36 特別戦
午後になり、特別戦の一回戦が近づいてきた。
「で、会長戦の対策ってものはあるのかしら?」
チアキがたずねてくる。無論、答えなど期待していないだろう。
「ここまで来たら、全力でぶつかるしかないんじゃないかな?」
「そ、そうだよね! 当たって砕けろだよね!」
シズカが強くうなずく。砕けては駄目だろうと思いつつも、実際それ以外の選択肢は見あたらなかった。
「それでも、せめて一泡くらいは吹かせてやりたいよね。みんな、がんばろう!」
「そうね、会長の期待に応えましょう!」
「わ、私もがんばる!」
「よっしゃ! お前ら、がんばれよ!」
「期待してるぞ、マサムラ!」
「マサムラ君、がんばって!」
「シズカー! ファイトよー!」
「チアキ様! チアキ様!」
フィルの声と、クラスメイトたちの声援を背に、ヨウたちは会場の中央へと歩き始めた。
中央へとやってくると、反対側からノリコたちもやってきた。
ノリコが一歩前へ出る。
「この時を待ち焦がれていました。お互い、全力を尽くしましょう」
「はい、死力を尽くします」
生真面目に答えるヨウに、ノリコは静かに近づくと、耳元でそっとささやいた。
「楽しみにしてるよ、ヨウちゃん」
「こちらこそ」
すぐに離れると、ノリコはチアキ、そしてシズカへと声をかけていく。
ヨウも対戦相手の先輩たちに挨拶をしながら、握手を交わしていく。
会場の盛り上がりは、今日一番かもしれない。一年生の決勝戦で劇的な逆転勝利を収めたチームと、間違いなく学院最強であろう生徒会会長率いるチームが激突するのだ。これほどの見ものが他にあるだろうか。
指輪を装着すると、お互い距離を取り、審判の合図を待つ。
戦いを前に、ヨウは考えを巡らせていた。
ペガサスで空に飛ばれては一巻の終わりだ。ヨウはもちろん、チアキやシズカにも迎撃する術はない。
やはり、決勝戦同様に開幕からの踏みこみでノリコを止めるしかないか。すでに手の内は見せてしまっているが、それでもやるしかない。自分が先に間合いに入るか、その前にノリコがヨウを迎え撃つか。ノリコのことだ、もうすでに対策があるのかもしれない。
チアキとシズカには、何とかがんばってもらうしかない。相手は二年生のトップクラス、決勝の二人よりも強敵であるのは明らかだったが、かといって特段策があるというわけでもなかった。
学院の全生徒の視線が、会場のヨウたちに集まる。
観客が息を飲む中、審判が試合開始を告げた。
「はじめ!」
かけ声と同時に、ヨウはクジョウ戦同様全力でノリコへと突貫する。
次の瞬間、ヨウは驚きに目を見開いた。
ノリコもまた――ヨウ目がけて猛然と突進してきたのだ!
全く想定していなかったノリコの動きに、ヨウはとまどいを隠せない。ノリコもこちらへと向かってきたため、ヨウが予想していたよりも接触のタイミングが早い。判断がわずかに遅れる。
そこに、ノリコの容赦ない蹴りが放たれた。防いだヨウの左腕が痺れる。
こちらが体勢を整えるよりも早く、ノリコの苛烈な攻めがヨウを襲う。その内の一撃が腹部に決まり、一瞬息が詰まる。
「おおおお!? 会長も突っこんだ!?」
「マジか!? あの一年と肉弾戦で勝負する気かよ!」
「見ろよ、会長、あのマサムラ相手に格闘で押してるぞ!」
「会長、肉弾戦もあんなに強かったのか!」
観客席からも驚嘆の声が上がる。まさか彼女が、学院歴代でも最高水準にあるとまで言われている精霊術を捨てて肉弾戦を挑むなどとは誰も予想だにしなかったのだ。
割れんばかりの歓声の中、ヨウは必死に拳打を繰り出し局面の打開を図る。
だが、ノリコの強さは尋常ではなかった。ヨウが一瞬押しこんだかと思えば、それを上回る鋭さで逆襲が始まる。かつてより格闘技術の差は縮んだように思うが、しかしまだ一歩ノリコには及ばない。
加えて、冒頭で機先を制されたことが戦いに大いに響いている。あの一瞬の攻防で主導権を握られて以来、ヨウは打開に向けてのきっかけさえ握らせてはもらえなかった。
いつの間にか、チアキとシズカも撃破されてしまったらしい。ノリコの指示なのか、他の二年生がヨウを攻撃してくる様子もない。会場では、ノリコとヨウの一対一の勝負が繰り広げられていた。観客はその激闘に酔いしれ、ただひたすらに声援を送る。
その戦いにも、やがて決着の時がやってきた。
永劫に続くかとも思われた戦いだったが、やはりノリコの方に若干分があったようだ。最後は腹部に渾身の拳を受け、ヨウはがっくりと地面にひざをつく。
同時に指輪が警告音を鳴らす。
注目の一戦は、生徒会長ノリコ・ミナヅキが貫録を見せつける形での勝利に終わった。