30 決勝戦
いよいよ、決勝戦だ。
会場の真ん中へとやってきたヨウは、緊張感を押し隠すようにまっすぐ目の前のクジョウたちへと目をやる。
そのクジョウはと言えば、あちらもヨウたちを真っ直ぐに見すえていた。その表情からは、揺るぎのない自信が見て取れる。
会場を取り囲む観衆からは、両陣営の睨み合いに早くも熱気が上がっている。
それもそうであろう。片や一年生にして精霊術研究会の部長を任された男、片や生徒会長補佐として次の生徒会長の座に最も近い位置にいる男。多くの観客たちが、この戦いを名実ともに一年生最強を決める戦いだと認識していた。
観客席の方に目を向ければ、ノリコとアキホ、そしてフィルやカナメたち生徒会メンバーが最前列でヨウたちを見守っている。
先ほどノリコにかけられた言葉が、ヨウにはいつものノリコの口調で再生されていた。
「さっすがヨウちゃん! 約束通り勝ち上がってきたね!」
「あと一勝で優勝だよ! ヨウちゃんなら絶対できるよね! 特別戦、今から楽しみだよ!」
ああ、負けるわけにはいかないよなあ……。ヨウはノリコの方を見つめながら、小さくため息をついた。ノリコはと言えば、すました顔でこちらを見つめながらも、子供のように目をキラキラさせている。
あきらめの顔で、がっくりと肩を落としたのも束の間、ヨウは背筋を伸ばすと、クジョウたちに歩み寄った。
「約束通り、勝ち上がってきたよ」
「さすがだね、マサムラ君。決勝戦、お互い全力で戦おう」
「もちろん」
うなずくと、固く握手を交わす。
そして、係の生徒から二種の指輪を受け取ると、それをつけながらヨウはチームメイトに語りかけた。
「いよいよ本番だね。この日のために僕たちは練習を重ねてきたんだ。がんばろう」
「もちろんよ。会長もご覧になっているのだもの、絶対に勝つわ」
「でも、私、あんな大役、うまくできるかな……」
不安そうにつぶやくシズカに、ヨウはいつものように静かに語りかける。
「大丈夫、ミナトさんなら絶対にできるよ。一緒にがんばろう」
「そ……そうだったね! うん、がんばる!」
不安を振り払うかのように、シズカが強くうなずく。にっこりほほえむと、ヨウは再びクジョウたちへと視線を向けた。
「お~、さっそく火花が飛び散ってるね~」
会場を見つめながら、アキホはそんなことをつぶやいた。
ヨウたちの対戦相手であるヒロキ・クジョウのうわさは、アキホもよく知っている。今年の一年生の首席にして精霊術研究会の部長。そして、生徒会長ノリコ・ミナヅキに匹敵する才能とまで言われる人物。
「ねえ、実際のところ、どっちが勝つと思う? あ、ノリコは黙っててね」
ノリコを一瞥しながら、アキホはそばにいる一年生たちに聞いてみる。ノリコはぷくぅと頬を膨らませて黙りこんでいる。
「うーん、ヨウたちに勝ってほしいんすけどね。本人は五分五分って言ってましたよ」
フィルが言う。正直、アキホはクジョウたちの方に分があるように思うのだが、ヨウには何か策があるのだろうか。
続いて、カナメが遠慮がちに口を開く。
「あの……申し訳ないんですが、僕はクジョウ君たちが有利だと思います。いつものヨウ君なら話は別ですが、魔法が使えない以上クジョウ君に勝つのは容易ではないはずです」
「実際にクジョウ組と戦ったんだもんね、カナメ君は」
ノリコを気にしながら話すカナメに、アキホがフォローをつけ加える。彼女には悪いが、やはりどちらが有利かと問われればクジョウと答える者が大半だろう。
と、それまで黙っていたノリコが、確認するようにフィルとカナメにたずねた。
「あのミナトさんという子は……マサムラ君と似たタイプなのですね?」
「え? あ、はい、結構似てるんじゃないかなって思います」
「ヨウ君同様、精霊力は高くないですがその制御などには長けているそうです」
「ま、ヨウは高くないどころかほとんどないっすけどね」
そう笑った直後、フィルがしまった、と言わんばかりに両手で口を覆う。
だが、ノリコは特に何も言わずに会場へと視線を戻した。
「大丈夫です。マサムラ君なら、きっと勝ちます。私はそう確信しています」
力強く断言する。
直後、周りで会話を聞いていた生徒たちがどよめいた。
「マサムラだ! 会長はマサムラ必勝って言ってる!」
「マジか!? あのクジョウにどうやって勝つんだ?」
「下馬評じゃ圧倒的にクジョウだぞ?」
「でも、会長がそう言うからには何かあるんじゃないのか?」
「マサムラには必勝の策があるんだよ、会長が言ってた!」
「ホントかよ、会長はそれを見抜いたのか!」
「やっぱり生徒会スゲーな!」
「みんな、会長がマサムラ君が勝つって!」
「すごーい! シズカもがんばれー!」
「チアキ様ー! 会長が必勝だとおっしゃってますー!」
突如周りから巻き起こった声援に、たはは、とアキホが苦笑いする。
「ノリコ、そんなこと言ったかな……」
「何だかうわさが独り歩きしちゃってますね……」
「で、でも、ヨウ君たちならきっと勝つと思います!」
後ろにいたスミレがやや強く声を上げる。この子もノリコの言葉に勇気を得たのだろう。
アキホも笑顔でうなずく。
「そうだね。うちの会長様もこう言ってることだし、ここは私もヨウ君を信じてみようかな」
ノリコはと言えば、周りの騒ぎを意に介するそぶりも見せず、ただ会場をじっと見つめている。
アキホも、彼女と並びながら会場のヨウたちへと視線を向けた。
観客がにわかに盛り上がる中、決戦の時は迫ってきていた。
正面のクジョウが放つ圧倒的な存在感に、ヨウの身体にはじんわりと汗がにじむ。
だが、ヨウは自分でも不思議なほど気分が高揚していた。目の前の強敵と戦える喜び。仲間たちと共に戦える嬉しさ。
自分はこんなに好戦的な性格だっただろうか、と内心で小首をかしげながらも、ヨウはわくわくせずにはいられない。
今、一年生最強を決める戦いが始まろうとしていた。




