25 お目付け役
試合が終わり、倒れたままのアライとカナメの下にクラスメイトが駆け寄っていく。
ヨウもカナメが心配でならなかったが、そちらに視線をちらちらと向けていると、正面からクジョウたちのチームが戻ってきた。
興奮冷めやらぬ中、クラスメイトたちからはクジョウたちへの賞賛の言葉が飛ぶ。ヨウも未練を断ち切るようにカナメたちから視線を外すと、クジョウにほほえみかけた。
「クジョウ君、おめでとう。これで決勝戦進出だね」
「ああ、ありがとう」
意外にも、クジョウは子供っぽい笑みでヨウに応えた。こういう表情をすると、普段は超然としているクジョウも同年代の男子にしか見えない。
それからクジョウはヨウの肩を一叩きした。
「次は君の番だ。君が言い出したことだ、必ず決勝戦で会おう」
「うん、ありがとう。がんばるよ」
うなずくヨウに、クジョウは視線をあちらへと向ける。
その視線の先には、クラスメイトの肩を借りて引き上げていくカナメたちの姿があった。
「気になるんだろう、彼らが? 大丈夫、けがなどしてはいない。少し気を失っていただけだ。ほら、君も行ってあげるといい」
一瞬ためらいを見せたヨウだったが、すぐにうなずいた。
「ありがとう。それじゃ、また後で!」
そう言い残し、ヨウはカナメたちのところへと駆け出していった。
「やあ、何だか恥ずかしいところを見られちゃったね」
B組陣営へとやってきたヨウに、カナメは地べたに座りこみながらそう笑った。そばにはマナブが付き添っている。
少し離れたところでは、アライがやはり地面にあぐらをかいて「いやあ、まいったまいった」とクラスメイトと話しこんでいる。ヨウは一緒についてきたフィルと並んでその場にしゃがみこんだ。
「恥ずかしくなんかないよ、全力で戦った結果だったんでしょ?」
「そうだね。僕は全力で挑んだんだけど、クジョウ君の力が僕らの想像を遥かに上回っていた、ということだね」
「僕も驚いたよ。まさかクジョウ君の精霊術があれほどのレベルだったなんて」
ヨウが知る限り、あれに匹敵する精霊力の持ち主は一人しかいない。その人物は、この後二年生の第二試合に登場するはずであった。
「いや、でもお前も大したモンだったぜ、カナメ? あのクジョウ相手にあそこまで戦うんだからよ」
「そうですぞ、カナメ殿! それがし、見ていて感動しましたぞ!」
フィルとマナブも口をそろえる。
「でもヨウ君、彼の力は本当にはかり知れないよ。気をつけてね」
「うん、ありがとう」
「その前に次の試合だね。アキヒコ君たちは強いよ」
「僕たちは僕たちにできることをするだけだよ」
「そっか。健闘を祈っているよ」
「それじゃ、僕たちそろそろ行くね」
「うん、来てくれてありがとう」
カナメと別れると、ヨウとフィルは再びチアキたちのところへと戻る。
人ごみをかき分けて戻ってくると、そこには意外な顔があった。
「あれ、アキホ先輩?」
「やっほー。ヨウ君、遊びに来たよ」
チアキと並んでこちらに向かい手を振ってきたのは、二年生のアキホ・ツツミだった。
「どうしてここに?」
「いやー、ノリコが偵察に行って来いってうるさくてね。もちろん私もヨウ君のかっこいいところを見に来たんだけど」
そうウィンクしてみせる。
周りのクラスメイトたちがこちらを見ながら噂する。
「おい、あの人二年生だよな」
「お前知らないのかよ、アキホ・ツツミ先輩。ミナヅキ会長の側近中の側近だぞ」
「え、何でそんな凄いお方が一年の会場なんかに来てるんだ?」
「そりゃあれだろ、マサムラがいるからだよ。ほら、あいつ会長補佐だし」
「うへえ、俺がマサムラなら胃がやられちまうな」
クラスメイトたちに目をやりながら、アキホが笑う。
「あらら、何だか噂になってるね。私でこの調子じゃ、ノリコが来たらいったいどうなるんだか」
そう肩をすくめると、アキホは視線をあちらへと動かした。
「ああ、でもヨウ君の人気もハンパじゃないみたいだね」
「へ?」
アキホの視線の先に目をやると、そこにはクラスメイトの女子たちが集まっていた。
「さすがマサムラ君ね、会長の懐刀が自ら来るだなんて」
「それはそうよ、何て言ったって会長の幼なじみでお気に入りなんだもの」
「ちょっと、マサムラ君が会長の趣味で可愛がられてるみたいな言い方やめてくれる? 一回戦の活躍見てなかったの?」
「本当かっこよかったよね。あたし、しびれちゃう!」
女子の話し声に、アキホが意地の悪い顔をする。
「どうしようかな~。あれもノリコに報告しちゃおうかな~」
「ええええ!? べ、別に僕何もしてないじゃないですか!」
「だったらそんなに慌てなくてもいいでしょ。どうしたの、ヨウ君? 汗かいてるよ?」
「な、何でもありません!」
なぜか額からしたたる汗を、ヨウは必死に袖でぬぐう。
チアキもため息まじりにつぶやく。
「どういうわけか、最近教室でのヨウの人気がどんどん増していて……」
「え、でも他人事じゃないみたいだよ、チアキちゃん?」
「え?」
そう言いながらアキホが少し離れた場所を指し示す。ヨウとチアキもそちらを見ると、何人かの男子と目が合った。
「おお、チアキ様がこちらをご覧になられたぞ!」
「うおおお! いつ見てもお美しい!」
「こちらを振り返るチアキ様、美人すぎる!」
そんなことを言いながら、妙な盛り上がりを見せる。
「な、何なの、あれは……?」
「お前ら知らなかったのか。ありゃ『チアキ様を崇める会』の連中だよ」
「チ、『チアキ様を崇める会』……?」
フィルの言葉に、ヨウとチアキが声をそろえて繰り返す。
「そ。連中、何が悲しいんだかチアキのファンクラブなんかやってるらしいぜ。しかも他のクラスどころか上級生の会員までいるらしいからな。マジで意味わかんねえ」
「そ、そんなの初耳よ! というか、そんなの許可した覚えもないわよ!」
あちら側では、その『崇める会』の面々がこちらへと熱い視線を投げかけてくる。
「おお、チアキ様がまたこちらを見つめていらっしゃるぞ!」
「あのゴミでも見るかのような目、素晴らしい!」
「ああ、俺もチアキ様になじられたい!」
「俺はチアキ様の『生命の束縛蔦』で身も心も縛られたい!」
「ちょっと! あれ、絶対よからぬこと考えてるでしょ! 解散よ、解散!」
「ま、まあまあ。そろそろ試合も始まるし」
今にも飛び出さんとするチアキを、ヨウとシズカが必死になだめる。
シズカを見つめながら、納得いかないといった顔でフィルがつぶやいた。
「ホント理解不能だよな。どう考えてもシズカちゃんやスミレちゃんの方がかわいいのによ」
「え、私?」
目を丸くするシズカに、フィルが深くうなずく。
「そうそう! そんなヒステリ女より、慎み深いシズカちゃんの方がずっといいぜ!」
アキホもそれに乗ってきた。
「ホントだよね、かわいい~。この子がヨウ君のチームメイトなんだよね? でもヨウ君、あんまりかわいい子ばかり囲ってると、ノリコが泣いちゃうよ?」
「か、囲うって何ですか! 人聞きが悪い!」
「あー、慌てちゃって、あやし~」
アキホがけらけらと笑う。
横ではシズカが顔を真っ赤にしてうつむいていた。まったくもう、ミナトさんが恥ずかしがってるじゃないか。
「そ、そろそろ試合ですから! ミナトさん、チアキ、もう行こう!」
強引に話を打ち切ると、ヨウは会場へと歩き出した。
「次の試合、がんばってね~」
そう言って手を振るアキホに、ヨウはぺこりと一礼する。
次の相手はアキヒコ率いるD組Bチーム。強敵を前にヨウは一つ大きく息を吸って気を引き締めた。




