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一年遅れの精霊術士  作者: 因幡 縁
第三部
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32 苦境




 このままでは、ヨウたちはクジョウたちに勝てない。

 ノリコの言葉に、アキホは耳を疑った。

 戦いは明らかにヨウたちBチームが優勢に立っている。それはアキホだけではなく、カナメたち生徒会メンバーや周りの一年生、そしておそらくは観客の大半が思っていることだ。

 だが、ヨウたちの勝利を確信していると言っていたはずのノリコが、ただ一人きっぱりとBチームは敗北すると断言している。

 発言の意図がつかめず、アキホは思わずノリコに食ってかかった。

「ちょっと、勝てないってどういうこと? ノリコ、ヨウ君は必ず勝つって言ってたじゃない! それに、実際あんなに有利に戦いを進めているんだよ?」

 カナメやスミレが息を飲んで見守る中、ノリコは静かに答えた。

「見ていれば、あなたたちにもわかります。それに――」

 一旦言葉を区切り、会場の中央へと視線を移す。

「彼らは、もう気づいているようです」


 ヨウの拳は、徐々にクジョウを捉えつつあった。

 クジョウは防御に徹してヨウの隙を虎視眈々とうかがっているが、そうはさせじとヨウの攻撃は苛烈さを増していく。少しずつ拳が、蹴りが、クジョウの身体に命中していく。

 だが、クジョウの表情は空恐ろしいほどに冷静そのものだった。

 そのクジョウが、突然口を開いた。

「このままいけば勝てる、と思っているのだろう?」

 問いとも独語ともつかぬその言葉に、ヨウは独楽こまのような回し蹴りで答える。

 言葉を口にする余裕があるのか。冷や汗を流しながらさらに攻めを加速させる。

 だが、それ以上クジョウが何かを口にすることはない。

 しないのではなく、できないのだということにヨウが気づくまで、さほど時間はかからなかった。やはりクジョウもギリギリのところで戦っているのだ。

 どうやらほんの一言話すくらいのことはできるようだったが、精霊術を構築するようなゆとりはないようだ。もちろん、精霊術を使う隙など与えればヨウには勝ち目などない。

 そんな精一杯の状況で、わざわざあんな言葉をぶつけてきた。その目的は、いったい何か。

 心理的な揺さぶり以外にないだろう。そう結論づけたヨウに、クジョウは再びつぶやいた。

「申し訳ないが、君たちの策はすでに潰えている」

 クジョウの端正な顔に、不敵な笑みが浮かぶ。その顔に、ヨウは右、左と拳をまっすぐに突きこんでいく。

 もちろん、ヨウはクジョウの言葉に動揺することなどなかった。

 自分は今、おそらくは最高の形で自分の役割を果たしている。

 そうであれば、自分たちが負けるはずはない。ヨウは固く信じていた。

 あの二人なら、必ずやってくれる。今はただそれを信じて、ヨウは拳を振るい続ける。


「先ほどまでの攻防で、いくつかはっきりしたことがあります」

 観客席では、ノリコが静かに解説を始めていた。

「まず一つ目。今のこの状況にあっても、クジョウ君を投槍スピア級の精霊術で仕留めることはできません」

「そうですね、ダメージはあるようですが、まさかあの状態で投槍スピア級をしのぎ切るとは思いませんでした」

「チアキちゃんもかなりのリスクを負うことになるしね~」

 ノリコの言葉に、カナメとアキホがうなずく。

騎士槍ランス級精霊術であれば倒すことが可能でしょうし、シキシマさんならばあるいはすでに『大地の騎士槍アース・ランス』を習得しているかもしれません。ですが、対戦相手の二人がその余裕を与えないでしょう」

「現に、もう相当厳しくマークされてますもんね」

「もう一人のミナトさんが撃つにしても、彼女は精霊力の容量があまりないと聞いています。仮に騎士槍ランス級を習得していたとしても、撃つには精霊力が不足しているでしょう」

「そもそも、一年生で騎士槍ランス級を使えるってこと自体がとんでもないことだからね~」

 再び視線をヨウとクジョウに向けながら、ノリコが続ける。

「二つ目。マサムラ君が単独でクジョウ君を撃破するまでには、相当の時間を要するということ。クジョウ君は徹底的に守りを固める構えです。あそこまで割り切られると、撃破は容易ではありません」

「でも、それは狙い通りなんじゃない? ヨウ君がクジョウ君を抑えている間に、チアキちゃんとシズカちゃんが相手を撃破するってのが作戦なんでしょ?」

「もしそれが彼らの策なのであれば、彼らには勝ち目がありません」

 きっぱりと言い放つノリコに、アキホたちは絶句する。

 そして、アキホは会場を指さしながら抗議するかのように叫んだ。

「何でそう言い切れるの? だって、二人ともあんなに優勢に試合を運んでいるんだよ?」

 興奮するアキホに、ノリコは冷ややかに言った。

「はたして、そうでしょうか」

「それって、どういう意味――」

 会場へと目を戻したアキホはしかし、口に出かかっていた言葉をそのまま飲みこんだ。

 いつの間にであろうか。形勢は互角、いや、むしろ徐々にチアキとシズカが押され始めているようにすら見える。接近戦と遠距離戦の切り替えに、相手もきっちりと対応し始めていた。

「連携を特訓したと言っても、所詮は急ごしらえのコンビネーション。いずれは相手も対応してきます。相手に見切られる前に撃破できればよかったのでしょうが。もしそれが策なのであれば、短期決戦に失敗した以上、心理的に不利なのは彼女たちです」

「そ、そんな……」

 ノリコの言葉に、アキホたちは絶望的な表情を浮かべる。実際、ノリコの話を聞けば聞くほどに、状況は絶望的なものに思えてきた。

 ふと周りに目をやれば、もはやノリコの解説など耳に入らぬ様子で生徒たちが声を張り上げている。皆白熱する試合に興奮を隠せないのだ。

 その熱気に当てられたのか、ふっとアキホの頭に血が上った。

 ノリコの方へと振り返ると、アキホはぐいと詰め寄った。

「ねえ、さっきからノリコ、言い方が何だか冷たくない? 今、みんな負けそうなんでしょ? ノリコ、ホントにヨウ君が負けちゃうと思ってるの!?」

「まさか」

 顔色一つ変えず、まっすぐに自分の目を見つめてくるノリコに、アキホはたじろいだ。思わず後ずさる。

 不安そうな生徒会メンバーたちを安心させようとするかのように、ノリコはにっこりとほほえんだ。

「初めに言った通りです。あたしは最初から、マサムラ君たちの勝利を確信しています」

 その凛とした声に、シズカの悲鳴が重なった。




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