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一年遅れの精霊術士  作者: 因幡 縁
第一部
12/135

12 選考試験




 生徒会選考試験当日。放課後、とある一室に生徒会への入会を希望する新入生が集まっていた。その数、十三名。席について選考試験の説明を聞く生徒たちの中に、ヨウとチアキの姿もあった。

「選考試験では、筆記・面接・実技の三つの検査を行います」

 教卓では、ノリコ・ミナヅキ副会長が選考試験の概要について受験者に説明している。鈴のような美しい声が耳に心地良い。一通り説明を終えると、ノリコは教室壁側に控えていた生徒会のメンバーに、冊子を配るよう指示を出す。

「今から筆記試験の冊子を配ります。試験時間は四十分、終了後は生徒会メンバーが速やかに答案を回収します」

 生徒会メンバーから冊子を受け取ると、ヨウは静かに筆を手にする。教室内が、筆記試験特有の緊張感に包まれた。静寂の中、時計の針の音がやけにはっきりと聞こえてくる。

「それでは、始めてください」

 ノリコの号令と共に、一斉に冊子を開く音が教室に鳴り響いた。








 筆記試験の終了時刻が近づく中、ヨウは筆を置いて教室内を観察していた。無論、顔を上げて見える範囲に限った話であるが。試験自体は開始二十分と経たずに解答を終えている。見直しもすでに三回行い、残りの時間をどう過ごすか頭を悩ませた結果が、試験中の人間観察だった。

 教壇には生徒会メンバーが立ち、不正がないか生徒たちを監督している。ノリコはと言うと、空いている席に座って何やら書類とにらめっこしているようだ。もっとも、視界の隅にかろうじて見えている程度なので、何をしているのかはっきりとわかるわけではないが。黙々と書類に向かうノリコの姿に、ヨウは何とも言いようのない不思議な感覚に襲われる。

 ヨウが憶えているノリコは、椅子にじっと座っている事ができず、すぐに外に飛び出していくような子であった。昔から勉強よりも運動が好きと言ってはばからなかったように思う。もちろん、ノリコが外へと飛び出すたびにヨウも遊び相手として駆り出されるのである……。

 そんなノリコしか知らないヨウにとって、今の彼女の姿は驚くべきものであった。正直な話、三十分以上も椅子に座り続けている事自体ヨウには信じがたい。学院の講義が八十分である事を考えれば、ノリコが席に座り続けていられるのは至極当然の事ではあるのだが。

「そこまでです。筆を置いて、答案用紙を裏返して下さい。指示に従わない場合は不正とみなします」

 教室に、教壇の男子生徒の声がこだました。生徒たちが一斉に筆を置き用紙を裏返す。生徒会のメンバーが三人、三列に並ぶ生徒たちから答案用紙を回収していく。全ての答案を回収し終えると、その間に教壇に立ったノリコにメンバーたちが答案を渡していく。全員の答案がそろっている事を確認すると、ノリコは顔を上げて生徒たちを見た。

「それでは筆記試験はこれで終了です。この後は休憩を挟んで五時三十分より面接試験を始めます。二十五分にはこの教室に戻ってきて待機していて下さい」

 伝達事項を受験者たちに伝えると、ノリコたち生徒会メンバーはもろもろの書類を手に教室から出て行った。手持ち無沙汰な様子のヨウに、チアキがつかつかと近づいてくる。

「お疲れ様。ヨウ、出来はどうだったかしら?」

「とりあえず、全部埋めたよ」

「当たり前のように言ってくれるわね……。まあいいわ、全部埋めたのは私も一緒だし。言っておくけど」

 そう言うと、席に座ったままチアキを見上げるヨウの、その額のあたりを指差す。

「相手があなただからって、私、譲らないわよ――たとえヨウが、会長たちに請われてこの選考を受けているのだとしても」

「ははっ、チアキらしいね」

 ヨウが笑う。それから、「でも」と周りを見回して、

「あんまり誤解を生みそうな事は大声で言わない方がいいかもね」

「あっ……」

 言われてチアキも周りを見回す。後ろを振り返ると、ヨウの前の席の生徒が訝しげに二人を見ていた。冗談です、すみませんと、チアキが適当に先ほどの発言をごまかす。

「ところで」

「何?」

「あいつも受けてるのね、選考試験」

 少し顔を歪ませたチアキの視線の先には、学院生活初日にヨウたちに絡んできたクラスメイト、ハヤセの姿があった。

「あいつ、あれでも成績はそれなりに良いらしいわ。まああの性格じゃ面接で落ちるでしょうけど、もし万が一ヨウが落ちてあいつが受かるような事になったりでもしたら、私生徒会に入るのが憂鬱だわ」

「さすがチアキ、自分はもう合格する事が前提なんだね」

「ちょっと、もう! 茶化さないでよ!」

 笑顔で指摘するヨウに、チアキも思わずヨウの肩を叩くと笑顔を見せる。

「そうそう、チアキは怖い顔してるより、そっちの方がずっといいよ」

「ヨウ、あなたってば副会長という人がいながら、ずい分と罪作りな事を言うのね」

「罪作り?」

「私をナンパするなんて十年早いって事よ」

 幾分頬を染めながらチアキが言う。「そんなつもりはないんだけどなあ」などとつぶやくヨウに、「それじゃ、面接試験もがんばりましょう」と言い残すと、チアキは姿勢良く自分の席へと戻っていった。







「皆さんお待たせしました、これより面接試験を始めます」

 五時三十分、すでに教壇で待機していた生徒会メンバーが試験の開始を告げる。その後しばらく試験についての説明が続いた。

 面接試験は前半と後半で二組に分けて呼び出され、さらに三組に分かれて二十分ほどの面接を受ける。まず、前半の組になった六名が生徒会室へと呼び出される。その中にはチアキの姿もあった。後半の組に回る事になったヨウが、チアキに軽く手を振る。緊張で余裕がないのか、残念ながら手を振り返してはもらえなかった。

 窓の外は日も沈み、すっかり暗くなっている。地平線からは三日月が顔を出し、地上を少しずつ照らし始めている。部屋には明かりが灯され、面接を待つ生徒たちの心境を代弁でもするかのごとく炎が不安げに揺らめいていた。






 時計の針が六時を回ろうとした頃、教室に生徒たちが戻ってきた。ずい分と疲れた様子のチアキの顔もある。どうやら面接では相当神経をすり減らしたようだ。そんな生徒たちの顔を見て、後半組の生徒たちに緊張が走る――ただ一人、緊張とはほど遠いのん気さのヨウを除いて。

「お待たせしました。それでは、後半の皆さんを生徒会室へとご案内します。氏名を呼ばれた人は前に並んで下さい」

 そう言うと、生徒会のメンバーが一人ずつ名前を呼んでいく。ヨウたち後半組の七人がそろうと、メンバーの先導の下に教室を出る。そのまままっすぐ、受験者たちは生徒会室へと向かった。

 ほどなくして生徒会室に到着する。メンバーが扉を開いて入室し、ヨウたちもその後に続く。

 つい先週訪れたばかりの生徒会室であったが、今日は面接試験という事もあってか雰囲気がずい分と異なっていた。メンバーのどの視線もが、新入生たちを値踏みしているように思えてくる。あるいは、試験はすでに始まっているのかもしれない。

「これから皆さんは、三班に分かれてもらいます」

 ヨウたちをここまで先導してきたメンバーが言う。後半組は七人なので、二人、二人、三人の三組に分けられる。室内を見ると、会長席にはタイキ・オオクマ会長と女子生徒、以前ヨウたちが座っていたソファの席にはノリコ・ミナヅキ副会長と男子生徒、そしてノリコたちの向こう側、窓側近くのソファには見知らぬ男子生徒が二人座っていた。彼らが面接担当なのだろう。実技試験の準備でもしているのだろうか、マサト・ヤマガタの姿はここにはない。

「ヨウ・マサムラさん、シュン・アカイさん。君たちは、あちらのソファに行って下さい」

 ヨウたちが通されたのは、窓際の見知らぬ男子生徒たちの席だった。面接を担当するのであろうその二人が立ち上がり、眼鏡をかけた細身の生徒が自己紹介を始める。

「はじめまして。私は三年のヒサシ・イトウ。生徒会会計を務めています。こちらは二年で会計補のイッペイ・キノシタ君です。今日は私たちが面接を行います。どうぞよろしく」

 そう言って、ヒサシ・イトウはその顔に笑みを浮かべた。




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