29 決勝を前に
対抗戦も、二日目を迎えた。
予定では、午前中に各学年の決勝戦、午後には勝ち抜き式の特別試合が行われることになっている。
その初戦、一年生の決勝戦を前に、会場には多くの生徒が詰めかけていた。
決勝戦は校庭の中央に設けられた試合会場で行われる。初日とは違い一試合ごとに行われるため、一年生の試合であってもほとんどの生徒が見物にやってくる。
割り振られた準備室で最後の打ち合わせを終えた後、シズカたちC組Bチームは会場へとやってきた。
昨日は対抗戦以外の各種競技が行われたが、最も得点の高い対抗戦においてA・Bチームとも決勝へと駒を進めていたC組は、総合優勝がすでに決まっていた。
クラス対抗戦という意味では決勝はいわば消化試合と言っても過言ではなかったが、会場には一年生も興味深そうに集まっていた。それだけ注目を集めるカードだということだ。
初日とは比べものにならないほどの観客の数に、シズカの表情は自然と強ばってしまう。何というか、熱気が違う。
「緊張するね、ミナトさん」
隣を歩くヨウが、シズカにやわらかな笑顔を向けてくる。
緊張しているなどと言っているが、それはきっと嘘だ。少なくとも、シズカから見た彼には一切の気負いが見られない。きっとシズカの気持ちを慮っての発言なのだろう。相変わらずやさしいな、とシズカは思う。
「二人とも、今から固くなってどうするのよ。今日は頼むわよ」
もう一人のチームメイト、チアキがややあきれ気味の声を上げて肩をすくめる。こちらは少々きつめの言い方ながら、やはりその言葉には気遣いが感じられた。
会場脇の控えスペースでは、フィルが待っていた。
「よっ、大将! 準備はできたか?」
「うん、ばっちりだよ」
「お? お前が断言するなんて珍しいな」
「そりゃ、今回は僕一人で戦うわけじゃないからね」
そう言って、ヨウがシズカとチアキの方を振り返る。
確かに、この戦いに備えてシズカたちは入念に準備を重ねてきた。だが、シズカにははたして本当に自分にそんな大役が務まるのか、正直自信がない。
だが、ヨウはそんな自分を信頼してくれている。それはチアキも同様だ。その信頼に応えなければ。シズカは一人決意する。
フィルのそばには、生徒会のメンバーも何人か集まっている。ヨウと仲のいいカナメ・イワサキやチアキの補佐を務めるスミレ・ハナゾノの姿もある。
「いよいよ決勝だね。健闘を祈ってるよ」
「ありがとう。がんばるよ」
こうして見ていると、ヨウとカナメは本当に仲がいい。フィルとはまた違った心のつながりを感じる。
と、人だかりの向こうからざわめきが聞こえてきた。人垣が二つに割れ、その間を二人の女子生徒が歩いてくる。
周囲からは驚きの声が上がっていた。
「か、会長!?」
「会長がどうしてここに?」
「あ、あれじゃないか? クジョウの強さを特等席で見たいってことだろ」
「そういやクジョウの相手は生徒会メンバーだしな、それにマサムラって、会長にずいぶん評価されてるんだろ?」
「凄い、会長かっこいい!」
「本当に美人だわ、ああ、私にも少し分けてくれないかしら」
やってきたのは、生徒会長のノリコ・ミナヅキと、昨日シズカたちの戦いを見に来ていた補佐の先輩だった。
二人はまっすぐにこちらへとやってくる。やはり、ヨウやチアキたちの試合を間近で見るためにここへ足を運んできたのだ。
シズカたちの目の前まで来ると、ノリコはにこやかにほほえみながらヨウに声をかけた。
「いよいよですね、マサムラ君。よくぞここまで勝ち上がりました」
「はい、ありがとうございます」
「優勝まであと一勝です。あなたならやってくれると信じています。午後の特別戦で戦えることを楽しみにしています」
「はい、全力でがんばります」
ヨウがうなずくと、ノリコも笑みを返す。
やっぱりマサムラ君は会長に信頼されているんだ。シズカは憧れのまなざしで、ノリコと、そしてヨウを見つめる。
続いて、ノリコはチアキの方を向く。
「シキシマさん、マサムラ君のことは頼みますね。期待しています」
「はっ、はい! 命にかえても勝ってみせます!」
シズカが見たことのないような表情をチアキが浮かべる。瞳をキラキラと輝かせて、まるでヒーローに憧れる子供のようだ。
そう言えば、生徒会長はチアキがもっとも尊敬する人物だと聞いたことがある。この様子を見れば、それも一目瞭然だ。
きっと、マサムラ君も生徒会では普段とは違った顔を見せているのだろう。そう、今チアキちゃんがそうしているように。
そう思うと、生徒会のメンバーが少し羨ましく思えてくる。自分の知らないヨウの顔を見ることができるのなら、いっそ自分も生徒会に……。
シズカがそんなことを思っていると、ノリコがこちらへと視線を向けた。そして、天使のような微笑を見せる。
自分などとは遥かに縁遠い世界の存在だと思っていた生徒会長にほほえまれ、シズカは気が動転する。胸が高鳴る。頬が熱い。
がちがちに緊張するシズカに、ノリコはやさしく声をかけた。
「あなたがシズカ・ミナトさんですね。はじめまして、ノリコ・ミナヅキと申します」
「は、はじめまして!」
悲鳴を上げるかのように大声で叫ぶ。声が裏返り、その後の言葉が続かなかった。
「あなたのことは、二人から聞いています。大変真面目で辛抱強く、信頼できる方だと」
「そ、そ、そんなこと!」
うつむきながら答える。それにしても、なんてきれいな声なのだろう。まるで小さな鈴が凛と鳴るかのようだ。
上目遣いにノリコの顔をうかがうと、彼女はほほえましげに自分を見つめていた。
「あの二人は、絶対にあなたの力になってくれます。ミナトさん、彼らを信じてあげてくださいね」
「は、はい! もちろんです!」
必死に叫ぶシズカの肩に、ノリコがそっと片手を置く。服の上から伝わる温もりに、シズカの胸が熱くなる。
もう一度シズカに笑みを向けると、ノリコとその補佐は席の前の方へと移動する。
「ここ、よろしいですか?」
「は、はい! どうぞどうぞ!」
ノリコに声をかけられたC組の生徒たちが、どぎまぎしながら席を空ける。かと思うと、興味津々な様子で彼女たちを取り囲むようにして見つめている。
「それじゃお前ら、試合がんばれよ! カナメ、マナブ、スミレちゃん、オレたちも会長のとこに行こうぜ!」
そう言って、フィルが生徒会のメンバーと一緒にノリコのところへと移動した。
「それじゃ、僕たちも行こうか」
ヨウがシズカとチアキに向かって笑いかける。この笑顔を向けられるだけで、シズカの胸には不思議なほど勇気が湧いてくる。
「絶対に、勝とうね」
「ええ、もちろんよ」
「う……うん!」
強くうなずくと、シズカは仲間と共に会場へと足を踏み出した。




