34 種明かし
戦いが終わっても、会場のざわめきは一向に収まる気配を見せない。
誰もが勝敗は決したと思っていた、そんな土壇場からの逆転劇。劇的な展開に、観客たちは興奮し、中には泣き出す者までいた。
もちろん、それはノリコたち生徒会メンバーも同様であった。
「勝った、勝った! やったぜヨウ、あいつホントスゲえ!」
「よかった……、皆さん、凄いです……」
フィルが鼻息荒く叫び、スミレが涙する。
アキホも興奮を抑えきれず、カナメに話しかけた。
「凄いね、みんな! まさかの大逆転だよ!」
「本当ですね! 正直、僕はもう勝負あったと思ってました」
「実は私もなんだ。でも驚いたね、まさかシズカちゃんがクジョウ君を倒しちゃうなんて」
「まったくです。彼女にそんな力があるなんて思っても見ませんでした。あの一か八かの攻撃が、運を引き寄せましたね」
カナメのそのセリフに反応したように、ノリコがゆっくりとつぶやいた。
「イワサキ君、あれは一か八かでも破れかぶれでもありません」
「え? それはいったいどういうことですか?」
不思議そうに首をかしげるカナメに、ノリコは力強く答えた。
「あれはまぐれなどではありません。初めから、クジョウ君はミナトさんが倒す手はずになっていたのですよ」
アキホとカナメは、そろって驚きの声を上げた。
「そんな、まさか! だって、シズカちゃんはチアキちゃんと連携して相手の二人を倒す作戦だったんでしょ? たまたまあの位置に弾き飛ばされて、クジョウ君も油断していたから倒せたんじゃないの?」
「そうですよ! それに、彼女は精霊力も弱いし投槍級の精霊術を放つのが限界のはずです。彼女がクジョウ君を倒すことを期待するなんて、初めから運にかけているようなものですよ!」
「それは二人の話を裏返せば、簡単に説明がつきます。つまり、彼女は偶然クジョウ君の後ろに飛ばされたのでもなければ、投槍級の精霊術しか使えない術者でもなかった」
ノリコの言葉に、二人は思わず絶句する。
「ま、まさか! 彼らは初めからこの展開を予測していたって言うの!?」
「その通りです。いえ、初めどころか、この試合が始まるより前、対抗戦の第一試合からこの展開を想定していたはずです。ここまでの試合、ミナトさんは一人も撃破していなかったでしょう? 敵は全てマサムラ君とシキシマさんが倒しています。それは、ミナトさんには敵を撃破するだけの決定力がないと思いこませるための意識づけだったのですよ」
「そ、そこまで考えて……!?」
「もちろん、二人で相手を撃破できればそれに越したことはありません。ですが、それが不可能だった場合はミナトさんがクジョウ君を倒す手はずだったのでしょう。実際不利な状況でしたし、彼女は対抗戦の出場選手の中ではそこまで強い生徒ではありません。多少大げさに吹き飛んでみせたところで、それほど不審には思われないでしょう。それに、放っておいたところで放てるのはせいぜい『凍氷の投槍』、精霊力も低いし、それではクジョウ君を倒すことはできない。だから対戦相手のキムラ君は、安心してシキシマさんを倒しに向かったのです」
「そう、そこです! 彼女の『凍氷の投槍』では彼を倒せないはずです!」
「あれは『凍氷の投槍』ではありませんよ」
「えっ!?」
驚くアキホたちに、ノリコが続ける。
「いつもあたしたちのものを見ているからわからないかもしれませんが、あれはまぎれもなく『凍氷の騎士槍』です。かなりギリギリの精霊力で構成されていたので、わかりにくいところではありますが。一年生で騎士槍級を操ることができる術士などほぼいませんし、まして彼女が『凍氷の騎士槍』を放つなど、あたしも含めて誰も予想していなかったことでしょう」
ノリコの言葉に、カナメが不思議そうに首をかしげる。
「でも、どうして彼女が『凍氷の騎士槍』を撃てたのでしょうか? 騎士槍級を放つには精霊力が足りていないはずですが……」
「そうですね、それもどうやら種がありそうです」
楽しそうにほほえむと、ノリコは会場へと視線を移した。
試合が終わり、会場の中央には双方の選手たちが集まっていた。
クジョウがヨウへと歩み寄ってくる。
「まいったよ、完敗だ。どうやらこの戦い、始まる前から決着がついていたようだね」
「そんなことはないよ。こちらは常に綱渡りだったんだ、それに来年はもう通用しない手だしね」
「確かに」
クジョウが笑う。
「それにしても、まさかミナト君が切り札だったとは。大変失礼ながら、彼女のことは想定外だった」
「僕たちにしてみれば、彼女がいなければ勝ち目はなかったよ。彼女こそ最大の功労者だ」
ヨウたちの話が聞こえているのだろう。少し離れたところにいるシズカが、うつむいてもじもじしている。
「最後は君まで囮になるとはね。君たちの作戦の徹底ぶりには舌を巻くよ」
「上手だったでしょう、囮役」
「完璧だったよ。あの時は勝利を確信した」
そう笑いながら、クジョウはヨウにたずねてきた。
「そろそろ教えてもらえないだろうか? 私を倒したあの槍の種明かしを」
「そう言うと思ってたわ」
クジョウに答えるかのように、シズカの手を引きながらチアキがこちらへとやってくる。
「答えは、これよ」
そう言って、チアキがシズカの右腕の裾をまくってみせた。
「……なるほどね」
クジョウが口の端をくいと上げる。
シズカの右腕には、何やらつたのようなものがぐるぐると巻きついていた。もっとも、すでにほとんどしおれてしまっている。
「つまり、君の精霊力をあらかじめ彼女に移転しておいた、というわけか。それによって、『凍氷の騎士槍』を放つための最低限の精霊力を確保していた、と。私はマサムラ君への対応に追われていたからわからないが、試合の開始直後にしかけておいたのだろう?」
「その通りよ。始めにシズカの肩を叩いた時に、ね」
「なるほど、それは気づかないわけだ」
クジョウが苦笑する。はたからみれば、ただのスキンシップにしか見えなかったはずだ。まさかそれが敵の大将を討ち取るための決死の策だったとは、さすがのクジョウも夢にも思わなかっただろう。
種もわかりすっきりしたのか、クジョウが少年らしい笑顔を見せる。
「完敗だ。君たちと戦えてよかったよ。優勝、おめでとう」
「僕の方こそ、クジョウ君と戦えて本当によかったよ。ありがとう」
ヨウとクジョウが、固く握手を交わす。
その光景に、観客からは惜しみない拍手が送られた。その場にいた誰もが、両チームの健闘を称えていた。
こうして、一年生の決勝戦は幕を閉じた。
いつもご愛読ありがとうございます。
本編完結を目指し、今回から投稿ペースを10日間隔から1週間間隔に上げようと思います。毎週木曜日のこの時間に投稿予定ですので、今後もよろしくお願いします。




