていないのだ。

 だが、そんな風に思ってもらえていたと知り、ヨウの胸は喜びに満たされていた。心底嬉しく思う。

 ヨウも、気持ちを素直に示すことにした。

「ありがとう、ミナトさん。そう言ってもらえて、本当に嬉しいよ」

「そ、そんな……」

 一旦言葉に詰まり、何かを振り払うように首をぶんぶんと横に振ると、シズカはまっすぐにヨウを見つめた。

「私の方こそ、今まで本当にありがとう! メンバーに入れてもらえたのも嬉しかったし、みんなが特訓を手伝ってくれるのも嬉しかった! 私、こんな経験はじめて! 本当に感謝してる! マサムラ君には、それを伝えたかったんだ!」

「僕の方こそありがとう。僕、今までクラスのみんなとなかなかうまくつき合えなかったけど、最近はだいぶ仲よくなれた気がしてるんだ。これもミナトさんのおかげだよ、ありがとう」

「そんなこと! マサムラ君には魅力があるから、だからだよ!」

 静かな木陰に、興奮したシズカの声が響く。多分、本人は自分が思わず大声になっていることに気づいていないだろう。

 そんなシズカに、ヨウがほほえむ。

「お互い言いたいことが言えたみたいだね。それじゃ、そろそろ戻ろうか。あんまり遅くなってもいけないし」

 空を見上げれば、夜のとばりが降りつつあった。気温もずいぶん下がってきている。

「それじゃ、戻ろっか」

「ま、待って!」

 校舎へと身をひるがえしたヨウの背中に、シズカがありったけの声をぶつけてきた。その語気の強さに、思わずヨウは身をすくませる。

 振り返ると、何かを言いたそうに口を開いたままのシズカの姿がそこにあった。

 ヨウを呼び止めるように前に突き出された腕が、ゆっくりと下される。

 しばらく小刻みに唇を震わせていたシズカだったが、やがてきゅっと口を閉じ、それから少し無理やりな笑顔を見せた。

「ううん、何でもない。みんなも待ってるしね。それじゃ、教室に戻ろう? お話につき合ってくれて、ありがと!」

「こちらこそ。これからもよろしくね、ミナトさん」

「う、うん! こちらこそ!」

 明るい声でうなずく。うん、いつものミナトさんだ。

 二人は肩を並べると、校舎の方へと歩き始めた。

 その肩が、今までよりほんの少しだけ近づいたように見えた。




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