31 優勢
決勝戦を前に、会場はいよいよ盛り上がりを見せる。
向かい合う両陣営の間に、審判役の生徒が入ってくる。
会場が一瞬静まり返り、皆が固唾を飲んで見守る中、審判の腕が前へと突き出される。
そして、その腕が振り上げられた。
「はじめ!」
かけ声が会場に響きわたったその瞬間、ヨウは矢のように前へと飛び出していた。一瞬で目の前に立つクジョウまで迫ると、嵐のような拳打を繰り出していく。
観客からどよめきが起こった。
「は、速い!」
「何て速さだ! ほとんど目で捉えられなかったぞ?」
「しかも何だ、あの動き! あのクジョウが、全く手も足も出ない!」
ヨウの攻撃は熾烈を極めていた。拳に肘、そして跳ね上げられる脚が容赦なくクジョウを襲う。
クジョウが間合いを取ろうとしても、ヨウはそれを許さないと言わんばかりに、ぴったりと吸いつくように迫っていく。まして精霊術を放つ余裕など与えはしない。
「速い!」
生徒会陣営からも、口々に驚きの声が上がる。
「ちょ、ちょっと、ヨウ君、どうなってるの!? 今までの試合もあんな感じだったの?」
「いえ、今までの試合も誰より鋭い踏みこみを見せてはいましたが、あれほどの速さでは……」
アキホの問いに、カナメが少し声を震わせながら答える。
「それも布石だった、ということでしょう」
ノリコがそうつぶやく。
「おそらくクジョウ君はマサムラ君が開幕から体術で自分を止めに来ることも想定していたはずです。当然、今までの試合も彼の一挙手一投足までつぶさに観察していたことでしょう。その彼に、本来の全力より数段遅い踏みこみを見せておくことで、彼の想定を上回ってみせたのでしょう」
「な、なるほど、これまでの試合ですでに布石は打たれていたというわけですか」
ノリコの解説に、カナメたちが感心したようにうなずく。
それにしても、会長っていうのも難儀なものだね。アキホはそんなことを思いながらノリコを一瞥する。本当なら「ヨウちゃんすごい、すごーい!」と 解説そっちのけでぴょんぴょん飛び跳ねたいところだろうに。
ヨウの初手が完璧に決まり、チアキの顔にも笑みが浮かぶ。
それから、シズカに目をやるとその右肩を軽く叩いた。
「私たちも行くわよ! この戦い、あなたにかかってるんだから!」
「う、うん! がんばろう!」
シズカもうなずくと、クジョウ組のシミズとキムラに向かって駆け出していく。
キムラが放つ無数の氷の矢を、チアキは『大地の大盾』でことごとく遮っていく。
その陰に身を潜めていたシズカが氷の矢で反撃すると、シミズも『大地の大盾』と『大地の矢』でそれを阻止する。
と、自らの盾で視界が一瞬ふさがれたシミズに向かい、チアキの盾の陰からシズカが飛び出した。盾によって生まれた死角から、果敢に蹴りを繰り出していく。
意表を突かれ、対応に目を白黒させているシミズとキムラに、チアキも盾を引っこめて肉弾戦を挑んでいく。相対することになったキムラの反応がわずかに遅れ、腹部にチアキの拳を食らい後退する。
かと思えば、二人は肉弾戦から一転、再び盾で身を守りながらの射撃に切り替える。メリハリが効いた攻撃の切り替えに、クジョウ組の二人は対応に苦慮している様子だった。
「あの二人、短期間にずいぶん連携を練習したのでしょうね」
ノリコが感心したようにつぶやく。フィルがうんうんとうなずいた。
「シズカちゃん、毎日がんばってたっすからね。あのチアキの鬼のシゴキにも耐えて、ホントえらいっすよ」
「なるほど、ヨウ君がクジョウ君を抑えて、その間にチアキちゃんとシズカちゃんのコンビネーションであの二人を撃破しようって作戦かぁ。二人とも相手を押してるし、これ、いけるんじゃない? ノリコ」
そう笑いながら、アキホがぽんぽんとノリコの肩を叩く。
だが、ノリコはうなずくことなくじっと会場を見つめ続けている。
会場の中央では、ヨウとクジョウが激闘を繰り広げていた。
格闘戦においては両者は互角、いや、わずかにヨウが上か。一瞬で精霊術を構築することができるクジョウに、その隙さえ与えない。
体格で勝るのはクジョウであったが、ふところに潜りこんだヨウはたくみに間合いをコントロールして相手の優位性を封じこめる。
対するクジョウはと言えば、ヨウの怒涛の攻撃をさばきながらも表情には焦りの色は見えない。
と、突如クジョウ目がけて一本の槍が飛んできた。斜め前から、その胸目がけまっすぐ突き進んでくる。
槍が突き刺さる瞬間、クジョウの身体が紅く輝いた。激突した槍が弾け飛び、クジョウは七色の光に包まれる。
「ちっ! 瞬間的に精霊術で防いだのね!」
少し離れたところから、チアキの舌打ちが聞こえてきた。自分への攻撃が緩んだ一瞬の隙を突き、クジョウへと向けて『大地の投槍』を放ったのだ。
精霊術の構築で生まれたわずかな隙に乗じ、ヨウは右拳から身体を半回転させ左で裏拳を入れる。その回転の勢いに乗って右脚を高く蹴り上げる。
そのまま一気に畳み掛けようとするが、防御に徹したクジョウは何発か有効打を浴びながらも持ちこたえる。激しい攻防に、観客からは歓声が沸いた。
「ほら、やっぱりいけるんじゃない? ヨウ君たち、終始押してるよ!」
「そうですね! 今のチアキさんの一撃で、クジョウ君も彼女の攻撃を警戒しなければならなくなった! 会長、これはいけます!」
アキホとカナメが、二人して声を弾ませる。実際、周囲の一年生たちからもBチーム有利の声が上がっている。誰の目から見ても、ヨウたちの優位は明らかなように思われた。
フィルも興奮気味に叫ぶ。
「あいつら、ホントにやっちまうかもな! スゲえ、オレにナイショであんな作戦を考えてやがったのかよ!」
「ですね、このままいけば……!」
スミレも同調するように声を弾ませる。
だが、開戦前にヨウたちの勝利を宣言していたノリコだけが、口を閉じたままじっと戦いを凝視し続けている。
そのノリコが、ゆっくりとつぶやいた。
「もし、このまま戦いが続くのなら……Bチームは、Aチームに敗北することになるでしょう」




