27 炎の壁
夕暮れが近づき、徐々に空が赤く染まっていく。
風も少しずつ冷たくなっていく中、一年生の試合会場には生徒の熱気によるものだけではない熱が満ちていた。
周囲に数多の火球を浮遊させるアキヒコに、ヨウとシズカは慎重に間合いをはかる。
ヨウがチアキの方に視線を動かそうとした瞬間、その隙を狙うかのように火球がヨウ目がけて飛んでくる。いくつもの火球をかわすヨウの目の前に、アキヒコが放った『炎熱の投槍』が迫る。
その槍を、ヨウの前に立ちはだかったシズカが水の盾で受け止める。激しい光と白煙が立ち上り、シズカは槍に弾かれるように後ろへと倒れこみそうになる。
大きくかたむいた彼女の両肩を、ヨウがしっかりと受け止める。
「大丈夫? ミナトさん」
「う、うん! ありがとう」
顔を真っ赤に染め、シズカは慌ててヨウから身体を離そうとする。そんな彼女の耳元に、ヨウは短く何かをつぶやいた。
小さく身を震わせたシズカであったが、表情を引き締めると力強くうなずく。それから、ほんの数歩だけヨウから離れてアキヒコからの攻撃にそなえた。
相変わらずアキヒコの周りには数多くの火の玉が漂っている。それはまるで人魂のように見えなくもない。対峙する敵を焼き尽くす怨嗟の炎。敗者の魂はその人魂の群れに加わる――そんな不吉な想像がヨウの脳裏をよぎった。
再び火球がヨウたちを襲う。その攻撃はヨウたちを仕留められるほどのものではなかったが、ヨウを守るシズカの呼吸は少しずつ荒くなっていた。
見ればチアキの持つ盾も一回り小さくなったような気がする。これ以上時間をかけている場合ではないようだった。
決断すると、ヨウはシズカに一声かけた。
「ミナトさん、よろしくね」
「うん、やってみる!」
眉をきりりと上げて、シズカが強いまなざしでうなずく。ヨウは柔らかな笑みを返すと、アキヒコの方へと振り返った。
彼が操る火球の群れは、あれほどの数にもかかわらず少しの乱れもない。とてつもない統制能力だ。
加えてあの炎の壁。ヨウの精霊力ではあの壁に突っこんだが最後、あっという間に全身が焼かれて敗北の警告音が鳴り響くであろう。
まさに鉄壁の陣。特に炎の壁を破ることができなければ、ヨウたちに勝利はない。
その壁を打ち破るべく、一つ気合を入れるとヨウはまっすぐにアキヒコへと向かって駆け出した。
「おい、ヨウ! 突っこんで大丈夫なのかよ!?」
観客席にいるフィルが思わず叫ぶ。
隣に立つアキホがつぶやいた。
「きっとヨウ君には何か考えがあるんだよ。さーて、お手並み拝見といきましょうか」
そう薄く笑みを浮かべながら、アキホはヨウの姿をじっと見つめる。
そんな観客たちの声援と視線を浴びながら、ヨウはアキヒコの火球群へと飛びこむ。
上下左右から襲いかかってくる火の玉をかわし、拳で砕きながら、先ほどと同様にアキヒコの側へと迫る。
そして、残り数歩というところで、またしても強い精霊力の揺らぎを感じる。炎の壁が、来る。
その瞬間、ヨウは叫んだ。
「ミナトさん!」
「うん!」
ヨウの叫びに、シズカが答える。その手に精霊力が集まり、数拍の間の後には一本の槍へと形を変えていた。
ヨウの目の前の地面から炎がちろりと顔をのぞかせるのと同時に、シズカはその槍を放った。
「いっけええ――――っ!」
放たれた槍は、ヨウの眼前に現れた炎の壁へと向かいまっすぐに飛んでいく。
「そうか! これが狙いだったんだ!」
アキホが思わず叫び声を上げる。
「あの子の『凍氷の投槍』で壁に穴を開けるつもりなんだ! でも、的の狙いとタイミングが合わなければそのまま壁に突っこむことにもなりかねないよ! それに、あんまり早く撃っても穴がすぐふさがっちゃう!」
しかしアキホの危惧とは裏腹に、槍は正確にヨウの目の前で壁と激突する。その瞬間、衝突点を中心に激しい精霊力の風が吹き荒れた。炎と氷の粒が舞い踊り、壁には赤子の頭ほどの穴がぽっかりと開く。
ヨウは足をゆるめず、その穴に全力で飛びこんでいった。炎がヨウの全身に襲いかかる。
だが、穴のまわりの炎もシズカの『凍氷の投槍』によってその勢いを大きくそぎ落とされていたらしい。苦痛に耐えながらも穴をくぐり抜けると、そこには信じられないといった顔のアキヒコの姿があった。
「もらったぁァァ――っ!」
雄叫びと共に、ヨウが渾身の拳をアキヒコの腹へと叩きこむ。矢のような右拳に対応できず、もろに一撃を食らったアキヒコはうめき声を一つ漏らすとそのまま地面へと崩れ落ちた。
指輪の一方がけたたましい音を上げる。アキヒコの敗北を告げる音だった。観客席からは大きな歓声が湧き起こる。
「早くこっちに来てちょうだい!」
今の音を聞いて勝利を確信したのか、チアキが明るい調子で叫ぶ。ヨウは苦笑すると、一陣の風となってチアキの下へと駆けた。
チアキとは対照的にうろたえた様子の相手の片方を回し蹴りで大地に沈め、もう一人はと振り返ると、すでにチアキは三本の『大地の投槍』で相手を串刺しにしているところだった。
指輪の警告音が響き渡る中、チアキが笑う。
「まあ、一対一ならざっとこんなものよ」
「さすがだね」
「当然よ」
「二人とも、凄い!」
シズカが遅れて駆け寄ってくる。笑顔でうなずくと、審判の方へと視線を移す。
審判はうなずくと右手を高々と振り上げた。
「勝者、C組Bチーム!」
その声に、観客席から再び歓声が巻き起こった。
ヨウたちC組Bチームは難敵を下し、ついに決勝戦へと駒を進めた。




